お弁当を取って中庭に帰る途中、私はとある人とすれ違った。
…他でもない、紺野あさ美。
その人だった。
教室から出て、下への階段を降りて中等部の校舎の渡り廊下を通りかかった時。
ボケーっと窓の外を眺めながら歩いていた私の横を、何かがビュン!と走り抜けた。
肩くらいまでの髪がさらっと私の横を通り抜け…次の瞬間には私は振り返っていた。
いたぁぁぁぁぁ!!!!!
油断してた!
真正面から、私を避けるようにダッシュで逃げた!!
追いかけなきゃ!と振り返って彼女を追いかけようとした時には、もう姿はなかった。
恐らく、曲がり角を曲がったんだろう。
「ちょ、あさ美ちゃん!!」
私もそれに追いつこうと、必死に走ったが曲がった先にも姿はなかった。
…どうしよう、また…追い詰めるようなコトしちゃった…。
…って、落ち込んでる場合じゃないよ!!
と、とにかく追いかけなきゃ!!
長い廊下の先に姿がないということは、階段を上ったとしか考えられない。
私は、何も考えずにその階段を一段抜かしで上がり始めた。
…右手に、ランチマットで包まれたお弁当を握り締めて。
ところが。
「ちょっと」
「ゲッ…」
よりによって、こんな状況の時に「あの」松浦亜弥と出くわしてしまった。
どうやら、中等部の方に用があったのか、今は一人だった。
ああああああ〜…次から次へと〜!!
今は、この女の相手してる暇なんてないわ。
「邪魔よ!どいて!!」
私は、亜弥の体を跳ね除け、階段を一気に上ってしまおうとした。
「邪魔ですって!?」
売り言葉に買い言葉。
亜弥はすぐにも眉間にシワを寄せ、つかつかと私に近寄って来た。
その亜弥は私を見るなり、またケンカ越しに言葉を吐いた。
それもそうだ。私ってば、必死になってダッシュしたせいで額からポタポタ汗まで垂れていた。
「プッ。高校生にもなって、鬼ごっこ?ま〜ったく、だから野蛮なのよねぇ」
「う、うるさいなっ!もう、どいてよっ!!」
「な、何よっ。みっともないから止めなさいって言ってやってるんじゃない!」
「いらないわよ!!そんな忠告ッ!」
「ふんっ。このあややにそんな口聞いて、ただで済むと思ってんの!?」
「も〜〜!!!急いでるのにこのバカッ!サルッ!!」
「サ、サ、サル!!!?キーッ!サルはあんたでしょ!?」
「あ〜!!キーキーうっさいのよ!!このサル!サル!!」
「言ったわね〜!!」
「言ったわよ!」
「何よ?やるの?」
「望むところよ!!」
あぁぁぁ〜!!!こんなコトしてる場合じゃないんだってばぁ〜!!
本当にバカ女なんだから〜〜!!
ところがどっこい、いつの間にか中等部の生徒たちのギャラリーが群がっていた。
終いには、「せんせー。ケンカです」なんて呼びに行ってる人もいた。
ま、まずい!
「松浦ぁ!!ヤバイよぉ!」
「わ、わかってるわよ!!と、とにかく!アタシはあっちに逃げるから
アンタは屋上の方に逃げてやり過ごすのよ!?わかったわね!!」
「オッケ!!」
・・・・・・。
自分でも思ったけど、あの娘ってば超ワガママでジコチューで短気でバカでサルだけど
こういう時はちょっと、気が合うのよね…。
ちょっと、階段を上り際に亜弥の方をチラッと見た。
すると、目があった瞬間に亜弥は一瞬ニコッと笑った。
「オホホホホ!そっちに行ったら逃げ場はないわよ〜ん。
じゃ、せいぜい先生に見つからないように気をつけなさいよ〜」
……。
前言撤回!!やっぱり、ヤツは最低女でしたっ!!
そんなコトやってる間に、どうにか私は屋上にたどり着いた。
そこに、追っかけてきた人物がいた。
「あさ美ちゃん」
「いやっ!!こないで下さい…」
屋上の、一番先端部分のフェンスに肘をかけていた彼女は、
私の声に気づくと振り向きもしないまま、ヒステリックに叫んだ。
ま、ま、まさか…自殺!?
「だ、だめよ!!」
「…そんなに、怒ってるんですか…?」
「怒ってなんかない!でも…」
「ごめんなさい!!でも、仕方なかったんです!!」
叫ぶ彼女を見て、私も一歩一歩その足の速度を緩めた。
「ご…ごめん。でも、じ…自殺なんて…」
「え?」
その言葉を聞いて、思わずあさ美ちゃんは振り返った。
その顔が、キョトン…としている。
「えっ、て…?」
私も、ポカンとして、口を開いてたたずんでしまった。
そして、あさ美ちゃんはかすれた声で、
「え?…私が、愛さんのお弁当にからあげを入れ忘れたから怒って追いかけてきたんじゃ…」
と、確かにハッキリとそう言った。
か、からあげ…?
その言葉を聞いて、今初めてお弁当の包みを開けた。
普通のそぼろご飯に、卵焼き、タコさんウインナーとコロッケ。
そういえば、今日のお弁当当番は梨華先輩とあさ美ちゃんだったっけ。
ん…確かに、あと一品分くらい入りそうなスペースはあるけど…。
そ、そんなコト普通気づかないって…。
「あの!ごめんなさい!!
自分のお弁当食べ終わってから、愛さんのお弁当にからあげ入れ忘れたコト思い出して!
何とか謝ろうと思ったんですけどっ…!顔見たら言えなくて、つい逃げちゃって…。
それで、愛さんが追いかけてくるから…つい…」
「はぁぁぁ…」
「あのね、そんなコト別に怒らないよ〜…」
「そ、そうですか…」
「うん」
私はニコッと笑ったけど、すぐに違う目的があったコトを思い出した。
「あ、あさ美ちゃん」
「ハイ?」
どうやら、安心したのか普通にあさ美ちゃんは私に近寄って来た。
もしかして、昨日のコトもたいして気にしてないんじゃないだろうか…。
私は、でも、決心してついに言葉を発した。
「あさ美ちゃん、いじめられてるの?」
「!!」
あさ美ちゃんの顔が、急に翳った。
や、やっぱ聞くのまずかったかなぁ…?
「ご、ごめん。言いたくなかったら、言わなくてもいいよ」
「あ、いえ…そうですね。何からお話しましょうか…」
……。
あさ美ちゃんは、またフェンスに肘をかけた。
そして、頬杖つくとボソボソと喋り始めた。
「実は、私…。因縁つけられてたんです」
「あ、うん。それは…」
昨日見た、とは言わなかったけれど。
「転校してきて、しばらくしてからだったんですけどね。
私、結構トロいから、それがムカつかれてたみたいで。
でも昨日、あの後ちゃんと和解したんですよ」
「え?そうなの!?」
「ハイ。…コレで…」
“コレ”の意味がイマイチわからなかったけれど、あさ美ちゃんがすぐに
ジェスチャーでパンチを繰り出しているのを見て、なんか解った気がした。
「じゃ、じゃあ。もう大丈夫なの?」
「ハイ。全然平気です。…というより、だいぶ前から何もされてなかったんですけどね」
「ふ〜ん…あ、でも…」
「ハイ?」
「なんで、昨日の夜はあんなに…」
「そ、それは…」
あさ美ちゃんは、急にまた表情を翳らせた。
「お、驚かないでくださいね…」