ベルリン( ● ´ ー ` ● )の詩

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32天使は瞳を閉じて
『思い出すのだ。君達、
ひとりひとりが初めてこの場所に来た時のことを。
君達は、君達の判断で、この場所を選んだのだ。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい』
「わたしは、ここを出たいの!
こんな監獄にいつまでもいたくない!」
『ここは監獄ではない。
ここはあなたが正しく自立できるようにするための病院である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしはこの病院を出たいの!
わたしは狂ってもないし、狂いたいとも思ってないの!」
『ここは病院ではない。
ここはあなたが豊かな自立を約束する会社である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしは会社をやめたい!
わたしには、わたしのやりたいことがあるの!」
『ここは会社ではない。
ここはあなたの自立を優しく見守る家庭である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしは家庭を出ていきたいの!
もう、うんざりなの! わたしは家庭を捨てたいの!」
『ここは家庭ではない。
ここはあなたの自立を勇気づける劇場である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「これ以上、ニセモノの劇場なんかいたくない!
もう、ニセモノの劇場はうんざりなの!」
『ここは劇場ではない。
ここはあなたの自立を厳しく育てる戦場なのだ。
君達は、戦場にバラを捜しに行かなくてはならない。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしは戦場なんかいたくないの!
わたしはもう誰も傷つけたくないし、
誰も傷つけてたくはないの!
『ここは劇場ではない。
ここはあなたの自立を訓練する学校である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしはもう、学校をやめたいの! 自立という言葉で、
私を抑圧する学校にはこれ以上、いたくはないの!」
『ここは学校ではない。ここは教会である。
自立にくじけそうなるあなたを優しく包む教会である。
君達は、迷える天使である。
警告する。ただちに所定の位置に…』
「わたしは教会になんかいたくない!
わたしは、ここを出ていきたいの!」
『ここは教会ではない。ここは、あなた自身の部屋なのだ。
一人芝居の仮面を取る、あなた一人の部屋なのだ。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい』
33天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:37 ID:Ze4B4BY0
全員、銃声の中を飛び出した。
が、すぐに見えない柔らかな壁にぶち当たって、
前進できない。
「何、これ!?」
「分かんない、からみつく!」
見えない壁は、人々がもがけばもがくほど、
からみついてくる。
「くっそー!」
力一杯、見えない壁を押す。
と、閃光が走って、全員が、弾き飛ばされた。
「電気ショックだ!」
「なんなのよ! これは!」
「分かんない。透明な膜だ」
「膜じゃない、透明な壁だ!」
「壁!?」
「じゃあ、あの見えてる壁は、ダミーなの!」
全員、遥か前方に見えている壁を、凝視する。
「あの壁はニセモノなんだ!」
『そこは入口ではない。
所定の場所への入口は、君達の後方にある。
繰り返す。そこは入口ではない。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい』
「どうすりゃいいの!」
「ここにいよう」
「え?」
「私達は、所定の場所へ戻る気なんかない。でも」
「でも?」
「この壁の向こうへは行けない」
「だから、ここに立ち続けよう。
「そんな」
「立ち続けよう。それしか方法はないよ」
「…」
34天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:38 ID:Ze4B4BY0
雨は六日間、降り続いた。
「戻ろう」
「え?」
「これ以上、ここにいても無駄よ」
「ねえ、壁、壊れそう?」
「だめ。固体と液体の真ん中って感じ。
ただ、不思議なことがひとつある」
「何?」
「この壁はどこまでも拡がる。
出て行くとこは出来なくても、遠くまで行ける」
「さ、戻ろう」
「う、うん」
「無駄よ」
「どうして?」
「入口、ふさがってるわよ」
「え!?」
「そんな!?」
「いつから!?」
「一昨日から」
「聞こえる? 私達は所定の場所に戻る。
だから、入口を開けて!」
反応はなかった。
35天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:40 ID:Ze4B4BY0
「どうしたんだ…」
「ラジオは本当だったんだ…」
「ラジオ?」
「どこかの原子力発電所が、出力調整の失敗で、
原子炉が暴走して、メルト・ダウンしたっていう…」
「まさか…」
「世界は終わってしまったっていうこと?」
「たぶんね」
「そんな、突然!?」
「起承転結と伏線があるのは、テレビの台本の中だけよ」
「どうする?」「どうする?」「どうする?」
「どうって…」
「ねぇ、街を作らない?」
「えっ?」
「頭がどうかなったんじゃない?」
「どうして? 新しい街を作りましょうよ」
「ちょっと待って。街を作る。いいじゃない!
だって、みんな、元の街から抜け出してここに来たのよ」
「えっ…」
「なるほど」
「そのうち入口が開くかもしんないし」
「そのうち、この壁がなくなるかもしんないし」
「そのうちなんとかなるかもしんないから」
「新しい街を」
「誰も傷つかない新しい街を」
「誰も傷つけない誰も傷つかない新しい街を」
「新しい街を」
「よし! 新しい街を作ろう!」
36天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:41 ID:Ze4B4BY0
そして百年が過ぎた。
37天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:43 ID:Ze4B4BY0
天使が二人、ぶらんこに乗って揺れている。
「そっちはどうでした?」
顔の丸い少女が話しかけた。
「ふぐがおぼれかけてたよ、ふぐ」
ショート・カットの女性が、手帳を見ながら笑った。
「こっちは、こぶたが産まれたんですっ」
「おおっ」
「はらはらしちゃって。
でも、天使もつらいですよね。
見てるだけで、何もできなくて」
「それが大切な仕事なんだからさ」
「誰にも私達が見えないんだから、
少しくらい手伝っても、
大丈夫そうじゃないですか」
「そんなこと言ってるから、
みんな天使の存在を忘れちゃうんだよ」
「みんなって誰ですか?」
「へ?」
38天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:44 ID:Ze4B4BY0
「みんなって人間のことですか?
わたしたちのの受け持ち区域のどこに、
人間がいるんですか?」
「さ、明日もここで報告しおあうね」
「なんのためにですか?」
「それが私達の大事な仕事だから」
「天使ID、ABさん」
「なによ、天使ID、KON」
「それってムダじゃないですか」
「なんで?」
「報告って、誰に報告するんですか?
神様、いなくなってからもう、
かなりになっちゃいましたよ」
「いなくなったんじゃないべさ!」
39天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:45 ID:Ze4B4BY0
「だって、いないじゃないですか。
全人類の祈りと哀しみの重さで、
人間と一緒に、死んじゃったのかもしれないですよ」
「うわあ! 神様っ、どうか天使ID、KONをお許しください!」
「人がいれば、天使のやりがいもあります。
でも、放射能で人間は全滅して、
かろうじて生き残ったのが、ふぐやこぶたさんじゃ、
報告もムダなような…」
「そっか。うん、じゃ、明日、ここで報告しあおう」
「天使ID、ABさんっ!」
「どうしたの? 今日はやけにからむわね」
「街を見つけました」
「うそぉ!?」
40天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:48 ID:Ze4B4BY0
「ここから北にずっと行ったところの、
小さな島に、小さな街を見つけたんです」
「信じらんないよ」
「奇跡のように生き残った人間達の街なんですっ」
「…どうすんの?」
「行きましょう!」
「受け持ちの天使がいるでしょ?」
「それがいないんです」
「そんな…」
「ね、行きましょう」
「だめ」
「なんでですか?」
「私達の受け持ち区域は、ここなの」
「だって、人間いないじゃないですか」
「それでも、だめ。それに、行けば絶対、後悔する」
「行かない方が後悔しますよ」
「うん、じゃ、明日ここで報告しあおう」
「なんでですかあ??」
天使ABがぶらんこから飛び立った。
その後を天使KONが追いかけて行った。
41天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:56 ID:Ze4B4BY0
コンサート・ホールは大勢の観客で一杯だった。
「今、めっちゃ興奮して鼻血が出そうだぜー!
もし出ても、許してね。はい、後藤真希、
まずは新メンバー紹介します。石川梨華っ」
510とプリントされたタンクトップの少女が、
ステージの上から客席に向かって、
横に並んだ仲間達を紹介している。
「よいしょ! 石川梨華、難しいことは考えずに、
今日は精一杯楽しみたいですっ」
その高い声に反応して場内から歓声が上がる。
広大な空間は幸福感が満ち溢れていった。
42天使は瞳を閉じて:02/02/19 01:59 ID:Ze4B4BY0
「いいですよねっ! これが幸せですっ。
これが人間なんですね…」
激しく感動する天使KONに、
天使ABEは無言で微笑む。
「来てみてよかったって思いませんか?」
「…そうだね」
「ちぃーすっ! 辻希美12才。
はーい、ちゃっきりちゃっきりちゃっきりなー」
天使KONも、ちゃっきりちゃっきりとささやく。
「どっすーん! 15才、吉澤ひとみ。
もう一度みなさんもご一緒に、
はい、どっすーんっ!」 
どっすーん、とまた応える。
「よろしくっ!」
「いいなあ、ABさん、この人達、
モーニング娘。っていうグループなんですよ」
43天使は瞳を閉じて:02/02/19 02:02 ID:Ze4B4BY0
「まいどー! きらいななー、食べ物はなー、
にんじんやねん。ほな、加護亜依でした!」
ホールに組まれたイントレランスの天辺で、
天使ID、KONは人間達の様子を、
楽しげに見下ろしながら、先輩天使に語りかける。
「この街のアイドルグループなんです」
「ほお」
四人の少女達が自己紹介をした後、
いちばん背の高いロングヘアの女性が、
マイクを手にしゃべりだした。
「いやあー、初々しいじゃないですかぁ。
そんな新メンバーを迎え、
さらにパワーアップした、
新生モーニング娘。を、
みなさんどうぞよろしくねー!」
44天使は瞳を閉じて:02/02/19 02:04 ID:Ze4B4BY0
「決めました!」
「何?」
「わたし、決めました!」
「ゆーと思ったよ」
「やっぱりですか?」
「見た感じ、ほんとに他の天使いないみたいだし。
特例だけど私達の受け持ち地域、ここにしよっか」
「違いますよ」
「え?」
「わたし、天使やめます」
「え!?」
「わたし、天使やめて、人間になります!」
「なにゆってんのよ!」
「もう、
上から見てるだけの生活なんてつまんないんです!」
「ちょっと待って」
「もう決めたんです」
「簡単にゆーけどさあ、」
「簡単じゃないですか」
「ねぇ、ちょっとお…」
「さようなら。私のこと、忘れないでくださいね」
「待ちなよ!」
「私は人間になる!」
45天使は瞳を閉じて:02/02/19 02:29 ID:Ze4B4BY0
その瞬間、天使KONは天井から落下した。
堕ちる途中で、舞台上に映像を映し出す、
大きなホリゾント幕に引っかかり、
その真っ白なクッションに包まれて、
突然、モーニング娘。の視界に転がり込んだ。
「きゃああああああ」
「きゃー! きゃー!」
「だれえ!?」
娘。の加護が叫ぶ。
「いてててて…え! 見えてるんですか!?」
擦りむいた足をかばいながら、立ち上がる。
「だから誰なの!」
娘。の中でいちばん小さい、
矢口真里が大声で問いただす。
「わたし、…コンノです」
「コンノ!?」
八人の少女達が目を丸くする。
「コンノアサミです。よろしくお願いします」
「ね、お願いがあるの」
落ちてきた幕の下から声がする。
「はい、なんでも言って下さい」
「この布どけてくれる?」
「はい」
娘。の後藤が這い出してきた。
いちばん大人びた娘。の保田圭が訊き返す。
「あんた、いつのまにいたの?」
矢口も続く。
「どっから来たの?」
「え、あの、あっちから」
と、コンノは空を指した。
「え!?」
「あっちって、どっち?」
石川が驚く。
「まさか、この街の人間じゃないの?」
吉澤がいぶかしがる。
「ええええええ!」
辻が大声を上げる。
「わたし、モーニング娘。なんです…」
「聞いてないよ」
「うん、聞いてない」
「えっ、そんな、いえ、あの…」
「ごめん! もうひとり隠してたんだ。
モーニング娘。の、紺野あさ美!」
新しいスターの誕生に、大歓声が送られた。
46天使は瞳を閉じて:02/02/19 02:48 ID:Ze4B4BY0
とっさに最後に挨拶をした飯田圭織がしゃべりだした。
「またテレビかなんかの企画なの?」
矢口が呆れて飯田でささやく。
「悪い。内緒にしてて」
「そーやってうちらはおっきくなってきたんだけどさ」
「音楽!」
飯田がキューを出した。
ゴスペル調の曲にダンスと手拍子をしながら歌う娘。達。
間奏に入ったところで、
娘。が声をそろえてメンバーの名前を呼ぶ。
「ヒトミ!」
「スターになりたーい!」
「リカ!」
「ハッピーになりたいです!」
「リーダー!」
「モーニング娘。がいつまでもみんなに愛されること。
それが、飯田圭織の夢でーす!」
「ケイ!」
「もっともっと歌がうまくなって、
みんなに夢をプレゼントできるようなライブがしたい!」
「マリ!」
「ビッグになっていっぱい歌いたい!
感動をあなたに。そこんとこ、よろしく!」
「ノゾミ!」
「いつかこの街を出ていくぞっと!」
47天使は瞳を閉じて:02/02/19 02:58 ID:Ze4B4BY0
娘。の手拍子が一瞬、止む。
辻があわてる。
「あああ、ゆめですよ。夢。本気にしないでねっと!」
娘。は笑いながら手拍子が再開して、コンを見る。
「コン…コン、ノ…アサミです」
「アサミ!」
「えっ、あの、あの…」
「夢だよ。ここのパートはうちらの夢を語るとこだから」
矢口がこっそり教える。
「えっと、人間を立派につとめあげたい!
悲しいことは、報告書に書きたくない!
しあわせになりたいですっ!」
全員、はぁ? っとした顔をすると、飯田がフォローした。
「…なんかわかんないけど、ま、いっか!」
「アイ!」
「夢いっぱいで、ございます!」
「もうホームシックにかかってるんじゃないの?」
矢口が冷やかしてつっこむ。
「違いますよーだ!」
「マキ!」
「まだ14才だけど、はやく大人になるぞ!」
天使ABも、勝手に輪の中に入る。
「いつも、人間を暖かく見守っていたい。
たとえ、私達の存在に人間が気づかなくても、
私達は、いつまでも、いつまでも、」
「みんなー! 今日はありがとねー!」
矢口が観客に手を振る。
「またライヴで会おーねー!」
飯田を最後に娘。が舞台から小走りで去っていく。
残される天使ID、AB。
ふっと淋しそうな顔を一瞬見せ、
そして、幸福そうな天使の微笑みに戻る。
手帳を出して、文章を書き始めた。