第29話「紅い暗殺者」
イナズマンに敗れ去ったハンマーデスパーは、這々の体で
デスパーシティに帰還した。上司であるウデスパー参謀を闇討ち
にして手柄を手に入れようと目論んだ結果が無様な敗退とあって
は、彼に待ち受ける運命は一つしかない。
シティに帰還した彼は早速捕縛され、ガイゼル総統の前に
突き出された。そこには闇討ちにされ手傷を負ったウデスパー参謀
もいた。
ガイゼル総統は既にウデスパーから報告を受けており、里沙が
イナズマンであることも、ハンマーデスパーの裏切りも知っていた。
それでも、相変わらず総統は表情一つ変えずチェスに興じていた。
「この俺を闇討ちにするとは、貴様そうまでして手柄が欲しかった
のか!その挙げ句になんたるザマだ!」
自分を闇討ちの目に遭わせた上、任務に失敗したハンマーデスパー
を目の前にして怒りをあらわにするウデスパー。
一方そんな二人に背を向けて、チェスに興じるガイゼル総統は
おもむろに駒を動かす。その姿にウデスパーは何かを察したように
右腕を鋭いハサミに取り替ると、冷酷に言い放った。
「貴様には相応の償いをしてもらうぞ・・・フン!!」
刃の閃きと共に、ハンマーデスパーの左腕が切り落とされた。
「ギャアアアア!!」
苦しみもだえてがっくりと膝をつくハンマーデスパー。そんな
彼の前に立つ影、一つ。ガイゼル総統である。
「ハンマーデスパー、貴様の使命は?」
「そ・・・それは・・・」
「もう一度聞く。貴様の任務は何だ」
威圧感に満ちた低い声で問いかけるガイゼル総統に対し、答えに
窮するハンマーデスパー。と次の瞬間、ガイゼル総統は無言で手に
した杖を握るや、仕込まれた細身の剣を抜いてハンマーデスパーの
首を刎ねた。金槌状の頭部が転がり落ちる。
「そ・・・総統閣下、いっ・・・命だけはお助けを!!」
首を切り落とされながらも、命乞いをするハンマーデスパー。
心臓部を破壊されない限りデスパーロボは死ぬことはない。あまりに
哀れな部下の姿にウデスパーは挽回の機会を与えようと思ったのか、
こう言った。
「一つだけ、助かる方法がある」
残った右腕だけでウデスパーの足下に縋ると、ハンマーデスパーは
必死の思いでその言葉に答える。
「何でもする!何でもするから殺さないでくれ、ウデスパー!!」
ハンマーデスパーの言葉を聞いた総統が、またも黙って駒を動かす。
その姿に何事かを悟ったウデスパーは助命の条件を提示した。
「一日与える。行ってイナズマンを始末してこい」
「たった一日?!」
与えられた期限はわずかに一日。あまりにも短すぎる。この身体
では無理だ、とハンマーデスパーが言いかけた、その時。
「ハンマーデスパーは自信がなさそうですが」
ウデスパー参謀のそんな言葉が総統の耳に届くのを恐れ、
ハンマーデスパーは必死に否定する。出来ない、などと言おう
ものなら間違いなくその場で処刑される。しかし1分1秒でも
生きながらえればチャンスはあるかもしれない。彼に選択の余地は
なかった。
「ハンマーデスパーを修理部隊へ移送しろ!」
かくして彼はウデスパーに命じられ、修理部隊へと移送された。
その姿を見送るでもなく、ガイゼル総統は一人チェスを続けていた。
すると、そこへ姿を現したものがある。デスパーシティの市長、
サデスパーだ。
「閣下、レッドクインがドイツより帰国し、日本に入ったとの
報告が」
その知らせに総統が一瞬手を止める。その姿にまたも総統の意志
を感じ取ったウデスパー参謀は、サデスパーにこう告げた。
「おそらく、あの女はすでに何処かに潜伏しているだろう。至急
貴様の部下に命じてメッセージを送れ。『花は死んだ』と」
「花は死んだ」、これは女暗殺者、レッドクインと軍団が連絡を
取り合うための暗号メッセージだ。もしこれをレッドクインが見れば、
彼女の方から連絡が入るのである。
「レッドクインが日本にいるのならちょうどいい、イナズマンを
始末させよう。念には念を、だ」
里沙−イナズマンを狙うもう一つのたくらみが、静かに進行しようと
していた。
一方、里沙は一人途方に暮れていた。
地上世界にたった一人で放り出されてしまったのだから無理もない
話なのだが、その上彼女は今やデスパー軍団に追われる身となって
しまった。
行くあてなど最初からない。一人街を行く孤独の少女。夕闇迫る街
にたたずむ、小さな影。
と、その時何者かが里沙の目の前に姿を現した。心細さに思わず涙
が出そうになってしまった、そんな里沙の目の前に立つ一人の女性。
彼女は里沙の元に近づくと、優しくほほえんでこう言った。
「あなた、もしかして新垣里沙ちゃん?」
女性は里沙のことを知っているようだった。突然のことに驚いた
様子の里沙を前に、女性はさらに言葉を続けた。
「びっくりさせたかな?ごめんなさい。私は沙紀。荒井沙紀。
あなたと一緒にいたおじいちゃんがいたよね?前に見かけたんだけど。
あの人のことも知ってるよ」
すっかり日が落ちた夜の街をわたる風は、身よりのない少女には
冷たすぎる。沙紀は里沙を連れて、近くの喫茶店へと入っていった。