デスパー軍団に支配された楽園という名の鳥籠。都市には希望と呼べる
ものは何一つ無く、整備された美しい町並みには重い空気が漂っていた。
そしてここに、幼くして母親と生き別れた一人の少女がいた。運命は彼女に
母親との別離という試練を課したが、それでも少女は決して笑顔を絶やさず、
明るく振る舞って生きてきた。
やがて、狭い路地から大通りに出てきた少女は、人目を気にしながらある
場所を目指して駆けていく。一歩を踏み出すたびにゆれる、二つに結んだ長い
髪。利発そうな顔立ちの中にも幼さの漂う少女。彼女の名は、里沙と言った。
彼女はこれから、子供達のために絵本を届けに行くところだった。
里沙は監視の目を盗んでは、子供達に絵本を読んで聞かせることを日課として
いた。サデスパーらデスパーの治安部隊に知れれば逮捕も免れない行為だった
が、子供達が純粋な心と自由への希望を持ち続けることが出来るようにと、
危険を冒してでも続けていたのである。
息を弾ませてたどり着いた先は、一件のビルだった。そのビルの一室で、
今日も子供達が自分のことを待っている。そう思うと、里沙は気もそぞろに
階段を駆け上がる。やがて、里沙は目的の場所、子供達のいる部屋へとたどり
着いた。
里沙は決められた回数だけドアをノックする。これはデスパーの監視を
逃れるための約束事だ。いつもなら、ここで子供達が来訪者が誰かを訪ねる
声がする。
「だぁれ?」
里沙の事を待ちこがれる、子供達の声。そんな声に
「里沙お姉ちゃんだよ?」
と、答えるのが常だった。ところが、今日に限って子供達の声がしない。
絵本の時間はもうとっくに来ているはずなのに、子供達の声がしないのだ。
「変だなぁ・・・もしかして、間違ったのかな?」
不思議に思いながら、里沙はもう一度決められた回数だけドアをノック
した。最初は3回。そして4回。最後に5回。すると、ようやく扉が開いた。
「ごめんねみんな、ちょっと遅くなっちゃって・・・」
と、言いかけたその時、里沙は何者かに腕を引っ張られ、部屋の中に
引きずり込まれた。
「きゃっ!」
叫び声をあげようとしたが、不意に何者かの手が里沙の口をふさぐと、
それ以上彼女は声を上げることは出来なかった。身の危険を感じ、身体を
こわばらせる里沙。と、その時聞こえたのは聞き覚えのある人物の声だった。
「里沙、落ち着きなさい。私だ。誰にもつけられていないな?」
老人の声にハッとして落ち着きを取り戻した里沙。その様子を察した
老人は里沙の手を離し、自分の方へと向き直らせる。
「おじいちゃん。どうしたの、急に」
「デスパー達にここのことがバレたかもしれん。里沙、私はお前を
地上へ逃がそうと思う」
この老人こそ、里沙が手伝っていた絵本の朗読会を催していた人物
である。老人はデスパーシティの子供達がガイゼルによって少年兵として
招集されている事に心を痛め、純粋な心と思いやりを持ち続けるようにと
朗読会を催していたのだ。
>ナナシマンさん
YO!待ってました、新垣登場!!ってことは、いよいよ・・・!
早く休み明けになぁ〜れ!!
・・・更新お疲れ様です。感想は上記の通り、期待&応援してます。
>>名無し天狗さん
中途半端なところで切ってしまってすいません。
船に遅れそうだったのでやむなく・・・。ただいまから船着き場の公衆電話より
今日の分最終更新します。
「裏に車を用意してある。シティの北にある軍用車両の通用門から
地上に出るんだ」
「でも、おじいちゃんはどうするの?みんなは?」
老人の身と子供達を案じ、表情を曇らせる里沙。しかし、老人は優しい
口調でこう言った。
「私なら大丈夫。それに少年兵部隊を作るくらいだ、子供達はデスパー
にとっては財産も同然。手荒にはするまい」
そうと決まれば事は急を要する。二人は急いで車に飛び乗ると、
通用門を目指した。
やがて二人を乗せた車はシティの軍用車両通用門に到着した。実は
通常この門は使用されておらず、わずかに警備兵が配備されている
のみであった。
そういう場所だったから、突然現れた不審な車両を発見した警備兵達
が二人の車を制止するのは当然の成り行きだった。
「おい爺さん、ここは一般人の来るところじゃないぞ。道を間違えた
なら引き返せ」
防毒マスクを思わせる顔、黒い戦闘服に身を包んだデスパー軍団の
兵士が銃を構えてやってきた。緊張に包まれる車内。唇をかみしめて
うつむく里沙。それとは対照的に、老人は何食わぬ顔でこう言い放った。
「総統のご命令で工作員の娘を地上に送り届けるところだ。ここを
開けてはくれんかな?」
そう言うや、老人は警備兵の目をじっと見つめる。
「まて、そんな命令は聞いていない・・・」
なおも警備兵の目を見つめる老人。と、その時警備兵ががっくり
項垂れると、まるで付き物にでも憑かれたかのような声で言った。
「・・・わかった。ご苦労、行ってよし」
警備兵はそう言ってもう仲間に手で合図を送った。突然の出来事に
あっけにとられる里沙。明らかに自分たちを通すとは思えなかった
警備兵が、突然通行を許可したのだ。それはまるで、魔法のような
出来事だった。かくして通行の許可が下りたことで、二人は易々と
通用門を通過することが出来たのだった。
こうして地上への脱出を果たした二人だったが、特に行くあてがある
訳ではない。二人は車を走らせ、公園へとたどり着いた。
そこは里沙にとって、始めての地上であった。だが、今の彼女には
そんなことを顧みる余裕はなかった。夜の闇に包まれた公園は人影もなく、
二人以外は誰もいない様子だった。やがて老人は里沙に車から降りるよう
促すと、二人は車の外に出る。老人と少女の姿を、街灯だけが照らして
いた。
「里沙。これからお前は地上で生活しなさい。私とはここでお別れだ」
「えっ?待っておじいちゃん。イヤだよ、そんなの」
老人との別れを拒んですがりつく里沙。その目に涙がにじむ。そんな
彼女の頬に、老人は優しく手を当ててこう言った。
「別れはいつか必ずやってくるんだよ、里沙。それより、お前に
渡したいものがある。目を閉じて、じっとしているんだよ」