収録が一段落つき、現場は和やかな雰囲気に包まれている。
近くでは、メンバー達が集まって雑談をし、向こうではスタッフが集まり、
次の打ち合わせについて話しているようだ。
「あいぼ〜ん」
辻は、加護を探していた。
「あいぼ〜ん」
呼んでも返事はない。探しても姿は見あたらない。
「・・・でね、昨日ゴッチンったらすっごいの!サウナでね・・・」
「ねえねえ、おばちゃ〜ん」
辻は、雑談をしている保田に声をかけた。
「ちょっと〜。私はまだおばちゃんじゃないのよ〜」
厳しい目つきで、しかしどこか嬉しそうに保田は言う。しかし、そんな保田の様子も見えないのか、辻は、
「・・・あいぼんは?」
と、不安そうに聞いた。
どこか様子が辻の様子が変なのに気づいた保田は、真顔に戻り、
「う〜ん・・・知らないわね。誰か見た?」
「え〜。カオリも知らないなぁ〜」と、飯田。
「どこに言ったか知らないの?」母親のように辻に話しかける安倍。辻はコクンと頷いた。
「・・・んあ、そういえば、さっき小川とスタジオの外に出たと思うよ」と、後藤。
「え?マコっちゃんと・・・?」
不安そうな顔を浮かべる辻。その様子に気づいた吉澤が辻に顔を近づける。
「なんだ〜?加護と喧嘩でもしたのか〜?」
「え?・・・喧嘩なんてしてないよ。ただね、ただ・・・」
「ただ?」
何も言わず、服を掴みながらモジモジといじる辻。
「・・・あいぼん、今日は一回も話しかけてくれないの・・・」
そうなのだ。今日、仕事に来てから、辻と加護は一回も話をしていない。
辻から話し掛けようとはするのだが、辻が近づくと、加護は辻を避けるように離れていくのだ。
それに、いつもなら収録が終わったら、必ず話しかけてきてくれるはずだ。
「ふ〜ん・・・・・・あ、のの、加護が帰ってきたぞ」
吉澤の言葉に振りかえる辻。その先には確かに加護がいた。しかし小川と一緒に。
「あいぼ〜ん!」
トテトテと駆け出す辻。辻の声に、加護はハッとそっちを見る。
加護の表情が固まった。
「はあはあ・・・ねえ、あいぼん、どこ行ってたの?」
「・・・それでなマコっちゃん、さっきの話の続きやけど・・・」
加護は辻を無視し、小川と話を続ける。
「? ・・・ねえ、マコっちゃん、どこに」
「あ〜!そういえばなマコっちゃん!近くのお好み焼き屋、メッチャうまいんやで!」
小川は「そうなんだ〜」と返事をするものの、視線は辻を見ている。
なんで?あいぼん、なんでののを無視するの?
辻は唇をギュッとかみしめる。加護の顔にわずかに動揺の色が走った。
「ちょっと小川〜。こっち来て〜」
向こうの安倍に呼ばれ、小川は加護に軽く手を上げて(辻をチラッと見て)、
安倍たちのところへ向かった。
加護は再びスタジオの外に出ようとした。いや、辻から逃げようとした。
「あ、あいぼん」
それに気がついた辻は、慌てて後を追いかけた。
その後ろでは・・・。
「・・・そっか・・・。高橋、電話が繋がらないんだ・・・」
「はい・・・。何回も電話するんですけど」
「どうしたのかな、高橋・・・」
「あいぼん」
辻の声に気づいた加護が振り向く。その目はどこか怒っている。
「なんや」
「・・・・・・」
加護の目に威圧されたのか、辻は何も話すことができない。
「・・・用がないなら行くで」
再び振りかえり、加護が行こうとした。
「あ、待って」
再び辻が呼びとめる。
「だからなんやて」
「・・・あのね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
辻は言い出せない。加護は再び去ろうとした。
辻は思わず加護の手を掴んだ。
「なんやねん!しつこいなぁ!」
加護が声を荒らげる。その声に、思わず辻はビクッとした。しかし、
「・・・なんで、のののこと無視するの?」
辻は震える声で言った。二人の間に沈黙が流れた。と、
「・・・のの。・・・なんで約束破ったんや?」
沈黙を破ったのは加護だった。
「え?」
「・・・おととい、一緒にご飯食べに行く言うたやん」
加護は少し低めに言った。
「あれからウチ、ずっと待ってたんやで?
オバチャン達の仕事終わるまで、ずっと楽屋で待ってたんやで?
なのに何で?携帯にも出んし、かといってそっちから電話するわけでもないし・・・」
加護は少しうつむいて話している。
あれから、辻も色々なことが起こり、加護との約束を忘れていた。
昨日、加護に謝るよう紺野に頼んだはずだった。
しかし紺野は、例の件のショックで、謝るのを忘れていたのだ。
そんなに待ってたんだ・・・。
加護が怒るのも無理はない。辻は思った。
「なあ、せめて来れなかった理由だけでも聞かせてくれへん?それだけでええから。
それで全部、そのことは水に流すわ」
加護はまっすぐに辻の目を見ている。
辻は辺りをキョロキョロと見渡し、こくんと頷いた。
「・・・あのね、のの、つんくさんの変な機械でね、つんくさんとあさ美ちゃんの頭の中にいたの。
それでね、今日はね、ののの番なの。愛ちゃんとあさ美ちゃんもね、ののの中にいるの」
辻は舌足らずながらも一生懸命に説明をした。嘘は言っていない。
しかし、加護は何を言っているのかわからないといった顔で、辻を見ている。
――― 沈黙
「・・・のの、ふざけとるんか?」
加護が少し怒ったような口調で言う。辻の体に電流が走った。
「うそじゃないもん!ほんとだもん!」
「そんな話、誰が信じれるか!それに、言ってることもようわからんわ!」
「らって本当らもん!つんくさんがお塩出したり、つんくさんのちんちん小さいことも知ってるもん!」
辻の話に、加護はちょっと顔を赤らめたが、
「ア・・・アホかい!そんなん適当な話や!そんな漫画みたいな話、信じれる方がおかしいわ!」
辻はボロボロと涙を流しながら、
「らってほんとうなんらも〜〜〜ん!!」
と言って号泣しだした。
「あああ、なんで泣くねん!」
「うわああああああああああああああああああああ!!」
「せやけどな、そんな話、信じる方が」
「ほんとうなんらも〜〜ん!!うわああああああああああああああああああ!!」
辻は泣き止まない。加護は「あーもうっ!」と叫び、
「わーったわーった!信じる!ののが正しい!だから泣き止めや!」
そう言って加護は、辻の頭を撫でだした。しばらく撫でてると、辻の号泣は止まり、ヒックヒックしゃっくりをあげだした。
「・・・ヒック・・・・・・ほ・・・ほんと?」
辻の声に、加護はホッと息を吐いた。
「ああ、ホンマや、信じる」
考えてみればそうだ。辻は嘘のつけるような人間ではない。いや、嘘を言えないのだ。
加護は辻の話など信じていなかったが、きっと寝ぼけて夢でも見てたんやろ。
そう勝手に解釈することにした。
しばらく頭を撫でていると、辻がエヘヘ。と言って泣き止んだ。
「よかった、あいぼんと仲直りできて」
辻の笑顔に、加護はようやく肩の力を抜いた。
「・・・よっしゃ!そんじゃ行けなかった分、明日食べに行こか?」
辻は「うん!」と言いかけたが、慌てて止めた。
明日は愛ちゃんだから、食べに行けないよ・・・。
うつむく辻を「どした?」と加護は見た。
「明日はあかんのか?」
「・・・うん、愛ちゃんの日らもん・・・」
辻の言葉に、思わず、ハア?となる加護。しかし頭をプルプルと振って、
「・・・そっか。そんなら今日行こか?」
加護の言葉に、辻は顔をあげて「うん!」と頷いた。
加護は「やれやれ」と言いたそうに手を腰に当て、苦笑いをした。
「さっきまで喧嘩してると思ったら、今度はベッタリか〜?熱いね〜お二人さん」
楽しそうに加護に話しかける辻を見て、ひやかすように吉澤が言った。
「らってのの、あいぼん大好きなんらもん!」
そう言って、辻は加護にキスをした。
「うおっほぉ〜〜う♪」
吉澤が意味不明な叫びをあげた。安倍たちも何かニヤニヤと笑っている。
加護は吉澤と目が合い、「ま、しゃーないわ」そう言いたそうに苦笑いをした。
『・・・紺野、帰って来ぃひんな』
頬杖をつきながら、つんくが呟やき、高橋の方に目をやる。
高橋は布団を頭から被っている。
高橋も、あれから布団に入ったまま、全く動こうとはしない。
つんくはため息をつて、窓の外を見た。
紺野が出ていってから、もう五時間は経とうとしている。
最初は、随分長い散歩だな。と思ってただけだったが、ここまで長いと普通じゃない。
いくら頭脳世界で、死の心配はないとはいえ、ここまで遅いと何かあったのかと考えざるを得なかった。
『・・・辻ぃ〜。おい辻ぃ〜』
つんくが辻に声をかける。辻に紺野を探してもらおうと考えていた。
しかし、辻は全く反応をしない。つんくはまた、ため息をついた。
『何やってんねん、辻・・・』
かれこれ何度も辻に話しかけてはいるが、辻は全く返事をしない。
何故なら、辻は食べるのに夢中で、つんくの声など耳に入っていなかったからだ。
一時間・・・・・・二時間・・・・・・
家の中に、重苦しい空気だけが流れる。紺野はまだ帰ってこない。
やがて、待ちくたびれたつんくは、座ったままの状態で眠り始めた。
しかし、高橋は眠れなかった。布団の中で、ドアの前の気配だけに気持ちを集中して。
さらに、一時間・・・・・・二時間と時が流れた。
結局この日、紺野は帰ってこなかった。
――― 三日目 終了