強烈な餓えが洞窟を満たしていた。
米軍が上陸して数日が経過している。
すでに貧弱だった塹壕の蓄えはすでに尽きていた。
狭い場所に数十人もがひしめいている。
体力の弱いものから生命の灯火は突き初めていた。
乳呑み児が死んだ。
老婆が死んだ。
兵隊さんが死んだ。兵隊さんが死んだ。兵隊さんが死んだ。
――母さんが死んだ。
眠ったまま目を覚まさなかった。
母さんは、希美が両手で抱え挙げられるぐらい痩せ衰えていた。
死ぬほど餓えていたのに自分の分の食料を希美に譲っていたのだ。
母親が食べてないことを知っていて、希美は差し出された食料を貪っていた。
希美は自分の食欲を恥じた。
遠くで銃声がする。
爆撃音がする。
人が死んでいく音がする。
音は日ましに近付いてくる。
指の欠けた兵隊さんから、ずしりと重い真っ黒な無花果を配っていた。
無花果は、齧ってもガチガチと固い音を立てるだけだった。
「外に出たいなぁ――」
囁くように亜依が言う。
「外に出てようさんお陽さん浴びたいわ」
亜依の父親は大阪の出身だった。戦争が始まってすぐに召集されてラバウル島
に配属された。ラジオによるとラバウル島に行った兵隊さんは全員玉砕したそう
だ。希美は亜依に玉砕の意味を聞いた。父さんはお国のために戦ったのだと亜依
は答えた。亜依はこの土地の言葉でなく父親の訛りで喋る。
「ひもじいなぁ」
「うん…」
「無花果もらったけど、どうやって食べるかわからない…」
「アホやアホや思っとったけど、ののはほんまにアホやなぁ。それ手榴弾やん」
「しゅりゅうだん?」
「バクダンやバクダン。米軍に見つかったらうちらそれで戦わなあかん」
亜依の言葉に、希美は気味悪そうに手榴弾を見た。
「あたしたち…死んじゃうのかなぁ…」
「アホ言いなや」
「戦争…勝つのかなぁ…勝たなきゃ、死んじゃうよねぇ…」
「うちらは死なへん。なにがなんでも死ぬなへん。ここに閉じ込められたまま
最後やなんて悔しすぎるやろ」
亜依はズタ袋から色褪せたチラシを取り出した。蝋燭のそばに寄って、炎に
かざすようにする。ぼうっと人気歌手の姿が浮かび上がった。
「これなぁ、後藤真希ちゃんやねん」
当代髄一の人気歌手の一人である。ラジオからは戦況放送の合間に後藤たち
の歌声が流れていた。なかでも数人の少女たちと合唱する曲目は、元気付けら
れると前線でひどく人気があるという。
「うちもなぁ、歌手になりたいねん。後藤真希ちゃんみたいな。せやから、う
ちは死なへん。絶対死なへん」
よくわからない理屈だったが希美は曖昧に笑って頷いた。
その日の配給は、白湯とポンカンひとつだった。
(おなか……すいた……)
希美は塹壕を這い出した。
警報が鳴ってとるものとりあえずで塹壕にこもったけれども、たしか家の糠床
には去年取れた野菜がいくつか漬けられている筈だった。裏の畑にはトウキビが
たわわに実ってる筈だった。向かいの雑貨屋にはアイスクリンとラムネが売られ
ている筈だった。
夜の闇は何もかもを覆い隠している――
――何もかも、無かった。
集落じゅうの住居の扉という扉は壊され、焼かれ、荒らされていた。
(……米兵がいる……)
悲鳴を飲み込んだ。
米軍は死を運ぶ存在だった。破壊を運ぶ存在だった。戦艦を沈め町を焼き人を
殺す存在だった。敵だった。完璧な恐怖だった。
(バクダンやバクダン……)
希美は手榴弾をぎゅっと握り締めた。
イイ!続き期待!
鳥山明のマンガマル秘講座思い出すな。
アマチュアのを手直ししちゃうやつ。
沖縄戦没者 188.136名
日本軍死者 約904.000人
住民死者 約904.000人
ひめゆり部隊(高女生)543名
「沖縄県民かく戦えり、県民に対し後世特別の誤呼応は御高配を賜らんことを」
訂正
904.000→94.000
「のの」
呼び掛けられて振り向く。
背の高い女性と自分と同じぐらいの背丈の少女が手をつないでいた。
班長の飯田さんと亜依だった。
「アンタあかんやん。見っかったらみんなに迷惑かけてまうねんで」
「おいで…戻ろ…」
囁きとともに二つの腕が伸ばされる。
希美はいやいやをするように首を振った。
洞窟のなかは死者と生者でごった返している。
彼岸と此岸の境界線が日に日に曖昧になっていく。
死者はひきずられて隅のほうに集められる。
沖縄は、そろそろ夏になろうとしていた。
皮膚がぬるみ、腐臭を散らし、蛆が湧く。
洞窟のなかでは、生き残れる気がしない。
外の空気はひどく清涼だった。
「あたしここにいちゃダメかなぁ? 見つからないようにするから」
「のの……わがまま言うたらあかん……みんな我慢してんねんで」
「だけど……」
「あんた一人だけが辛いんとちゃう。うちかて辛い。みんな辛いねんで」
「だけどあたし……あたし……」
強い風が廃村をわたる。壊れた屋根や塀や扉がばたばたと騒ぐ。
強い花の香りがした。もうそんな季節だった。希美は今年、まだ花を見た記憶
がない。
花火が上がるような音がして、空が明るくなる。
丸い人魂のようなものがゆっくりと燃えながら落ちてくる。
飯田はとっさに亜依と希美に抱きつくようにして畑に飛び込んだ。
雑草の刈り込みもしていない畑はひょろひょろと背ばかり高い草で覆われて
三人の姿を綺麗に隠した。
「きれい…」
「うん…」
最近、希美が何か言うたびにバカにしたようにからかう亜依も、このときだ
けは素直に同意した。
「洞窟のほうだ…」
飯田の口から動揺したような呟きが漏れる。
花火のような音は二度三度続き、周囲は黄昏どきのようなうすぼんやりとした
明るさに包まれていた。打ち上げられた人魂は、ゆっくりと空中で燃え尽きる。
「……照明弾……」
飯田の言葉に亜依はびくっとしたように身を震わせた。
「ほな…いま攻撃されよんの…」
ただでさえ掠れて聞き取りにくかった加護の言葉は銃声にかき消された。希美
が聞いたなかで、一番大きくてたくさんの銃声だった。短い間にダダダと濁音付
きの連射の音。男の子達が遊ぶ兵隊さんごっこの口真似のような音。
「あたし、みんなの様子見てくる。亜依ちゃんと希美ちゃんは、あたしが
戻ってくるまで、ここから動いたらだめよ」
二人の返事を待たず、飯田が立ちあがった。草むらから顔がひょっこり
と飛び出したのがわかる。
照明弾が、飯田の顔を橙色に照らし出していた。
飯田さんが燃えてるようだ、と希美は思った。
――それが、希美が飯田を見た最後だった。
◇◇◇
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるくちぶえ
いちめんのなのはな
◇◇◇
鼓笛隊が太鼓を鳴らしている。二人は膝を抱えて時折耳元を寄せ合った。
「飯田さん遅いね…」
「ん…」
「音…」
「ん?」
「うるさいね…」
「ん…」
「みんなだいじょうぶかなぁ…」
「んー」
太鼓の音はなりやまない。二人の会話も終わらない。
◇◇◇
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
おどるはひるのつき
いちめんのなのはな
◇◇◇
143 :
K:02/03/14 21:32 ID:8U7j5cuA
日教組の『戦争』教育に反発する娘のお話もいいなーなーんて。
ズレてゴメンね
144 :
七氏:02/03/15 18:35 ID:S2qFey6E
145 :
:02/03/15 21:45 ID:vbvyIKx4
スゴイヨカタヨ
146 :
m:02/03/16 23:32 ID:OQ95ZDra
戦争ものって難しいのね
強い花の香りがした。もうそんな季節だった。
梨華は忌々しげに、生い茂る姫百合を睨んだ。
幼い頃、あまりにも美しいそれを手折ろうとして、親に諌められたことを思い出す。
――百合は死者のための花だから。
だから?
風に百合の花弁が揺れる。
地上に地獄が溢れ出したようだった。この島は死者で溢れかえっている。
梨華が通っていた女学校は十・十空襲で全焼した。
本土や離島に疎開したり学徒動員されたりして離散した生徒の消息を掴むことは困難を極めた。
一節には百人とも百五十人ともいわれる生徒たちが梨華と同じように、学徒看護隊として野戦病院壕に従軍していた。
梨華に割り当てられた仕事は飯上――重たい樽を二人で抱えあげ、煮炊きをする場所から壕まで運ぶ仕事だった。
夕刻の砲弾が止む一瞬の隙を突いて樽を運ぶ。
昨日まで一緒に樽を運んでいた生徒は、艦隊からめくら滅法に打ち込まれる砲撃で、破片を浴びてこと切れた。
生徒たちの生命は、櫛の歯のようにボロボロとこぼれていく。
梨華はそれでも友軍の勝利を信じている。
>作者
す、すごいっす・・・
ガンガッテ続き書いてください、
更新待ってます。。。
梨華、あゆみ、ひとみの3人は看護兵として医師とともに“前線”に配属されることになった。
実際のところ、沖縄全土どこも最前線ではあったのであるが――
小人数で編成された部隊とともに最短行程である山岳に向かう。
その頃はもう夜間でも照明弾がどんどん打ち込まれて昼のようだった。
運の悪い避難民が一斉に機関銃になぎ倒される声を聞く。
兵隊さんは振り返りもせずに、道を急ぐ。
「同朋を見殺しにするわけではない。今は部隊の任務が優先する」
部隊長の言い訳めいた言葉を聞いてひとみはこう吐き捨てた。
「ヤマトンチューがウチナーンチュを同朋だと思ってるもんか」
――梨華はそれでも友軍の勝利を信じている。
「おぉい、少尉さんよぅ、戦況はどうなんですかねぇえ」
医師は少し不自由な足をひきずるようにして歩く。
「……」
「大本営からの援軍はまだ来ないんですかねぇえ?」
医師は少しダミ声で語尾をダラシなく伸ばすのが癖だ。
「……」
「米英の補給地点はどこなんですかねぇえ? まさか硫黄島とか言いませんよねぇえ?」
「……黙って歩け」
少尉の声は少しかすれてる。
「おれたちが合流するっていう本部ってやつは、どこにあるんですかねぇえ?」
「黙って歩け! 歩かないと貴様ッ」
少尉の声は、大声を出すと少し裏返る。
「どうしますか。おれはどうされてもまるで構わないんですがねぇえ。家族はもう、自決しちまったし。息子なんかガス弾でやられたんですよ。ガマのなかに放り込まれて。表情を見たら一瞬で絶命したみたいで、それだけが救いなんですがねぇえ。嫁なんざもう死体も何も――」
「黙れ」
撃鉄を起こす音は見なくてもわかる。何度となく聞いた音。
「困るのは少尉さんじゃないんですかねぇえ?」
「……」
戻す音も。
――梨華はそれでも友軍の勝利を――
いいね〜
>作者、他の所でも書いてますか?
154 :
作者:02/03/26 10:10 ID:dOq14ckU
155 :
:02/03/29 00:59 ID:TY2cYMQj
ほぜそ・・・
156 :
:02/03/31 01:25 ID:DwXR+B7x
保全。。。
157 :
:02/04/04 00:12 ID:SyLkCQeH
ホゼソ・・・
158 :
:02/04/06 00:09 ID:Vi/Dcj45
ほぜむ。。。
159 :
:02/04/06 20:44 ID:5fMKuuQA
57年前の沖縄戦と日付同時進行で6月22日に完結ってのはどうですか。
それじゃ先が長すぎるか・・・失礼しますた。
辻と石川は、もんぺにお下げ髪がとても似合いそうですね。
吉澤のお下げは・・・・う〜む・・・
160 :
:02/04/07 01:11 ID:hnGhpe8m
作者さんまだかな?放置はいやよ。
161 :
:02/04/07 23:54 ID:RWtBU51J
保 全
田 て
の の
為 愛
に は
162 :
:02/04/10 00:10 ID:uvHGV/h1
ほぜむ。。。
聞こうかどうしようかずっと迷っていましたが、自分のような乗っ取り野郎のため
に保全して貰えてると自惚れてもいいのでしょうか?
んなこたどーでもいい
165 :
163:02/04/10 01:48 ID:YfxugvUs
思い切って聞いてよかった! 肩の荷が下りた気分です! 自分が書くような
駄作が保全される筈がないですよね! 長々とお借りして申し訳なかったです。
>>165 僭越ながら、全て理解したつもりで言わせて頂きますと。
あ な た へ の 保 全 で す よ 。
>>163,165
166のいうとおり、
あなたの作品を保全しています。。。
>>167 有難うございます。保全されるような大げさなものでも無いと思いますので、
できるだけ、お手を煩わさないようにしたいと思います。どうぞお構いなく。
169 :
166:
あまり書き込んでもあれなんで最後にしますが
読 ん で ま す よ 。
ワリト ファソ ダッタリモスル