小説 『ふるさと』

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190AB-LS
  
「結局、そのちょっと後にはなっちもカリキュラムの途中でリタイヤ
 して日本に帰ってきたべ。
 情けない話だけど、なっちは明日香がいなくなって、またそこにい
 る理由を失った事に気付いたんだ。」
 
「安倍さんは、その後会ったんですか?
 ……あっ、その明日香さんに。」
 少し上目遣いになつみを見遣り、遠慮がちな言葉遣いで、梨華がな
 つみに尋ねる。
 
 なつみはカラッとした笑顔であらためて梨華を見詰め、こう続けた。
「うう〜ん、それがそれっきり。
 日本に戻ってきて、ここで働くようになって、裕ちゃんは元内調だ
 し、国の情報を手に入れるのなんてワケないから、ホントは調べた
 んだ、明日香の連絡先は。
 でもね、連絡取る事は1回もなかったべ。」
 
「ど…どうしてですか?」
「この事務所は、多分ね良くも悪くも裕ちゃんのせいだと思うんだけ
 ど、なんか胡散臭い事やってる割には、すっごくリラックスできて、
 なっちにとってはかけがえの無い場所だべ。
 だけど、それでも明日香が嫌ってた類の仕事には違いないから。
 なんか矛盾してるかもしれないけど、この事務所の事は大好きだけ
 ど、それでもなんとなくここにいる間は、明日香には会えないなっ
 て、そう思うんだ。」
 
191AB-LS:02/04/30 22:02 ID:odA3M86T
 
 淡々と過去の思い出を語るなつみが、ここで一呼吸置いて飲物を口
 にし、先程までの遠い視線から一転して、眼前の梨華を不思議な笑
 顔で見遣る。
 
「結局ね、幼すぎたんだよ、なっちも明日香も。
 お勉強は出来たかもしれないけど、社会がどういうものかもわかっ
 てなかったし、自分の人生を左右する程の決断をする為の思慮って
 いうのかな、そういうのはぜ〜んぜん足らなかった。」

「なんだか、私に似てるかもしれませんね……」
 自分の過去とシンクロする要素も多分にあるなつみの話を聞き、そ
 れでも今は自分より遥かに明るく強く生きているなつみが、梨華の
 中ではさらに眩しい存在になりつつあった。
 
「そっかな。そう思う?
 でもね、なっちはちょっと違うと思う。
 なっちはね、ただ何かから逃げ回ってただけなんだ。
 逃げ出した先に良い事なんてありはしないのにね。
 梨華ちゃんは…自分の意志で日本に来たんでしょ?」
 やや自嘲気味になつみは微笑んだ。
 
「ええ、それはそうですけど……でも、やっぱり似てると思います。
 私も、あの人がいなければ、あ…安倍さんにとっての明日香さんの
 ような人が私にもいたんですけど、その人と出会うまでは、私も私
 を囲む全てのものから逃げてましたから。」
「そっか……。
 じゃあ、ちょっとは似てるのかもね。」
192AB-LS:02/04/30 22:03 ID:odA3M86T
 
「それに……私は今でも本当にやりたい事がなんなのか、自分でも全
 然わかってないですから。
 こんな事言うと、ここで働いてる安倍さんや中澤さんに失礼かもし
 れないですけど、ここで働く事が目的ではなくて……そのぅ…人探
 しが目的というか、今の私にはそれしかやる事が思い浮かばないだ
 けなんです……」
 梨華の心は申し訳ないという気持ちで満たされていたが、なつみは
 大して気にした様子でもなく、寧ろ安心したような笑顔を丸い顔に
 浮かべた。
 
「別に悪い事じゃないべさ。
 たとえ1つであっても、やりたい事を、やるべき事をやればいいべ。
 それに、ここで働いている間に他にも見つかるかもしれないでしょ、
 梨華ちゃんがやりたいと思う事。」
「……安倍さんは…強いですね。」
「そうかぁ?
 なんか、そんな事今まで言われた事ないから照れるべ。」
 なつみの表情には本当に少しはにかんだような笑いが見られる。
「私にもいつか見つかるのかな、やりたい事……。」
 消え入りそうな弱々しい声で呟く梨華だったが、なつみの体験や、
 そこから生み出される言葉を聞いているうちに、徐々に気持ちが前
 向きになりつつあるのも事実だった。
193AB-LS:02/04/30 22:04 ID:odA3M86T
 
「絶対みつかるべ。
 なっちが保証する!」
 特に根拠があるわけではないだろうが、なつみにそう言われると本
 当に見つかるような、そんな気にさせられるのは、やはりなつみの
 持つ人柄の為せる業だろう。
 
 その後も、取り止めも無い話は暫く続いた。
 
 −−−
194AB-LS:02/04/30 22:04 ID:odA3M86T
 
 なつみとの会話に夢中になっている間に時は過ぎ、早くも陽が傾こ
 うとしていたが、外光を取り込む窓が存在しないこの部屋にいると、
 そのような屋外の変化を肌で感じ取る事も出来なかった。
 来客を迎える為の部屋なので、大仰な時計が備え付けられてはいた
 が、梨華はなつみの生い立ちを聞き始めてから一度も時刻を確かめ
 なかった事に気付いた。
 
「あっ、なっちまたどうでもいい長話しちゃったべ。
 ごめんね、梨華ちゃん。」
 
 梨華の時間を気にする仕種に気付いたのか、なつみも部屋の時計を
 あらためて見た。
 既に事務所の定時間近になっており、彼此3時間程はここにいた事
 になる。
 なつみは如何にも『またやっちゃった…』といった表情をみせてい
 るが、それは裏を返せば梨華との会話に没頭していたという事であ
 り、そして同じ事を梨華にも当てはめる事が出来た。
 口数の多いなつみと無口な梨華という、役割分担のはっきりした組
 み合わせである事、そしてお互いがお互いの持つ雰囲気を心地良く
 感じているからこその結果であろうが、この時点でなつみはそこま
 での考察に至っていなかった。
195AB-LS:02/04/30 22:05 ID:odA3M86T
 
「いえ、私も時間が経つのを忘れてましたし、楽しかったですよ。」
「そう言ってもらえると、救われるべ。
 もうすぐ裕ちゃんも仕事終わってこっち来ると思うから。」
 当然の如く言い切ったなつみであったが、梨華にはその言葉が少し
 引っ掛かった。
「でも、中澤さんは所長さんですし、その何て言うか、そんなに早く
 仕事が終わるものなんですか?
 もし、お忙しいようなら、私終わるまで待ってますし、なんなら一
 人でも帰れますし、あまり気を遣わないで下さい。」
 
 なつみは、この後に及んで自分や中澤に気を遣っている梨華を愛く
 るしく思い、その不安を取り除くべく口を開いた。
「だ〜いじょうぶ、裕ちゃん仕事キライだから寧ろ喜んでるべ。
 堂々と早く帰る口実が出来たって。」
「へっ……?!」
 梨華は予想しなかった答えに思わず目を丸くしてしまう。
「フフフ、まあ半分は冗談だけど、裕ちゃんいつも帰りが早いのは本
 当だべ。
 元々が要領人間みたいだし、自分は方針だけ決めてあとは人にやら
 せる事が多いかな。
 部下には厳しく、自分には優しくって感じ。」
196AB-LS:02/04/30 22:06 ID:odA3M86T
 
 なつみは相変わらずの笑顔で、梨華はどこまでが冗談で、どこから
 が真実なのか掴めないでいた。
 何より、そのような事を所員が笑顔で話すメンタリティというもの
 が、イマイチ理解出来ないでいたのだ。
 
「そ、それで所員の人達から不満が出たりしないんですか?」
 梨華にしては珍しく、ストレートに疑問をブツけてみる。
 
「う〜ん、別に裕ちゃんのやり方が間違ってるわけでもないし、仕事
 では寧ろ頼りに人だし、何よりみんなから好かれてるからかなあ、
 裕ちゃんの文句言う人は見た事ないべ。
 なんでかは説明しにくいけど、ここで働いてるうちに梨華ちゃんに
 もきっとわかるようになると思う。」
「そうですか…。
 安倍さんが言うんなら、そうなんでしょうね。」
 
 そうこうしているうちに、廊下の方から一際大きな足音が、それも
 小走りしているのであろうか、通常歩行のそれよりも短いインター
 バルで聞こえてきた。
197名無し募集中。。。:02/04/30 22:06 ID:52GQlIaG


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   Y'´          /    """''''〜--、|||||||||||||||||) < スマン!許してよ、母さん。
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    ゝ   ー--、,,,,,___      ::: ::,,,,,ー`''''''⌒''ーイ  ./      
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          |ノ    |      |  /    Y        ヽ
         {     |      |   j      )  作者    ヽ 
         〈     j      ト-.|    /          )
198AB-LS:02/04/30 22:07 ID:odA3M86T
 
「噂をすれば、だべ。
 ほらね、なっちの言った通りだったでしょ?」
 得意満面のなつみの言う通り、足音は二人のいる部屋の前で止まり、
 (勿論ノック無しで)豪放に開け放たれたドアの陰から息を切らし
 気味の中澤の姿が確認できた。
 
「スマン、待たせたなあ石川。
 なんとか定時前に帰ろうとしたんやけど、周りが煩そうてな。」
 
「……安倍さんが言ってた以上ですね。」
 梨華はなつみの方を向いてボソッと小声で呟いた。
 その顔には笑みが溢れていて、なつみを思わず吹き出しそうになっ
 てしまう。
 
「なんや自分ら、二人してなんか感じ悪いんちゃうか。
 なっち、また裕ちゃんの悪口言うてたやろ。」
 語調はキツいが、怒っているわけではなさそうだ。
 
「あら、よくわかったね〜。
 裕ちゃん、ちょっと賢くなってきたんでないかい。」
 なつみもイツモの事のように、素早く答える。
 
199AB-LS:02/04/30 22:08 ID:odA3M86T
 
「やっぱそうなんか……って後半部分は大きなお世話や。
 全く、ウチの従業員はみんな裕ちゃんの事バカにし過ぎやで。
 所長をなんと思とるんや……」
「冗談だよ、じょ・う・だ・ん
 そんなにボヤかなくてもいいじゃない。」
「いや、わかっとるんやけどな。
 それでも、なっちにヒドい事言われたら、落ち込みもするやろ。」
 
 二人の速いテンポの掛け合いに対して、梨華は全く蚊帳の外状態で、
 ただただポカンと呆気に取られているだけであった。
 (私もここで働けば、いつかはああなれるんだろうか……)
 
 仕事とはまた別の次元で不安になる梨華であったが、それを察する
 ように、中澤が声を掛ける。
「言うまでもないと思うけど、石川はこんなんなったらあかんで。
 あんたは今のまんまでええんやからな。」
「は、はい…。」
「ほんじゃ、行こか。
 て、そうや、こんなとこでなっちと遊んどる場合やあらへん。
 石川、あんた今日この後なんかやる事あるんか?」
「いえ、別に何もないですけど。」
「そやったら裕ちゃんの家けえへんか?」
200AB-LS:02/04/30 22:09 ID:odA3M86T
 
 突然のお誘いに正直梨華は戸惑った。
 これまでの生活で、他人の家に招待されるような事など一度もなか
 った。
 唯一、訓練所時代にひとみの部屋に遊びに行っていた事ぐらいだが、
 これは次元が違い過ぎて比較対象にはならない。
「あの…いいんですか?
 私、あまりそういう経験ないんで……。」
「ああ、遠慮せんでええよ。
 一緒に晩飯食べるぐらいやから、ええやろ?」
「は、はい。
 じゃあ、お邪魔させて頂きます。」
 
 中澤の意図まではわからなかったが、梨華は内心これまで経験した
 事のない出来事に、心地良いドキドキ感を味わっていた。
 そして、自分でも驚くほど短絡的な思考パターンではあったが、中
 澤に対して親近感を感じ始めている事も否定できなかった。
 ただし、殆ど職業病ではあるのだが、併行して中澤の意図を探る為
 の観察は、無意識的に行ってはいた。
 そこにネガティヴな結果は待っていない予感はしていたのだが。
 
「ほな、早速行こか。
 あ、なっちも一緒にどや?」
 既に仕事に戻ろうとアクションを起こし始めていたなつみを、中澤
 が不意に呼び止める。
 なつみは一瞬考えるような仕種を見せたが、迷いを断ち切るように
 わざとおどけた表情を作り答えた。
「なっちは遠慮しとくべ。
 裕ちゃんが昼間サボってた分の仕事片さなきゃいけないしね。」
「ほうか、なんかもう突っ込む気力も失せてきたな……。
 ほなまた明日な、なっち。」
 
 −−−
201AB-LS:02/04/30 22:09 ID:odA3M86T
 
 梨華はその後中澤の車に同乗し、道中街道沿いのスーパーで買い物
 を済ました後、中澤の住むマンションへと向かった。
 スーパーは事務所とマンションの丁度中間地点あたりに位置し、事
 務所〜スーパー間、スーパー〜マンション間がそれぞれ10分程の
 道程で、まだ土地勘の無い梨華にも、そのマンションが都心から然
 程離れていない、所謂一等地と呼ばれるロケーションにグルーピン
 グされている事は理解できた。
 梨華の住む街とはまた違った意味でだが、マンションの周囲は喧騒
 とは一線を画しており、周辺の建造物に視線を移すと、ゆとりを持
 った区画割りや、各々の造りの絢爛さからは、ここに住む人々の生
 活レベルが相当に高いものである事が容易に想像できる。
 
 (事務所も凄いと思ったけど、お家の方も……。
  イリーガルな部分の収入ってヤツかなあ。)
 
 いつもの事なのだが、梨華は集められるだけの視覚情報を収集し、
 その分析作業を半ば無意識的に行っていた。
 中澤は先程から何か考え事をしているようで、それは恐らく彼女の
 部屋の中にある何か(或いは誰か)に関する事であろうと、梨華は
 そう予想していたのだが、ともかく梨華に近しい特殊技能を有して
 いる中澤であれば、本来梨華の行動(という程表出してはいないが)
 からその思考内容を読めても不思議無い場面であり、何らかの説明
 があってもいいはずだが、実際に梨華に投げかけられた言葉は、そ
 れとはかけ離れた内容であった。
 
202AB-LS:02/04/30 22:10 ID:odA3M86T
 
「石川ぁ、自分ガキ、いや子供はアレかな……あ〜その、苦手やった
 りせえへんか?」
「へっ??」
 予想していたのとはあまりに異質な質問に、梨華は思わず素っ頓狂
 な、いつもより更に甲高い声をあげた。
 
「こ、子供ですか?」
「そう、子供や。
 実はな、家におるんや一人、それもトビっきりアクの強いのが。
 それでやな、別に石川が子供苦手やったら、あ、なんかそんな感じ
 するんやけど、そやったら無理して相手せんでもええんやけど、嫌
 やなかったら、その……仲良うしてやってくれへんかな思てな。」
 事務所での開けっ広げな中澤はすっかり影を潜め、まるで奥歯にモ
 ノが挟まったような話し方である。
 ここまで見てきた中澤の態度との大きすぎるギャップが、梨華には
 なんだかとても可笑しいものに思えて、笑い出しそうになったが、
 ここで笑ってしまうと気を悪くすると思い、必死に堪えながら、出
 来るだけ表情を悟られないように、意識して視線を下方に向けなが
 ら梨華は尋ねた。
 
「それって、もしかして中澤さんのお子さんなんですか?」
 この時点で既に少し頬を赤く染めていた中澤だったが、梨華の言葉
 に反応して更に、そしてそれは今迄とは違った理由で、顔中を紅潮
 させた。
 
「アホ言うな!
 どないしたらウチが子持ちに見えんねん。」
 わざと大袈裟なアクション付きでそう答えた中澤のその様子は、こ
 の上なくコミカルに見え、梨華はより一層笑い出しそうになるのを
 堪えていた。
 そして、関西出身の人間の身体にはそういう動きが生まれつき染み
 込んでいるのかも、と本気で思い始めていた。
203AB-LS:02/04/30 22:12 ID:odA3M86T
 
「いや、そういうわけではないんですけど、子供がいるって言われた
 ら、普通はそう考えるのが自然かなと思ったんで。」
「ああ、そうか、そう言われりゃそうかもな。」
「で、おいくつなんですか、そのお子さんは?」
「今年で12、いや13歳やったかな…とにかく中学生の女の子や。」
 中澤は漸く普段のリズムを取り戻しつつあった。
 
「その年齢だと、さすがに中澤さんの子供っていうのには無理があり
 ますね。」
 梨華は事務所で見聞きしたなつみや保田の仕種を思い浮かべつつ、
 冗談っぽく言ってみる。
 
「そやろ…って歳に関係なく、ウチにはまだ母親は似合わんっちゅう
 ねん。」
 期待通りの答えを、それも予想とほぼ寸分違わず返してくれる中澤
 を見て、なつみや保田に聞いた事に間違いが無いという事をあらた
 めて梨華は確信する。
 
 (ホントに楽しい人だな)
 
204AB-LS:02/04/30 22:17 ID:odA3M86T
「それで、中澤さんのお子さんじゃないとして、じゃあどういうご関
 係なんですか?」
「姪っ子や。
 ウチの姉の子供で、詳しい事はまた後で説明するけど、ちょっと事
 情があって今はウチが引き取っとるんや。
 さっきも言うた通り、ちょっと癖あるんやけど、根はホンマにエエ
 子やから、いっちょよろしゅう頼むわ。」
 
 子供と触れ合う機会など、これまでの人生では皆無だっただけに、
 漠然とした不安はあったが、不思議と中澤がそういうなら、そして
 中澤と一緒に暮らしている、しかも中澤の血縁者とくれば、仲良く
 なれるような、そんな楽観的な考えが梨華の思考を支配していた。
 
「正直言うと、あんまり子供と遊ぶ事なんてこれまでなかったんで、
 苦手なのかどうかもよくわからないんですけど、でも年齢も私と近
 いみたいだし、大丈夫だと思います。
 中澤さんもいる事ですし。」
「そっか、いや〜そう言うてもらえると助かるわ。
 なんや強引に連れてきた上にガキのお守りみたいな事させて、石川
 が嫌な思いしたら、さすがに悪いしな。」
 中澤から先程までの心配そうな表情はすっかり消え失せ、それと同
 時に精神状態も平常時のそれに戻ったようで、急速に冷たい外気が
 肌を刺している事に気付かされた。
 
 事務所を出発した時刻が早かったせいもあり、まだ6時を少し回っ
 たところだが、冬至周辺のこの時期は陽が落ちるのもまた早く、あ
 たりはすっかり暗闇に覆われていた。
 気温も時間を追う毎に下降しており、何気なくマンション前で話す
 二人の息も、まるで煙草の煙のようにはっきりと白く見える。
 
「遂々長話してもうたな。
 寒なってきたし、とにかく中入ろか。
 ごちゃごちゃ説明するよりも、実物見てもろた方が早いと思うし。」
 
 二人は厳重なセキュリティに守られたドアを抜け、小綺麗なエレベ
 ーターで最上階へと昇り、さらに最奥にある中澤の部屋へと続く質
 素な廊下を歩いていった。