★「なんで娘。応援してるの?」に対する解答999★
なっちの家はそれなりに整とんされていた。
途中でコンビニに寄って買ったジュースは
コップに注がれて残りは冷蔵庫にしまわれた。
私は散々考えた答をやっとなっちに伝えた。
「先刻さぁ、いちーちゃんいなくて寂しいかって聞いたじゃん?
後藤はさ、いちーちゃんがいたら、すっごい嬉しいと思うよ」
私はダイニングテーブルの横の椅子に座った。
冷蔵庫からゆっくりとなっちが歩いて来た。
「だけど、今は寂しいとかよりも会えた時に嬉しいってぐらいかなって」
少し冷たい言い方に聞こえたかもしれない。
本当はもっと意味があったけれど、上手く言葉には出来なかった。
なっちの沈黙が恐かった。責められるのか、と目の前に
彼女が立った時に思わず目を瞑った。
「…そっか」
なっちはそれだけ言って笑顔で私の頭を撫でた。
「私、もう子供じゃないよぉ」
「いいの。なっちから見たら年下なんだから」
目の前にあったお腹に顔を押し付けると、なっちが笑った。
「こらこら、子供じゃないんじゃなかった?」
「いいの。なっちから見たら年下なんでしょ?」
なっちの私の髪の毛を梳く手が心地良く感じられた。
オレンジジュースの氷がカランと音を起てて、
チャイムがピンポーンと間の抜けた音を出した。
「ピザ、来たみたいだね」
「うん」
「離れなきゃ、ピザ屋さんに返事が出来ないべ?」
「うん」
一向に離れない私を、彼女は無理矢理離そうとはしなかった。
しびれをきらした様に何度もチャイムが鳴って、
やっと私はなっちから離れた。
「すいませんでした」
なっちが謝ってる声がドアの向こう側から聞こえてきた。
きっとピザ屋さんはニコニコ笑いながら帰っていくんだろう。
なっちの笑顔を見せつけられて。
昔から彼女の笑顔は別格な気がした。
彼女が娘。の中でも少し別格である様に。
「ピザ、食べよっか」
戻ってきたなっちはクーポン券を沢山持っていた。
無造作に机に置かれたそれには触れずに私は頷いた。
「うん」
私達は椅子とテーブルがあるのに、床に座ってピザを食べた。
アンチョビの沢山乗ったピザは、いつもよりも美味しい気がした。
「ねぇ、なっち」
「ん?」
私はピザに着いてきたコーラを飲みほした。
「何さ?」
続けようとしない私に彼女はしびれをきらした様に聞いた。
「なっちは、寂しい?」
敢えて固有名詞は出さなかった。
なっちは今まで辞めてった人達全員を見送っていたから。
「…私もごっちんと一緒かな?会えたら嬉しいなって」
そう言ってから、なっちは私を見て笑った。
「ごっちん、ソースついてるよ」
彼女の人指し指が私の頬に触れた。
赤いソースがついた指はなっちの唇の中に消えていった。
「…ありがとぉ」
「どいたしまして」
少し前にいちーちゃんと電話してた時、
いちーちゃんが呆れた様に言った事がある。
『後藤はなっちが好きなんだな』
私は何故彼女がそんな事を言うか分からなかった。
だから、その時はそうかな?と言って終った。
今ならはっきり言えるかもしれない。
私はなっちが好きだった。
メンバーとしてだけでなく、友達としてだけでなく、好きだった。
「あ、プリンあるんだ。持ってくるね」
なっちが立ち上がりかけながら言った。
床が冷たい事にやっと気付いた。
油でべとべとした指が、なっちの指に絡んだ。
「ごっちん?」
不思議そうな顔をするなっちを引き寄せた。
もう空になっていたピザの箱が少し遠くに滑っていった。
「なっちが、好き」
なっちの髪が私が発した空気でさわっと揺れた。
ぎゅっと握りしめていた手が、優しく握り返された。
「…かは?」
「え?」
「なんでもない」
こんなに近くにいるのに聞き取れなかった言葉は、
なっちの口からもう一度出る事はなかった。
後から思えば、きちんと聞いておけばよかったと思うのかもしれない。
だけど、彼女と体重を預けあって、ちょっと痛いぐらい握りしめた手が、
そんな事は必要ないと言っている様に感じた。
「また遊びにきてもいい?」
「来ていいよ」
「たまにこうしてもいい?」
「こうしてもいいよ」
「なっちは、後藤の事好き?」
少し黙ってから、なっちが言った。
「ごっちんが私の事好きか不安になるぐらい好き」
それがどれぐらいの好きなのか、はかれなかった。
だから私は都合よく自分と同じぐらいだと思う事にした。
「ごっちん」
「何?」
「プリン、食べようよ」
今度こそ立ち上がったなっちは冷蔵庫に向かう前に
ピザの箱をゴミ箱に捨てた。
プリンは甘くなくて美味しかった。
時計の針が11と12をさしていて、
次の日になっちとは別の仕事だった所為もあって帰る事にした。
玄関で靴を履いていた私を見送りながら、なっちが言った。
「気をつけてね」
「うん」
私が笑うと、なっちも笑った。
「やっぱり、なっちの笑顔は別格だね」
「…そんな事、ないよ」
「あるよ」
ない、と繰返すなっちにおやすみを言って私は彼女の家を後にした。
タクシーに乗って、自宅まで帰るともう既に人の気配はしなかった。
しんと静まりかえった家にあがって、自分の部屋に入る。
素早く着替えてシャワーを浴びにいこうとしたら、ゆうきが部屋から出て来た。
「あれ?寝てたんじゃないの?」
「今起きたの」
眠たそうにしているゆうきを放って、私はお風呂に向かった。