「なっちこそ…もうこんな遅いのに…待っててくれたの?」
安倍はここ数週間宿舎に帰る途中で飯田の病室を見舞うことを日課にしていた。
毎日飯田が回復する様子を見て安心したかったのだ。
安倍と飯田は付き合いが長い。
お互い精神力の弱さを克服してきた者として飯田の体は心配だったのだ。
「だって、看護婦さんに聞いてもどこ行ったか分からないって言うしさ…
戦争のせいで人出も足りないから捜索も出来ないって言われて…」
その戦争を起こしているのは自分達なのだ…安倍は胸を締め付けられる思いだった。
「と…トイレ行ってただけだよ。なっちごめん…心配させちゃって」
「…長いトイレだね…」
時々自分が何をしているか分からない時があるなどとは言えなかった。
安倍は昼間の戦闘で疲れ切っているはずなのだ。
心配はかけたくなかった。
しかし、安倍もそれに気付かないほど馬鹿ではない。
(圭織はもう限界かな…)
もう日本に帰らせて暫くゆっくり休ませたほうがいい…
密かに思う安倍だった。
(日本といえば、祐ちゃんはどうなってるんだろ)
――日本
その中澤は、UFA本部の執務室にいた。
月面に建造中の軍事施設が完成し次第そこに赴任する予定である。
しかし自分が留守になった日本の指揮を誰が取るのかがまだ決まっていないのだ。
「やっぱ圭ちゃんは頑固やったなぁ…」
中澤は初めその役目を保田に委任しようとしたのだが、保田は
「悪いけど私もうモー娘。じゃないから…」
そう言って断わった。保田は意志で出来ているので石が固いのだ。
後藤はつんくの言葉を各方面に伝える為に奔走している。
中澤の後を継ぐのはどうやら難しいらしかった。
「はぁ…どないしたらええんやろ…」
中澤がため息まじりにそうぼやいた時だった。
「正しいと思ったことをやればいいと思うよ、祐ちゃん」
突然背中のほうから声がした。
「だ…誰や!?…って…紗耶香!?」
後ろに立っていたのは市井紗耶香だった。
市井は全身の7割がカメレオンで出来ており潜入はお手のものだった。
「久しぶりだね」
平然と挨拶する市井。
「久しぶり…って、うちらアンタが今まで何やってたか全部知ってんねんで!?
それで今更…何しに来たんや」
市井は敵方について色々なサポートを行っていた。
そのことはすでに中澤らも知っていたのだ。
「フフ…そうは言いながらすぐに警備員呼び出したりはしないんだね」
「ことと次第によってはすぐ警報スイッチ押すつもりやけどな」
それまでの表情を改め、市井に向けて厳しい視線を送る中澤。
「そう…じゃあ言うよ。私が何しに来たか」
市井はゆっくりと話し始めた。
その瞳にはかつて中澤が見たモーニング娘。に入ったばかりの頃の彼女の
いつも何かに脅えるような気の弱さは微塵にも残っていなかった。