「ふーん、そうなんですか…」
口振りとは裏腹に聞き終えた石川は息を吹き返す思いだった。
ハロプロ軍が厄介だったのは不気味な結束で隙を見せなかったからだ。
勢力を分断してしまえば怖くも何ともない。
『じゃあ梨華ちゃん、お金のほうはほんと頼むね』
「はいはい」
石川はそう言って電話を切ると、つい表情に出そうになる満面の笑みを押さえるため
しばらく立ち止まって下を向いた。
「フフフ…私を怒らせるとどうなるか…」
年上のくせに妹分、売れてないくせに先輩面…前から気に入らなかったんだよ…
冷静を取り戻した石川は早速こういう時の為に用意しておいた切り札に連絡を取った。
――
「矢口さんですか?私です、石川です」
『あ、あれ石川?何?こっちちょっと忙しいんだけど…』
石川の受話器からは矢口のものでは無い声も聞こえてくる。
『だー!』
『…ちょ、ごめん石川、こら加護!書類に落書きしちゃ駄目だって!』
矢口が代表をつとめるT&M。カンパニーは、つい最近中東戦線から撤退した辻、加護の2人を
新しく経営陣に迎え経営状態の安定化を計ることになったが思惑とは逆に初日から
2人は矢口の精神をすり減らし始めていた。
「本当に忙しいみたいですね…お疲れさまです矢口さん。
それじゃすぐ本題に入らせてもらいますね」
『う、うん…悪いね』
『ばぶー!』
『ってちょっと辻!書類食べるのはもっとダメ!…もう…ごめんね石川こんなんで』
「いえ、いいんです。こっちはまだ時間ありますから」
矢口は体の6割が粘土で出来ており柔軟な面もあるが、
一度気に入った形が出来てしまうとその形を変えるのが惜しくなってしまう面も持っていた。
臨機応変に見えるが実際は問題が顕在化するまで対処が遅れることも多いのが矢口である。
矢口は体のそれぞれ半分、3分の2が赤ちゃんで出来ている加護、辻への対処の為に
古い仲間と再会出来るという期待を裏切られたこともあり
早くも疲労のピークを迎えようとしていた。
石川はその矢口の憔悴した体に鞭を打つ。
「…矢口さん、なんで反乱軍に武器を横流ししたんですか?」
『もう辻…え!?』
唐突な石川の言葉に一瞬言葉を失う矢口。
聞き間違いだと信じたかった。
「反乱軍に武器はよく売れますか?」
『い、石川…なんでそんなこと…』
明らかに確かな証拠を握っている…石川の口振りは明らかにそういう性質を持っていた。
隠し立ては出来まい…矢口は一瞬の内に観念した。
「なんででもいいじゃないですか…ねえ矢口さん、
このことがつんくさん達にばれたら困りますよねぇ」
しかしこのことはもともと石川がりんねを利用して横流しするように差し向けたのである。
しかし矢口はそんなことは知る由も無い。(4話
>>6-10 参照)
『い…石川…私を脅迫するつもり?』
「えー!?いえいえ、そんなつもり無いですよ。ただちょっと私に協力してくれないかなって」
『協力…って!?』
石川の策謀の前に、矢口も屈することになった。
賢明な矢口にもこの時の自分の判断がどれだけの重さを持つかはまだ分かっていない。
――ヨーロッパ行政府のある街
街で一番高い時計台の上に、市井紗耶香はいた。
街を一望しながら市井は想う。
後藤真希との情報のラインは既に途絶えた。
彼女にも大きな決断の時が迫っている。
市井紗耶香は全身の7割がカメレオンで出来ている。自分の可能性を信じる彼女なら、
状況に応じてモーニング娘。であり続けることもソロ歌手になることも出来ただろう。
しかしそうはならず限りなくハロプロ軍に近い中立の立場を歩む道を選んだ。
まだ遠い将来までは分からない。市井は若いのだ。
もしかしたらモーニング娘。に戻るかもしれない。あるいはソロ歌手か…
しかし今、自分が果たすべき役割は何か。
(みっちゃんはつんくさんと闘うことを決意した。後藤はつんくさんについていくと決めた。私は…)
夕陽が市井の顔を赤く染める。
次の時代は既にすぐそこまで来ている…市井はそう思っていた。
和平を主張し続けたアヤカらココナッツ娘。がついに折れ、
ハロプロ軍がとにかくは進軍を決定したのはこの日のことだった。
登場人物
加護亜依
モーニング娘。T&M。カンパニー副社長。赤ちゃんで出来ている。タンポポ。ミニモニ。。
辻希美
モーニング娘。T&M。カンパニー副社長。赤ちゃんで出来ている。ミニモニ。。何でも食べる。