「亜弥ちゃんは何か聞いてないの?」
亜弥?りんねにとっては聞き覚えの無い名前を大谷が発した。
「稲葉さんはうちらを信じて指示を待ってたらええ、とか言ってましたよ」
これが『亜弥』の声だろうか?
声のトーンからしてメロン記念日のメンバーより数段若いだろう、という感じがした。
「うん、その指示が無いからうちらも困ってるんだけどね…」
斉藤の声だ。
一瞬話が途切れたところで、村田の特徴のある声が思わぬ情報をりんねにもたらした。
「私…実は盗み聞きしちゃったんだけど…」
言いにくそうな口振りである。
「どうしたの?」
柴田が促した。
「ココナッツの人達と平家さん達、なんか揉めてるみたいだよ」
村田は電波を司る神である。
盗聴はお手の物だ。
村田は続ける。
「アヤカさんは、私達はもうヨーロッパ連合(EU)を平定した。だからこれでアメリカと、
モーニング娘。統一国家とうちらで天下三分の計をはかったらどうかって言ってる」
「『天下三分の計』?」
大谷が首を傾げる。
口にした村田自身もよく意味は分かっていない。
「…」
周りを見回したがどうやら誰も分からないようなのでそれは一時置いておいて村田が更に続ける。
「でも平家さん達はそれには反対で、うちらが求めているのはその場しのぎの和平でも
イニシアチブを握った和平でもなくこちらが完全に優位な立場に立った上での
独立だって言ってるみたい。それにヨーロッパを平定したって言っても
行政府を乗っ取っただけだし…って」
「???」
早くも眠りかける大谷。
「…とにかく、平家さん達はモーニング娘。統一国家から完全に勝利しないと駄目だって言ってて、
アヤカさん達はこの辺で和平に持ち込んだらどうかって言ってるんだね」
アヤカらココナッツ娘。はアメリカ的合理主義の権化である。
そこにアヤカが日本的な人情をおりまぜて、
「これ以上戦ったら最後は私達もモーニング娘。さんも疲れて共倒れです。
ここらへんで和平を結ぶのが人道的にも最善なことだと思います」
そう言っているのである。
しかし平家らはそれには同意しなかった。
ここで妥協してしまえばまた支配の歴史は繰り返される。
一見独立に見えてもそれは永遠に続く支配の繰り返しでしか無いのだ。
つんくはそれほど敵に回すと恐ろしい男なのである。
「あかん。まだうちらとあっちは対等やないのよ。どないしても和平結びたい
言うなら、こっちが完全に優位な立場に立った時にしか有り得へんよ」
「そうや。みっちゃんの言う通りや。うちらが今まで戦ってきたのは何の為やと思ってんねん」
稲葉は平家に最大限の同調を見せている。
稲葉貴子はかつてハロープロジェクト内でモーニング娘。に次ぐ主力部隊『T&Cボンバー』の
一員だった。しかし他のメンバーが様々な事情からハロプロを去ってしまったため、
なし崩し的に稲葉部隊のリーダーとなった。
ステージ時には自らはほとんど裏方に徹し、ハロプロのメンバーのサポートを行っている。
とにかく…平家、稲葉とアヤカ始めココナッツ娘。、双方は完全に平行線だった。
「よく分からないけど…なんかめんどくさい感じだね」
大谷が不安げな表情を浮かべる。
この様に兵士に不安を与えない為にも首脳部は口を閉ざしていたのだ。
それを村田がぶち壊しにしてしまったのだが、逆にこうなって良かったのかもしれない。
斉藤はそう思っていた。
「…めぐちゃんはそれを聞いた時どう思った?」
話し終えた村田に、斉藤が訊ねる。
村田は一度肯くと、斉藤を真っ直ぐ見据え口を開いた。
「世界平和も大事だけど…今の私達に大事なのはやっぱりイベントだなって」
「…うん、確かにそうだね。うちらは政治家じゃないし」
斉藤はリーダーの言葉に肯き、他のメンバーもどうやら同意したようだった。
この頃りんねは既に話を聞いていなかった。
ハロプロ軍は一枚岩ではない…ついにその情報を掴んだのだ。
石川に操られて受動的に動いた結果ではない。
幸運が重なった結果とはいえ自力でとてつもない情報を掴んだのだ。
気付くと、メロン記念日らは既に店を出ていた。