元気爆発メロン記念日

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41マングース西浦
第7話 『天佑』
――オセアニア行政府行政官室
中東方面軍辻、加護は既に撤退し、保田行政官を失ったヨーロッパ行政府もついには
ハロプロ独立正規軍の前に屈した。
安倍高橋ロシア方面軍は敵の物量の前に苦戦し、
飯田小川アフリカ方面軍も敵軍の徹底したゲリラ戦術を前に苦戦を余儀なくされていた。
そんな中で、唯一あっという間に戦果を挙げてしまったのが石川、吉澤の
オセアニア方面軍である。

「梨華ちゃん、オセアニアの方はあらかた占領しちゃったし、後はやること無いね」
体の半分が軽量の硬質セラミックで出来ており自在に空を飛べる吉澤は
戦場において『極東の白き鷹』との異名をもって恐れられていた。
戦闘面での功績はほぼ100%が吉澤のものであったと言っていい。

「うん。そうだね。私つんくさんのお見舞いにでも行ってこようかな」
「あ、梨華ちゃんお見舞いうらやましい!私も一緒に行きたーい」
石川の言葉に間髪入れず反応を示す吉澤。
こういう時の吉澤の口調には邪気が無い。
それが逆に最近の石川にとってうざったく感じられた。
毎日顔を合わせていれば仕方の無いことではある。
しかし、自分の立場を確固としたものとする為に常に意識を張り巡らさせている石川から見れば
奔放な吉澤は文字通り色々な束縛から解き放たれた鳥のように見えていたのかもしれない。
鳥は石川が最も苦手とするものだった。

「うーん、やっぱりここをお留守にしちゃうのはまずいから
 よっすぃーは私が帰ってきてから交代で行くことにしない?」
(お前は来なくていい)

口に出した言葉とは裏腹に内心で石川はそう言った。
りんねを利用して色々と工作を行ってきたのは目先のことより戦後のことを見ていたからである。
体の7割が繊細でデリケートな陶器で出来ている石川は平均的な成人男性の肩の高さ
以上の高度から落下するとコナゴナに砕けてしまうため戦闘での活躍は無理である。
だから石川は頭を使ってのし上がることにしたのだ。
やむを得ないこと…石川は自分にそう言い聞かせている。

「そっか、そうだね。じゃあ私梨華ちゃんが帰って来たらすぐ行く。
 ごっちんとか中澤さんとも久しぶりに逢いたいなぁ…」

仲間に再会した自分を想像して頬を緩める吉澤を見た石川は顔の筋肉だけで笑って見せると
早速自分の部屋に戻り日本へ向かう準備を始めた。

石川には納得いかないことがあった。
つんくはなぜ自分を補佐官として側に置いてくれなかったのか。
なんで補佐官は私ではなく後藤だったのか。
暇さえあれば昼寝ばかりしている後藤などより絶対私の方が役に立てたはずなのに…

しかし、そんなことはもはやどうでもいい。
石川は既にそんなところまで裏工作を進めていた。
石川が飼っている犬はりんねだけではなかった。
弱みを握った相手を他に何人も利用していたのである。

石川が日本へと発ったのはわずか2日後のことだった。

一方、ハロープロジェクト第二独立遊撃隊シェキドルの大木衣吹が
『ソロ歌手になる』という意味不明な置き手紙を残し、シェキドルから脱走したのはこの頃である。
モーニング娘。軍代表の中澤裕子が国際法で永久中立地帯と定められていた月に進出し、
NASAの研究施設を改造し月面に巨大な軍事施設の建造を開始したのだ。
敷地面積は東京ドーム千個分と言われる。
その名も『月面ポート』。数十の軍事衛星を配備し、世界中を監視する。
その軍事衛星からのサテライト光線は誤差最大わずか30cmであらゆる物を焼き尽くすという。

ハロプロ軍における最大の移動手段は普通乗用車であるうえ、
長距離移動は民間の航空会社に依存している。
物量の面でモーニング娘。に対し完全にアドバンテージを取られているうえに
これまでゲリラ戦術でイベントを成功させてきたハロプロ独立正規軍は
所詮複数の部隊を寄せ集めた烏合の衆であるため、結束力も高いとは言えなかった。

物量だけでなく一つの軍隊としての統率も、モーニング娘。に遥かに及ばない。

しかし、メロン記念日の4人にはそのように大局から自分達の現状を見る目は無い。
彼女らは単に前線でイベントを成功させる使命を持った戦士でしかなかった。
それでも4人は何とか正しい道を歩みたい。
平家みちよこそそれを実現させてくれる人だと信じていたのである。

しかし、ハロプロ独立正規軍の全ての人間がそう考えていた訳ではない。
既に見えないところで亀裂は生まれていた。
42マングース西浦:02/02/06 21:56 ID:UOz1hGfR
この頃ヨーロッパでのイベントを数回成功させついにモーニング娘。軍を
撤退させることに成功したハロプロ独立正規軍は
今後のスケジュールの確認の意味もありすでに数週間ヨーロッパに留まっていた。
メロン記念日はデビューを間近に控えたアイドルグループである。
場所を変えてイベントの数をこなすべき立場のはずなのにこの現状は4人の心に
焦りを生まずにはおかなかった。

そんな状況の中で
「平家さん達まだ話し合いしてんの!?」
大谷が不満を露わにする。
平家、稲葉、ココナッツ娘。ら首脳は既に2週間近くヨーロッパ行政府会議室に篭ったきりである。
勿論部屋から一歩も出ていないわけではないがメロン記念日ら幹部以外の者が質問をしても
何も教えてくれないのだ。
自分達の知らないところで何かが動いているということすら知らされていない。
メロン記念日ら末端の戦士の間では不満が増幅する一方だった。

「お昼食べに行こうよ!昼ご飯」
留まっていたらイライラするだけだし…
そう思った斉藤がメンバーを誘い、昼食に向かうこととなった。
ここのところイベントもあまり出来ておらず太り気味なのが悩みの種だった。

――一方日本、T&M。カンパニー社長室
矢口真里を代表とする総合商社T&M。カンパニーは、矢口の持ち前の機転で一時の危機を脱し
その経営を軌道に乗せることに成功していた。
しかし、いつまた経営が悪化しないとも限らない。
その時の危機管理対策として経営陣に外部から新しい人間を迎えるという辞令が
つんく直々に下りた。

『T&Mカンパニーの取締役、また増えます』

これまで何人ものブレーンを入れ替えたT&M。カンパニーだったが、
どうやら今回はこれまでとは訳が違うらしい。
病床のつんくが直々に辞令を下してきたということが、それを物語っていた。

「…で、今回はどんな人ですか?」
人前では疲れを見せないということが体に染み付いている矢口だったが、
その目に貼りついた疲労の色まではさすがに隠すことが出来ない。
正直ワンパターンにうんざりしていることを隠しながらつんくからの使者を迎える矢口。

「矢口さんのことを、よくご存知の方です」
「私をよく知ってる…!?私もその人のこと知ってます?」
「ええ、よくご存知だと思います」
誰だろう?中学校の時の同級生?
いや、それは無いかと考え直す矢口。

「矢口さんに協力して下さるよう頼んだら快く了承して下さったそうです。
 久しぶりに仲が良かった矢口さんに会えることが嬉しいと」
(…)
一瞬矢口の脳裏に一人の古い仲間の顔が浮かんだ。

「…その人って、もしかして私より若くないですか?」
「ええ、多少矢口さんよりも若いようですね」
まさか…しかしあの子はもう…
矢口より若い人間…これまでのブレーンはおっさんばかりだったが
自分より若い人間となればかなり対象は絞られてくる。
彼女は、2次メンバーの矢口に最初に話し掛けてくれた初期メンバーだった。
最初に仲良くなれたのも彼女だったのだ。
しかし、そのメンバーはすぐに矢口の前から消えていった。
学業に専念するという理由でモーニング娘。を脱退してしまったのだ。
43マングース西浦:02/02/06 23:23 ID:UOz1hGfR
「その人って、背とか余り高くないですよね!?」
「ええ、身長は余り高くないと思います。矢口さんほどでは無いですが」
間違いない…
「は、早く呼んで下さいよ」
「実はもういらっしゃってます。ドアの外に…」

「ま…マジですか?」
我慢できずドアに駆け寄る矢口。
「あ…あす…」
待ちかねた仲間の名前を呼びながらドアノブを回す。
矢口の期待に応えるように勢いよく開いたドアの先には以前と変わらぬ姿の仲間が立っていた。

「ばぶー!」
「あー!」
中東方面から撤退して来た辻希美と加護亜依の2人である。
2人はそれぞれ体の3分の2、半分が赤ちゃんで出来ている。

――ヨーロッパ、街外れのうらぶれた食堂
「ねえ、あなたいつからここで働いてるの?」
まだ10歳になるかならないかだろう。そんな年齢の少女がウェイトレス兼助手をつとめていた。
「ごめんなさい分かりません…物心ついたころにはもうここにいたから」
問われた少女は突然質問してきた客の充血した生気の無い目に一瞬驚いたが、
それを表情には出すことなく淡々と答えた。
長い経験をうかがわせる。
「へえ…理由は聞かないけど…夢とかはないの?」
この少女も家庭の事情でやむなく働いているというところだろう。
何となく見れば分かる。
「夢?…そんなの考えたことも無かった」
仕事中ということも忘れ、立ち止まる少女。

「ふふ…若いのに、困ったもんだね」
生気の無い目をした女が自嘲に満ちた笑いをこぼした。
その笑いを見て、ふと、何かに気付いたように少女が口を開く。
「牧場…」
「牧場!?」
その客は意外な答えに身を乗り出した。
「はい、お金を貯めて田舎で牧場をやって、動物をいっぱい飼いたい」
少女は何かに導かれるように口を動かしていた。

「…牧場かぁ…」
この生気の無い目をした客の女はりんねである。
体の4分の3が馬で出来たりんねの顔を見た少女は無意識にそれを感じ取り、
そこから牧場を連想したのだろうか。
それは分からないが、とにかくりんねはその少女に興味を持った。

「じゃあもし私に大金が入って、牧場を開くって言ったら、私と一緒に来る?」
突然のりんねの申し出に、その少女はうふふ、と初めて子供らしい笑いを浮かべると、
「そうですね。でも私小さい兄弟がいるんです」
そう言って厨房に戻って仕事を始めた。
「その子達も連れてくればいいよ!」
りんねはそう声を掛けたが、その少女は明るく笑い声を返すだけだった。

(牧場…か…)
この少女にはどことなくあさみの面影があったのかもしれない。
りんねはかつて自分が手にかけてしまった仲間を思い出していた。

そんな時、唐突に新しい客が入店してきた。
たた…
と先程の少女が素早く厨房を出て接客を始める。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「えっと…あさみちゃんと、亜弥ちゃんとうちらだから…6名様です」
「正確には5名と1匹だワン」
「あの…すみません、当店はペットのご来店はお断りしてるんですが…」
「分かったワン。あさみは外で待ってるワン」
「ごめんねあさみちゃん。後で残飯あげるから」

りんねはこの様なやりとりを聞きながら体が硬直していくのを感じていた。。
(こ…こんなところで鉢合わせするなんて…)
りんねはもはやハロプロ軍に顔合わせできる立場の人間ではない。
モーニング娘。の石川梨華に利用され何度もハロプロ軍を裏切った。
その末にあさみを手にかけるという最悪の過ちまで犯してしまったのである…

下を向いて脅えているようなりんねの様子を不思議に思ったウェイトレスの少女だったが、
こういう店をやっていれば色々特殊な事情を持った客というものは毎日のように訪れる。
とりあえず詮索はしないことにした。

席につくなり5人は遠慮の無い大きな声で話し始めた。
視界の隅で顔を隠すように座り直したりんねの存在には全く気付かない。
薄汚れた格好をした現在のりんねは直接顔を見られたとしても気付かれなかった可能性もある。
それほどかつての健康的な姿の面影は無かった。
「平家さんたちってあの部屋で毎日何してるのかな?」
柴田の声だった。
「毎日毎日会議なんて有り得ないもんね」
斉藤の声である。

馬耳東風、ある時は馬の耳に念仏とも言われる馬の耳ではあったが、
今日のりんねの耳はただの馬の耳ではなかった。
馬は臆病な動物なのでちょっとした音に敏感な面も持っているのだ。
りんねは耳をそばだてて盗み聞きしていた。