芸能人になる、それがどういうことなのかわかっていたつもりだった。
普通の人として生きていた時の、きっと何倍も愛されて、何倍も嫌われること。
それが有名になるっていうことなんだろうと。
あさ美ちゃんと楽屋に戻った自分を、叱った人はいなかった。
私はといえば、コミカルな人形を演じることに成功していた。笑顔を頬が
痛くなるくらい保ち続け、しきりに「楽しかった」を連発した。
人形になってしまおうと思った。感情を捨てるのだ。心を捨ててしまえ
ばいい。なぜそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。はじめからそうして
いれば、傷つかずに済んだのに。
人形になろう。人形は愛されることなんか望まない。
薄い氷のような笑顔を浮かべ続ける私に、矢口さんは言った。
「新垣、前に言ったことは嘘じゃないからね。お客さんは新垣のことを見ていて
くれる。今はわからないかもしれないけど、いつかきっとわかるよ」
矢口さんは熱のこもった先輩らしい声で話し続ける。
私はまた、軽薄なつくりの人形のように頷く。
(別に見てくれなくてもいいよ。愛されなくてもいいし。大体愛なんてどんなもの
かも知らないんだから)
雨が降り始めていた。私は矢口さんの話を聞きながら、窓に打ち付けられる
雨のしずくを、視界の隅でみていた。
(あの雨みたいに、冷たい心で生きられたらいい)
「矢口さん、私、頑張ります」
機械がしゃべっているみたいな声だな、と自分でも思った。
「歌も、ダンスも、頑張って、トークもうまくできるようになって、それで…」
矢口さんは私の次の言葉を待っていた。じっと私の目を上目遣いで見ている。
(…頑張って、それで?)
私は続く言葉を必死で考えた。でも何もでてこない。娘。のメンバーでいると
いうことで、いったい何を求めているっていうんだろう。
宙に浮いた言葉を取り繕うように、私はぎこちなく笑った。
胸にぽっかりあいた空洞が、たまらなく苦しかった。
私は感情を器用にとりのぞくこともできない、無力で賢くもない、どうしよう
もなく生身の、子供だった。でも私は、その事実から無理やり目を逸らした。