ニイニイ小説〜愛をください〜

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484フレーズ目
最近になって麻琴ちゃんとよくあの頃のことを話す。麻琴ちゃんはほんと
泣き虫だったよね、私がそんなふうに言うと照れたように麻琴ちゃんは
笑う。家族と離れた寂しさやレッスンの辛さから、あの頃の麻琴ちゃんは
本当によく泣いた。そのうち身体のなかの涙が全部枯れ果ててしまうん
じゃないか、私はそんな心配をしたものだ。私は年上の彼女がしゃくり上
げるのを見て、どうしたらいいのかもわからずに、ただ話を聞いてあげる
としかできなかった。
「里沙ちゃんは反対に、全然泣かなかったよね。でも、今だから笑ってい
えるけど」 麻琴ちゃんはいたずらっぽい表情を浮かべて、でも半分意を
決したように私に言った。「里沙ちゃんからは『絶対人前では泣かない』っ
ていうのがびしびし伝わってきて。…なんでこの子は、こんなに強がら
なきゃないんだろうって、ずっと不思議だった。少し怖かった」
 そうだったよね、ほんとそうだった、私は頷く。あの頃の私は、強くなり
たいといつも思っていた。誰よりも強く、絶対に傷つかないように。
自分が最終審査に残ったと知った時、月並みな喜びや驚きよりも先に、
なにかわからない熱いものが身体のなかに生まれたことを、私は感じ
ていた。1次を通過したのも奇跡だと思っていたし、それを知ったときは
ただただ慌て、驚くしかなかった。 でも、もしかしたら私は、モーニング
娘になれるのかもしれない。今みたいなぼんやりした灰色の空気のなか
にいる新垣里沙じゃなくて、たくさんの人に愛されて明るい光のなかで
生きる新垣里沙に。そう考えるとそんな自分を想像すると、心臓が
激しく鼓動した。モーニング娘。になったら、こんな腐りきった家を
自分から切り離すことができる、もっと陽のあたる場所へ私は進んで
いける。そうだ、絶対私はモーニング娘に入りたいんだ。入らなくちゃいけ
ないんだ。
 強くならなければ、そう思った。オーディションに合格して厳しいレッス
ンを受けるようになってからは、自分のなかのその思いは一層確固とし
たものになった。私は強い。もう誰にも傷つけられることはない。
私はもう誰にも涙を見せない。そんなふうにずっと、心のなかで繰り返し
ていた。
私は暖かい光のなかで永遠に生きていくんだ。もう絶対冷たくて暗い場
所には引き返さないから。
あの頃の自分を思い出すと、笑ってしまう。私はまだ一二歳の子供
だというのに、鉄のような強さを身につけようと必死だった。

 私は初めてのコンサートで、ずっと憧れつづけたあの光のなかに立
つことができた。だけれどその光は、これ以上ないくらいに華やかで
はあったけれど、けっして暖かなものではなかった。
 そこにあったのは、私をかたくなに拒否する沈黙と、罵声だった。