安倍の右手

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47銀杏猫
「さてと、どうしよっか?」
うれしい。明日香と二人で出かけられるなんて。悪いけど、うれしさを抑えきれないよ。
声も自然と弾んでしまう。
「んー、明日香、ご飯食べてきた?」
「ううん、まだ。」
「じゃーまず、ご飯食べにいこ!」
「はぁーたすかる。実はおなかぺっこぺこなんだよね」
「そうときまれば、このスタジオの近くにおいしいご飯やさんがあるんだ。
ちょっと歩くけどね。」
建物から出ようとする私を明日香が引き止めた。
「こらこら、なっち、顔隠しなよ」
あ、そうだった、帽子帽子・・・・・。バッグから取り出した、ニットの帽子を目深にかぶると
明日香に体を向けて
「どう?これならいいっしょ?」
「んー、オーラが出てるのは仕方が無いか・・・。ま、いいかな?」
そういって出て行こうとする明日香を、今度は私が引き止める。
48銀杏猫:02/01/31 00:13 ID:xUwe8vtk
「これこれ、明日香も隠しなよー」
「へ?私は別に必要ないよ」
「なに言ってんの〜。いくら「娘。」をやめたとはいえ、わかる人にはわかっちゃうんだから・・・。
あと、私と明日香、二人で歩いてたら絶対ばれちゃうって。」
「あー、そうかも・・・」
無頓着。そんなところも・・・
頭に言葉を表示しかけて、思考を切り替える。
今日は、考えない!純粋に明日香との時間を楽しむんだから!
自分のしていた、クリーム色のマフラーをはずすと、それを明日香の首に巻く。
そして鼻まで覆ってみる。目だけが出ている格好。
なんか、かわいいなぁ・・・。
「こんなもんかな?」
満足げに明日香を見ると
「んーなっちのぬくもりが残ってて、あったかいや・・・」
明日香が目を細めた。
・・・なんか、照れてしまった。
49銀杏猫:02/01/31 23:21 ID:B5qRm6sX
狭いスタジオからやっと出てきたという開放感。思わず空を見上げると、どんよりと曇っていた。
外気が頬をぴりぴりと刺激して、ぐっと冷え込んでいることを私に伝える。
スタジオに面した道路は広く、レンガの舗装になっていて、
道沿いに街路樹が規則正しく並んでいる。
暖色系の街灯がスポットライトのように歩道を照らし、寒い夜をほんの少し和らげてる。
あたりは意外と人はまばらで、道行く人たちは寒さのせいか足取りが速い。
そんな中を私と明日香は連れ立ってゆっくりと歩く。
「ほう・・・」
吐き出す息は真っ白だけど、となりに明日香がいる。
それだけで、心があったかい。
50銀杏猫:02/01/31 23:22 ID:B5qRm6sX
「あ・・・、明日香」
「なに?」
「背、伸びたね・・・」
「そうかい?」
「だって、ほら、なっちと同じくらい・・・」
今はじめて気がついた・・・。今までもちょくちょくあっていたのに。
一緒に歩いて初めて気がつくこと、違う目線じゃ気がつかないこともあるんだね・・・。
「ははは、伸び盛りだからね」
まるで人事のように明日香は笑った。
「追い越さないでね」
「なんだよお、昔もそういってたよね」
「覚えててくれたんだ」
「まぁ、ね。」
追い越さないでね。
昔もそういったけど、それは背丈のことだけじゃない。
私を追い越して・・・
いきなり大人にならないでね・・・。
そんな意味もあったこと、わかってる?
「あ、見えたよ・・・」
つかの間の懐古を断ち切るように、私はわざと声に出す。
「おお!まってました!」
51銀杏猫:02/01/31 23:23 ID:B5qRm6sX
見えてきたのは道沿いに立つ、古い家屋。
瓦葺きに、黒い板張りの壁と、白い漆喰の壁が上下に半々
そんな時代劇に出てきそうな建物が私たちの目的地だ。
「お!なんかすごそうなところだねぇ。」
明日香がきょろきょろと建物を観察する。
そこは、いつもスタジオで仕事が終わると、メンバーやスタッフの皆さんと一緒に
ご飯を食べるなじみのお店だった。
「高いんじゃないの?」
くす、そんなの心配しなくていいよ。
「大丈夫、ここは安くておいしいお店だから」
52銀杏猫:02/01/31 23:25 ID:B5qRm6sX
黒い格子の引き戸を開けると、大きなついたてがひとつおいてあり
それを隔てた部屋で簡単な料理やお酒を楽しむことができる。
今はちょうど、仕事帰りのサラリーマンの人たちが集っている時間で
店の中はわいわいと活気づいており、熱気がこちらにもつたわってくる。
「こんばんは・・・」
私の声に気がついたおかみさんが顔を綻ばせて出迎えてくれた。
「あら、なっちゃん、いらっしゃい!」
おかみさんは私のことをなっちゃんと呼ぶ。そう呼ぶ人はめずらしいかな?
なんだか恥ずかしくもあり、うれしい。
「今日は・・・あら、お友達といっしょ?」
そういって明日香を見ると、人懐っこい笑顔で笑った。
「はじめまして、こんばんは」
明日香が丁寧に頭を下げると、おかみさんはよりいっそう、にっこりと笑って
「はじめまして。
二人とも、上の座敷に案内するからいらっしゃい」
そういって階段をのぼっていく。
53銀杏猫:02/01/31 23:27 ID:B5qRm6sX
「おかみさん!私たちご飯食べに来ただけですから、下でかまいませんよ!」
と、いったのだが、
「いいの、いいの、下じゃあ落ち着かないから上でゆっくり食べてって、ね?」
うーん、確かに。下はサラリーマンや、おじさんたちがいっぱい陣取っていて
私たちが浮いちゃうのは目に見えてるかも・・・。
・・・お言葉に甘えて座敷を使わせてもらうことにした。

このお座敷は、私たち二人にはちょっと広すぎるなぁ・・・。
大きな机を隔てて明日香と面と向き合って座ると、なんだか落ち着かなかった。
「なに食べたい?」
普通だと『ご注文何にします?』という、何処でも聞かれるマニュアル語が飛び出すところだけど
そこは常連(おかみさんの場合、私を子供のようにかわいがってくれるんだけど)
メニューに無いものも作って食べさせてくれる。
54銀杏猫:02/01/31 23:28 ID:B5qRm6sX
「ほら、明日香好きなもの頼みなよ」
「んー、じゃあ、鍋焼きうどんでおねがいします」
「じゃあ、私もそれにしよっかな?」
「なんだよぉー、まねするなよー」
照れたように、意地悪なかおで笑う。
別にまねをしたわけじゃないんだけど、「そういわれるとそうなのかな?」と心が誤解して
こっちも照れてしまう。
「ちがうよー、まねじゃないの!じゃ、おかみさん、鍋焼きうどん2つでお願いします」
「鍋焼きうどん二つね。じゃあ、今日は特別にスペシャルバージョンにしとくよ!」
そういって立ち上がろうとして、ふと動きを止めると、おかみさんは口に手をあてて
私にこそこそと
「見るところ、大切にしてるお友達みたいじゃないの。ゆっくりしてってね」
うれしそうに、にっこりと微笑んだ。
・・・なんで大切そうだってわかるんだろ???
はじめてこのお店に友達を連れてきたから?
それとも、おかみさんの長年の接客業できたえられた目が、そう写したのかな???
55銀杏猫:02/01/31 23:30 ID:B5qRm6sX
「どうしたの?そわそわしちゃって」
明日香がクールに言った。
「え?だって・・・なんか明日香と一緒にいるのって久しぶりだから・・・」
そういうと、明日香は
「んー、時間は有効につかわなくっちゃ。もじもじしてるなんてもったいないよ」
明日香らしい一言だった。
確かに・・・会いたいと思っていた人を目の前にして、もじもじしてるだけじゃ
なにも始まらないよね。それにしても・・・ほんとに貴方は17ですか?
「おっしゃるとおりで、明日香さん。じゃ、心置きなく・・・」
私は机に頬杖をついて、明日香の顔をじっとみつめた。
「なんだよぉー」
これにはさすがの明日香も照れたようだ。
へっへっへー、なっちの勝ちー。