安倍の右手

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110銀杏猫
私が歌い終わるとちょうど時間が来てしまい、感傷に浸る間も無く、ぱたぱたと部屋をでる。
その間中、明日香は黙ったままだった。
二人無言のまま、外へ出ると行き先も決めずに足の赴くままゆっくりと歩きつづけた。
そんな私たちとは対照的に、通りには人々が大勢行きかい賑わっている。
もう十分遅い時間だというのに、みんないったい何処へいくのかしら・・・。
それにしても・・・
ううーん、沈黙が痛い。
えっと、何とかしよう。
「明日香、どしたの?無言だよ」
うつむき加減にてくてくと歩いていた明日香は「はっ」となって私を見た。
考え込んでたんだ・・・。
「ん、いや、なんでもないよ」
「私の歌、お気に召さなかった?」
明日香は、ぶんぶんと、おもいっきりかぶりを振る。
「すごくよかったよ。はじめは歌うのいやだったけど、なっちの歌聴けたし
今日は歌いに行ってよかった。」
いろいろと正直に言わないの・・・。
111銀杏猫:02/02/10 23:36 ID:+VFc8mUk
そういって明日香は微笑んだけど、また表情が陰る。
なんで・・・?思い当たる節は・・・、あ。
「あー、私また泣いちゃったから、引いちゃった?」
いきなり人が泣き出すと、誰でも動揺せずにはいられないだろう。
悪いことしちゃったかなぁ。
「ん?うーん」
やっぱそうなのね・・・、ごめんねー
「泣かれたのは正直びっくりしたけど、それは別にそんなでもなくって・・・
あの・・・、あのさ、なんで泣き出したのかなぁ・・・とおもって・・・」
聞きたいような、聞いてはいけないような、そんな複雑さを抱えているというのが
口調から見て取れた。
あ・・・しまった。
「泣くこと」には普通、意味がある。しかもさっきの状況からすると理由なんていわなくても
ばれてしまっているんじゃないだろうか?
困らせてしまっただろうか?
・・・。
言う、べきかな?
「あ、あのね・・・」
112銀杏猫:02/02/10 23:38 ID:+VFc8mUk
がっし!
いきなりで、いったい何がおきたのか、自分でもわからなかった。
誰かが私の腕を掴んでる?
二人だけの世界に、いきなり知らない人が入り込んで私を無理やり外の世界に引きずりだした
そんな感覚がした。
へ!?
いきなりだったのと、話し出そうとした瞬間だったので、びっくりして声が出ない。
「!」
とにかく何者なのか確認しよう・・・。
深くかぶったニットの帽子から探るように掴んだ手をたどって顔を見ると、
見たことのない男の人がいた。となりにも一人・・・。
状況を冷静に把握するために、私はできる範囲でその人たちを観察してみる。
一人は金髪とも、白髪ともいえない色合いに染めた髪をしていて、もう一人は茶髪であごにちょっぴりひげがある。二人とも外気温を無視したストリートファッション。20歳前後の(いや、実際
20前後かどうかもあやしい)背の大きな人たちだった。
がっちりとした体格は、かっこいいというよりなんだか怖い・・・。見た感じも怖い。
うん、どう見ても知らない人・・・。
113銀杏猫:02/02/10 23:40 ID:+VFc8mUk
二人組はそのまま、まるで友達と話すようなかんじで初対面の私たちに話しかける。
「2人とも、暇?だったら俺らとあそぼーよ!」
東京に暮らして何年か経つけど、こういう感覚ってやっぱり理解できないなぁ。
いきなり知らない人の腕を掴むなんて、何でそんなことできるんだろう?
「あ・・・」
とにかく、断りをいれようと、開きかけた口を明日香がさえぎる
「わるいけど、うちら行くところあるんだ」
物怖じのない、「きっ」とした口調。私にしゃべらせなかったのはそういうのがないから・・・
じゃ、なくて、関わらせまいという配慮なのかもしれない。
それと、声でばれるのを防ぐためかな?
「行くところったって、どっか遊びにいくんでしょ?だったら俺らも混ぜてよー」
「ふたりともかわいーし、恵まれない俺たちに愛の手を〜」
二人は外見とは裏腹にへらへらとした口調でお願いしてくる。
いやです。キミタチに愛の手を差し伸べてる場合じゃないんです。心の中で毒づいてみた。