二十歳のころ

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    ◆

 収録はわたしの心配を余所に、定時で終わった。
 その間、わたしは番組がうまく回る事だけを考えて、メンバーに気を使う事が
出来ない。少しでもおもしろい事を言わなければいけない、進行の邪魔をさせな
いようにメンバーをまとめなければいけない。その他の色んな思いは、多分毎回
一つも実行できずに、家に帰ってから反省する材料の一つに変わる。
 収録が終わって楽屋に戻る途中の廊下で、圭ちゃんがゆっくりとわたしの横に
並ぶといった。

「限界だよ」
 ドキリ、とわたしの胸が高鳴った。
「……何が?」
 圭ちゃんは無言のままわたしたちの前を歩くメンバーに視線を向ける。わたし
も釣られるように顔を向けると、そこには加護の手を取って心配そうに眉を寄せ
ている辻の姿があった。

 どうやら限界、と言うのは加護のことを言ったらしい。その言葉自体、わたし
にも当てはまるため、余計な焦りを感じてしまった。
 圭ちゃんはため息をついて、後ろで歩いているマネージャーに一瞬だけ視線を
向けた。
85 :02/02/09 03:43 ID:O7KvOuGE

「加護……限界だよ」
 圭ちゃんが何を言いたいのかわかった。
 わたしたちにはこの後も仕事が残されていた。すでに限界に来ている加護をそ
こに連れて行くより、今日は帰らせて、明日からも続くハードスケジュールに備
えさせる方がいいのではないだろうかと、圭ちゃんは言いたかったようだ。
 この先オフの予定はまだ出来ていない。その為できる限り加護を休ませるには
それしか方法が無かった。

 加護に視線を向ける。番組中も辛そうな顔は何度か見ていたが、わたしはそれ
に構っていられる余裕は無かった。いつもの元気な声がスタジオに響くことなく、
確実に存在した違和感は、加護が体調が悪いという理由だけで生まれてしまう。
 加護の手を取って歩いている辻が一瞬だけわたしたちの方に振り返った。その
視線は圭ちゃんに向けられたかと思うと、滑るようにわたしの元に移動した。
 どうやら圭ちゃんの考えは、辻も同じらしい。多分、その提案は辻から出され
たものに違いない。それを圭ちゃんがわたしに伝えたんだ。

「カオリ……」
 うん、とわたしは頷いて、後ろでスタッフの人と話しているマネージャーを見た。
「……わたしがやらなきゃね」
 楽屋に戻って加護をすぐに椅子に座らせる。顔色は収録前以上に真っ青に変わ
っていて、いつもの綺麗な黒目が酷く淀んでいた。メンバーが心配して周りに集
まる中、辻は切望するような眼差しをわたしに向けていた。
86 :02/02/09 03:45 ID:O7KvOuGE

 マネージャーが楽屋に戻ってきたのを見計らって、わたしはゆっくりと移動し
て話し掛けた。すぐ後ろでは痛いほどの視線を感じる。それはプレッシャーとな
って胃袋の上に圧し掛かってくるような気がした。

「加護の事で……」
 そう言うとマネージャーはすぐに何を言いたいのかわかったらしく、わたしの
背中に手を当てて楽屋から廊下に連れ出した。
「加護……今日はもう帰らせてやれませんか?」
 慌しく廊下を掛けていく人たちを横に、わたしとマネージャーは数歩ほどの間
を取った。それは返ってくる言葉を予想できての無意識の策だったような気がす
る。

 マネージャーは首を横に振った。
 無理だ、と言う一言。
 わたしはその瞬間に辻の切望の眼差しを思い出した。
87 :02/02/09 03:48 ID:O7KvOuGE

「何とか……なりませんか?」
 そう言葉に出したわたしでも、それが難しい事ぐらいわかっている。いくら人
数が多いとはいえ、メンバーの一人が欠けてしまうのはその現場で働いているス
タッフの人たちに失礼な事になるだろう。それにその仕事を何らかの形で届けて
いく人たちは、九人のわたしたちを望んでいる。
 加護はその九人の中でも、特別な存在になりつつあるのかもしれない。元気の
いい加護の印象は、その場の空気さえも変える。それはさっきの収録でもはっき
りとした事実だ。一番多くユニットに在籍しているため知名度もあるようだ。
 その加護が途中で抜けるのは好ましくない、そう言う考えはわたしでも理解す
ることが出来る。
 でも一方では加護の体調を思いやるメンバーの頼みもわたしは叶えて上げたい
と思う。加護本人にも無理はさせたくなかった。それはリーダーと言う言葉の責
任感が奮い立たせる、わずかなプライドだったのかもしれない。

 マネージャーは強調するように言った。
 無理だ。
 その言葉は強く、わたしの思いを断ち切らせるには充分だった。

 多分何を言っても聞いてくれないだろう。それにわたしはこれ以上食いかかっ
ていく度量も持ち合わせてなかった。
 きっと裕ちゃんならばうまくこの場をやり込めたのかもしれない。
 マネージャーはただ首を下げるわたしをフォローするように言った。
 次の仕事はそんなに長い時間拘束されるわけじゃない、加護にはただ笑っても
らえばいいだけだ、終わったら病院を手配しておくから……。
 それは全て取ってつけたような言葉だった。
 携帯が鳴ってわたしから離れていくマネージャーは、その事をメンバーに伝え
るように指示を出して廊下を歩いていった。
 その小さくなっていく背中を、悪意を込めて睨んでいたが、すぐに自分に与え
られた使命を思い出して気が重くなった。
88 :02/02/09 03:50 ID:O7KvOuGE

 ドアを開けて楽屋の中に入る。すぐにメンバーの視線が突き刺さるように飛ん
できた。

「いいださん」
 辻の高い声に不安が混じっていた。それはまだ幼いせいか、露骨に姿を現して
ダメージを負わせる飛び道具のようだった。

「……ごめん」
 わたしがそう言うとメンバーの間で落胆の色が流れる。すぐに表情を変えたの
は予想通り辻だった。
 加護がうな垂れるように座っている椅子に恐る恐る近寄る。その周りにいたメ
ンバーが複雑な表情を浮かべて一歩二歩と後退った。

「加護――」
 そう声を出した瞬間、すぐ横にいた辻がわたしの右腕を掴んだ。
「どうしてですか!」
 その声は部屋の中を走り抜ける。
「いいださん! どうしてですか!」
 今にも涙をこぼしそうな瞳がわたしに向けられた。
「あいぼんこんなに辛そう! それなのにどうしてですか!」
「辻……」
89 :02/02/09 03:53 ID:O7KvOuGE

 わたしはその単純な辻の言葉に答えを出す事が出来なかった。確実に刃物で襲
ってくるその言葉にどう傷つかないか、それを画策している自分に気がついて嫌
悪した。
 気がつくとメンバーも辻と同じような眼差しを向けている。それにどうする事
も出来ないわたしは、辻の握力に食い込む腕の圧迫を感じているだけだった。

「のの……大丈夫」
 ゆっくりと背もたれから離れて辻の服の袖を掴んで加護は呟いた。
「そんなに大げさにしなくても、大丈夫だから……」
「あいぼん……」
 加護がゆっくりと立ち上がる。青白い顔に心配させないようにと気を使って笑
顔を作る加護に、わたしは助けられた事に気がついた。

「大丈夫。これ位、大丈夫です」
 それはわたしに向けられたのか、周りのメンバーに向けられたのか、空中を泳
ぐ視線で判断がつかなかった。ただその言葉で周りの空気が変わったのは確かで、
安心したような顔をしているメンバーを何人か確認できた。

「ごめん……加護……次の仕事、そんなに長くないらしいから」

 わたしがそう言うと、加護は首を上げて微笑んだ。

「あいっ」
90 :02/02/09 03:56 ID:O7KvOuGE

     ◆

 不安は現実になる。
 わたしは何度そう思ったかわからないが、今回だけその言葉が間違いであって
ほしいと願った事はなかった。
 しかしそれは遅かった。
 次の仕事中、周りを見る余裕が無かったわたしは、辻の叫び声とも近い声で我
に返った。その頃にはすでにメンバーがハイエナのように加護の回りにたかって
いて、離れた場所からその光景を呆然となって見ていたわたし。
 スタッフの人とマネージャーが血相を変えて走りよってくる。それはまるでス
ローモーションで、空回ったビデオの音声のように、周りの声が歪んでいた。
 加護が倒れた。
 そしてそのまま病院に運ばれた。
 リーダーのくせに呆然とすることしか出来なかったわたしは、ただ周りを慌し
く動くスタッフの人と、背負われて運ばれていく加護の姿を見ていることしか出
来なかった。
 辻は運ばれていく加護を追いかけようとして圭ちゃんに止められていた。
 わたしは何のためにこの場所に立っているんだろう?
 一瞬だけ紗耶香の顔が頭を過ぎった。
91 :02/02/09 03:58 ID:O7KvOuGE

    ◆

 病院に駆けつけた時にはすでに他のメンバーの姿は無かった。
 わたしは一人だけ、『新リーダーになって』と言うインタビューに答える仕事が
入っていたため、あれからすぐに駆けつけることが出来なかった。

 外は夕焼けがさしていた。広いロビーを抜けると、エレベーターに乗り込んで
マネージャーから教えてもらった回数で降りる。一直線の廊下は、左手側の窓か
ら赤い光を辺りに撒き散らして、それは四角い形になって数歩の間をあけて床に
張り付いていた。
 看護婦の人とすれ違う。サングラスを人差し指で持ち上げて、病室のドアの前
に張られているネームプレートを確認しながら歩いた。
 七つほど病室を通り過ぎると、一番奥の部屋のドアがわたしを待ち構えていた
かのように開いて思わず足を止める。そこから二人の女の人が出てきて、何か言
葉を病室内に残していた。

「圭ちゃん」
 わたしはそう呟いて小走りで駆け寄る。
 圭ちゃんはドアを閉めると走り寄るわたしに気が付いて首を向けた。
「……加護は?」
 サングラスを外す。圭ちゃんは眉間に皺を寄せて、何かを言おうとしていたが
それを理性で押えたようだ。
92 :02/02/09 04:01 ID:O7KvOuGE

「大丈夫……少し疲れているみたいなだけだから」
 圭ちゃんの後ろには辻の姿があった。まるでわたしから隠れるように背中に回
って顔半分だけを覗かせている。
「辻……ごめんね」
「…………」
 わたしがそう言うと、辻は何も応えないまま顔を下げた。その態度が小さく胸
に痛みを与える。
 ため息をついて、病室のドアに視線を向けた。

「オフって言っても一日だけだったからね」
 圭ちゃんが呟いた。
「子供だから、休むって事を知らなかったのね」
 わたしは圭ちゃんの言葉に返事をしないままドアの前に立った。ノッポになっ
た影が白いドアに伸びる。

 ノックをした。それと同時に後ろにいる圭ちゃんが、辻、と声を掛けて廊下を
歩き始める。部屋の中から弱々しい声が聞こえると、わたしはドアノブを回す手
を一瞬だけ躊躇った。
 深呼吸をしてみる。しかし気が晴れる事は無かった。

 ドアを開けると、青白い蛍光灯の下で、体を起こして雑誌を見ている加護の姿
があった。蒲団は下半身だけ隠していて、パジャマ姿の上半身が入院しているん
だという事を実感させる。
93 :02/02/09 04:03 ID:O7KvOuGE

「……お邪魔します」
 何を言っていいのかわからなかったわたしは、不意に出てきた言葉に思わず苦
笑いした。加護はすぐに広げていた雑誌を閉じて、その視線を向けてくる。
「ごめん、すぐ来たかったんだけどね」
 わたしはそう言ってベッドを回り込むように移動する。窓にはカーテンが一ミ
リの隙間も作らず締め切られていて、クリーム色の生地が薄っすらと夕日に染め
られていた。

 わたしのすぐ横に椅子があった。しかしそれに座る事を躊躇ってしまう。多分
それは自分のせいで加護が倒れたという罪悪感のせいだったのだと思う。立って
いるという事で、少しでも罪を償いたかった。

 加護はいつものように笑顔でわたしを見上げた。
「今日安静にしていればすぐ良くなるって言ってた、お医者さん」
「……明日から働かせちゃうけど、ごめんね」
 加護は首を横に振る。
「働いている方が楽しいから」

 わたしは加護と視線を合わせることが出来なかった。あの時、もう少しマネー
ジャーに食い下がっていれば、こうならなかったのではないかと、一人でインタ
ビューに答えているときも、ここに向かうタクシーの中でも考えていた。それに
加えて明日から加護は何事も無かったかのように仕事をさせるというマネージャ
ーの言葉さえも、わたしは否定する事が出来ない。
94 :02/02/09 04:06 ID:O7KvOuGE

「加護、あまり無理しちゃダメだよ……辛い時は辛いって言ってほしいの」
「あい」
「わたしたち九人もいるんだから、お互いに助け合う事が出来るんだよ」
「はい」
「疲れちゃったときはそう言えばいいし、辛い時もそう言えばいい」
「……飯田さん?」
「九人もいるんだもの……みんな良い子達なんだから……」
「…………」

 わたしは顔を下げて加護に背を向けた。喉を突き上げる感覚に、その姿をこの
子の目の前で見せたくなかった。
 何てわたしは情けないんだろう? 口から出てくることは自分の非を認めたも
のじゃなかった。それが一層と自己嫌悪の材料となる。
 加護は黙ったままわたしに視線を向けていたようだ。
 慌ててポケットからテッシュを取り出して鼻を噛んだ。それをくしゃくしゃに
握り締めてからゴミ箱に投げ捨てる。

――カオリは泣き虫だからね……心配だよ。
 いつか紗耶香に言われた言葉を思い出した。

 静まり返った病室の空気が酷く重い気がした。それは多分わたしがそうさせて
しまっているという事には気がついていたが、どうする事も出来なかった。加護
に背を向け続ける事に後ろめたさを感じる。わたしは加護に背中なんて向けては
いけないのではないかと、責める自分がいた。
95 :02/02/09 04:09 ID:O7KvOuGE

「……本当はわたしが気がついて上げなきゃいけなかったね」
「…………」
「辛いとか、そう言うことを口に出される前に、わたしが気がつかなきゃ」
「…………」
「……ごめん……加護……」

 バサッと音がして、わたしは思わず振り返る。そこにはさっきまで体を起こし
ていた加護がベッドに横になっている姿があった。
 加護は白い天井を見上げながら呟く。

「何で飯田さんが謝るのか、わたし、よくわかんない」
「加護……」
「だって悪いのは全部自分だから……タイチョー管理も出来なかったのは自分」
「…………」
「だから、謝られるのが良くわかんない」
「…………」
96 :02/02/09 04:11 ID:O7KvOuGE

 それはわたしに気を使って言ってくれた言葉だったのだろうか? それとも加
護本心の言葉だったのだろうか? 結局それを理解することはわたしには出来な
かった。

 加護がゆっくりと首を起こしてわたしを見た。
 黒い瞳が爛々と輝く。辻のそれとはまったく別で、優しさを感じた。

「ごめんなさい、飯田さん」
「……加護」
「そして――」
 加護の表情に、いつもの可愛らしい笑顔が生まれた。

「これからも宜しくお願いします、編集長」

 わたしは涙を見せたくなくて、逃げ出すように病室を後にしていた。
97 :02/02/09 04:14 ID:O7KvOuGE

    ◆

 病室を出てすぐにわたしは足を止める。

 手を離したドアが自然に閉まって、バタン、と言う音が廊下に響き渡ると、わ
たしの目の前にいる辻は下げていた顔をゆっくりと上げた。

「辻……」
 わたしを見る辻の顔は今まで見た事が無いほど強張っていた。無邪気で少し惚
けたいつもの表情じゃない。そこには確実に悪意が混じっていた。
 辻、とエレベーター側から圭ちゃんの声がした。数十メートル離れた場所で、
彼女はわたしたちの雰囲気に気がついたのかもしれない、足を止めてただ立ち尽
くしていた。
 窓から入り込む赤い陽射が、辻の日本人形のように黒々とした髪を染める。逆
光になって陰を作るその表情に、わたしは言い知れない不安を感じた。

「いいださんのせいです……」
 呟いたその声に、酷く傷つけられる自分に気がついた。
 思わず胃の上に手を当てる。締め付けるような痛みが体を走った。

「全部いいださんのせいです!」
 辻の声が廊下に響き渡る。離れた場所から見ている圭ちゃんが完全に動きを止
めた。
98 :02/02/09 04:16 ID:O7KvOuGE

「辻……」
 気がつくと辻の目には涙が溜まっていた。わたしはどうする事も出来なくて、
ただ小さい少女の前に立ち尽くしていることしか出来なかった。

「あの時あいぼんを帰らせてればこんな事にならなかったんです! あいぼんが
あんなに具合悪そうにしているの初めてだったんです! だからあの時帰らせて
ればあいぼんに辛い思いさせなくて良かったんです!」

 一気にまくし立てる辻に、わたしは言葉を挟む事が出来ない。きっと辻が言っ
ている事はあっているのだと思う。あの時、もっとわたしが加護の事に気がつい
て、マネージャーに食い下がっていればこんな事にならなくて済んだのかもしれ
ない。

 何事かと数人の看護婦がわたしたちを見ているのに気がついた。圭ちゃんはす
ぐに我に帰ってわたしたちの元に小走りで駆け寄ってくる。

「辻」
 辻の元に駆け寄ると、両肩に手を伸ばすが乱暴に払いのけられる。
 悔しそうに下唇を噛みながら、眼から溢れる涙を拭こうとしない辻に、昔のよ
うに頭を撫でてあげる事が出来なくなっていることに気がついた。
 辻が踵を返してエレベーターへと歩いていく。すぐに後を追おうとする圭ちゃ
んは二三歩足を動かして止めた。
99 :02/02/09 04:19 ID:O7KvOuGE

「カオリ……」
 わたしは黙って圭ちゃんの言葉を待つ。
 圭ちゃんはわたしに背を向けたまま言った。

「カオリの立場もわかるよ。辛い立場だって言う事……」
「…………」
「でも、今のカオリをリーダーとして見れないのも事実だよ」
「…………」
「あたしたちはカオリに頼らなきゃいけないんだから……」

 うん、とわたしは呟いて顔を下げた。圭ちゃんはわずかだが肩を落としたよう
だ。すぐにため息が聞こえてきた。

「少し混乱してるのかもしれないね、辻は」
「…………」
「一番加護を心配してたのはあの子だから……」
 小さくなっていく辻の背中をわたしは見る。
 マネージャーに掛け合う時の切望の眼差し。
100 :02/02/09 04:20 ID:O7KvOuGE

「辻は……優しい子なんだ」
 わたしは呟いた。

「他人をここまで心配できる、優しい子なんだ……」
「……カオリ」
「……ごめん……辻、送っていってくれるかな?」

 圭ちゃんはしばらく無言のままだったが、そのまま辻の後を追いかけた。エレ
ベーターの前で待っているその小さな肩に優しく腕を回す圭ちゃんに、辻は耐え
切れなくなったかのように顔を埋めていた。

 わたしはそんな小さな二人の姿を見ながら、サングラスを掛ける。

 早く紗耶香に会いたいと思った。