紺野のスポ根(紺)小説

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35One More Dream 8
あの日から3日。
あの日から、あの子に会っていない。というより走っていないのだ。
もし会ったら、何を言ったらいいのかわからなかった。
謝ればいいだけの話なのだが、それもできない。
謝ったところで許してくれるとは思わなかった。
ほとんど初対面の、しかも自分よりも一回りは年下の子に、あんな酷いことを言ったのだ。
自分の大人気なさも恥ずかしかったが、それ以上にあの子が傷ついてるだろうと思うと胸が痛んだ。
もし走って万が一会ったら。そう思うと走れなかった。
しかし、顔見知りではないとはいえ、このままなのも嫌だった。謝りたい。
しかしそれ以上に別の事も頭を悩ませていた。
「本当はもう一度やりたいんじゃないですか!?」
あの子の一言だ。あの一言が、あの子に謝りたい気持ちと同等・・・それ以上に頭の中をグルグル廻る。
確かに俺は、ボクシングを情熱を感じなくなって辞めた。
しかし、ボクシングが嫌になったわけではなかった。
辞めた当初は、ボクシング自体が嫌いになったものだと思っていた。
今まであんなのに時間をつぎ込んだ自分が馬鹿だとすら思った。
あまり飲まなかった酒を毎晩のように飲み、今まで行ったことのない合コンにも行った。
そこで初めて女というのも抱いた。何もかもが新鮮で楽しかった。
しかしそれらに飽きるのに、半月もかからなかった。
何をやっても虚しいのだ。つまらない。その日暮らしの生活が何とも味気ないものに感じられた。
遊び終えるととたんに虚しくなり、その時必ず浮かんだ言葉、ボクシング。
ボクシングのような緊張感のある世界は、そこにはなかった。
だが、あんな馬鹿なことをもう一度するのは御免だ。ボクシングのことを考えるたび、
そう何度も自分に言い聞かせた。
しかし、それは言い訳にすぎなかったのかもしれない。
日に日に情熱が失われていったのに比例したかのように、ボクシングを辞めて、日に日に情熱が戻りつつあった。
ボクシングを離れて、自分にとってボクシングというものの存在を確かめることができた。
それに、ボクシングを離れてわかったのは、ボクシングそのものだった。
昔、入りたてで練習にいっぱいいっぱいだった頃。慢性でやっていた頃にわからなかったこと。
様々な練習の意味が、ボクシングの離れてわかってきたのだった。
何となく行っていたシャドウ、ロープ、スクワットの意味。今なら意味がわかる。
何であんなにミットを打ったのか。何でジャブが必要なのか。
そして体格に合わせて無理矢理やっていたアウトボクシング。
今ならわかる。自分のボクシングができる。それを今一番確実に実行できるのは、今の肉体。
このままダラダラと言い訳ばかりしていたら、そのうち体もついていけなくなるだろう。
年をとって、あの時こうしていれば・・・などと言うのは嫌だった。
決意は固まった。もう一度、夢にかけてみたかった。
仕事が終わり家に帰ると、俺は一ヶ月間放置されていたグローブを鞄につめ、外に出た。
36One More Dream 9:02/01/20 17:32 ID:r7WcG9WE
四日ぶりの学校。私はあれから三日、熱が下がらず寝込んでいた。
本当は昨日には熱は下がっていたのだが、お母さんから大事を取るように言われ、昨日も寝ていた。
だから(今日も含めれば)四日間、ランニングはしていない。もちろんあの人に会ってあない。
ちゃんと謝りたかったけど、あの日からあの人が、あそこを走っているのかもわからない。
・・・胸が少しチクッと痛んだ。しかし今はそれよりも学校だ。
あれだけ学校に行きたがっていたのに、どうも久しぶりに行く学校は行きにくい。
もしみんなが私のことを忘れていたらどうしよう・・・。ありもしないことまで考えてしまう。
私は勇気を振絞って、教室のドアを開けようとした。と、
「あ、あさ美じゃん!」
ドアに手をかけようとした時、ふと声がした。振り向くと、それは恵理だった。
「・・・恵理ちゃん?わたしのこと覚えててくれたの?」
恵理は「はあ?」とでも言いたそうな顔をした後、プッと吹き出した。
「なに言ってんの?あたしがあさ美のこと忘れるはずないじゃん」
その言葉を聞いて、急に肩の力が抜けた。
恵理が力いっぱいドアを開け、「みなさ〜ん!紺野あさ美様の到着ですよ〜!」と教室中に聞こえる声で叫んだ。
とたんにザワザワと騒ぎだす教室。あちこちで紺野だ、あさ美来たよ、という声が聞こえる。
正直、こんなに注目されるのは苦手で、恥ずかしい。でも、恵理も気持ちもうれしかった。
「心配したんだよ〜、今日も来なかったらお別れ会できなくなるし」
恵理の言葉で、ハッと我に返る。そうだ。私は今日でこの学校を転校して東京に行く。
今日が、普通の中学生・紺野あさ美の最後の日だ。そう思うと、とたんに寂しい気持ちになった。
「・・・暗い顔しないでよ〜。お別れは楽しく!そうじゃないと嫌じゃん!ね?」
恵理が私の顔を覗き込んで微笑んでくれる。この恵理の笑顔に、私の気持ちは少し楽になった。
「コラァ!お前ら早く席につけ!もうチャイムは鳴ってるんだぞ!」
ドアの前で、いつものように岩崎先生が怒鳴り声をあげる。やべっ、岩崎だ。恵理が小さく言う。
・・・ちゃんと岩崎先生って言わなきゃいけないんじゃない?
私が心の中でつぶやく。本当にいつもと変わらない一日が始まった。
しかしこの日は、一番悲しく、楽しい、そして一番心に残る授業になった。
37One More Dream 10:02/01/20 18:23 ID:r7WcG9WE
授業が終わり、放課後、私のためのお別れ会が始まった。
ミニゲームをして遊んだり、お菓子を食べたり、お喋りをしたり、たくさん騒いだ。
東京に行ったら何をしたいの?ということも聞かれた(別に遊びに行くわけじゃないんだから・・・)。
記念写真も何枚も何枚も撮った。みんな、現像したら送ってあげる。と言ってくれた。
気が付くと、外は夕暮れになろうとしていた。
「そろそろお開きにしようか」
岩崎先生が言う。えー!という声。あっという間にブーイングに包まれる教室内。
私はどうすればいいかわからず、オロオロするばかりだった。
と、その時、誰かが制服の袖を引っ張る。恵理だ。
恵理は掴んでいない方の手で、教室のドアを指さしている。どうやら「廊下に出よう」と言っているようだ。
私はブーイングに包まれた教室にこのまま教室にいるのも何なので、こっそりと恵理と教室の外に出た。

教室を出ると、窓から夕焼けが差し込んでいて、廊下を真っ赤に染めていた。
恵理がドアを閉めると、教室内の喧騒は全く聞こえなくなった。
「・・・あ〜あ、これじゃあいつもより帰るのが遅くなっちゃうな・・・」
恵理は足をブラブラさせながら、窓際の方に歩いていく。
「でも、信じられないよ。あさ美が芸能人になるなんて・・・」
恵理が呟くように言う。そう、私が芸能人になったのは、恵理と応募したあの紙が原因。
ほんの記念のつもりだったオーディション。恵理は落ちて、私が受かった。
「恵理ちゃん・・・」
「ん?」
「・・・ごめんね」
私は、自分が恵理を裏切った気がしていた。そして内心、恵理も自分を置いて芸能界に行く自分を恨んでいるのではないか。
そういう思いがあった。
しかし恵理は、白い歯を見せて笑ったかと思うと、「なに言ってんのよ」と言って笑った。
「あさ美が謝る必要なんてないじゃん。あたしが落ちて、あさ美が受かった。それだけ」
恵理は窓を開ける。心地よい風が、廊下中に流れた。恵理の髪も、風になびいている。
恵理が私の目を見る。その目はどこか憂いを帯びていた。
クラスのトラブルメーカーで、落ち着きのない存在。それが恵理だった。
しかし、その姿は、いつも騒いで落ち着きのない恵理とはまるで別人・・・。
・・・恵理って、こんなに綺麗だったんだ・・・。
胸がドキドキしてくる。いつもの恵理よりずっと大人に見える。
と、その瞳が子供っぽいやんちゃな光に戻ったかと思うと、急に私の頬をつまんだ。
「ふえっ!?なに!?」
「あさ美〜あんたはちょっと消極的すぎるぞ!そんなんじゃ芸能界でやってけないぞ〜」
恵理はそう言って、私の頬を引っ張った。
「あはははははは〜!変な顔〜!」
「ちょ・・・ちょっと恵理・・・」
と、急に恵理は、私の体をきつく抱きしめた。
「・・・恵理ちゃん・・・?」
気が付くと、恵理の肩が小さく震えている。
「・・・・・・あさ美、東京に行っても友達だよ?あたしのこと、忘れたら嫌だよ・・・?」
恵理は声を震わせ、小さな声でそう言った。私は、恵理の頭を抱えてそっと抱きしめた。と、
「キャーーー!誰かーーー!」
恵理が叫んだ。え?なに?突然のことに私は混乱するばかりだった。
何事かと教室から人が出てくる。恵理は出てきた岩崎先生にしがみついた。
「あさ美が・・・あたしに告白したんです!あたしはそんな気はないのに・・・」
「わかった、わかったから教室に入れ、紺野も」
岩崎先生はそう言って教室に戻った。それに続いてクラスメイトも教室に戻る。
恵理は、何よ〜!本当だってば〜!こうしてこうやって・・・と、ジェスチャーで必死にアピールするが、
恵理の狂言はいつものことだから、誰も本気にはしていないのだ。
廊下には、私と恵理だけが残った。
「・・・恵理ちゃん」
私はちょっと怒った感じに言うと、恵理は、ヘヘへ・・・と笑った。まるで反省していない。
「あ!早く戻らないと怒られちゃうよ!ほらあさ美も!」
恵理はそう言って教室に帰ってしまった。
「ちょちょちょっと待って!」
最後の最後まで恵理は恵理だった。しかし、その恵理の明るさに、私は少し救われた気がした。
――朝
今日は東京に引っ越す日。
私はいつものコースを走っていた。
お母さんは、最後の日くらいゆっくりしたら・・・と言ったが、私はこの風景を目に焼き付けておきたかった。
「あさ美ちゃんおはよう。今日も頑張るねえ」
べスとおじさんだ。おじさんは、多分私が東京に行くの知らないのだろう。
これで会うのが最後だと思うと胸から何かがこみ上げてきそうになった。
しかし、それをグッとこらえて、私は私なりに満面の笑みをおじさんに見せた。
「おはようございます。おじさんもべスも元気そうですね」
そう言って走り出そうとした。
「東京に行っても頑張るんだよ!」
おじさんから予想もしなかった言葉が返ってきた。私がおじさんの方を振り返ると、
おじさんは手を上げてべスと一緒に走り去っていった。
私は、目から溢れる熱いものを堪えることができなかった。思わず立ち止まり、右腕を目に押し当てた。
しかしそれを拭うと、私は心の中でおじさんに(ありがとう)を言い、再び走りだした。

いつもと同じ風景。それが今日で思い出になる。
最初はそれに耐えられなかった。今でも少し不安はある。
でもそれ以上に、何もしないで逃げるのはもっと嫌だった。
「おはよう」
ふと声をかけられ振り返る。そこには、あの人・・・戸高さんがいた。
突然のことに、思わず体を硬直させる私。なにを言ったらいいのかわからない。
私はただオロオロしているだけだった。戸高さんは私の肩にポンと軽く手を置く。
思わずビクッとしてしまった。
「・・・あの時のこと、ゴメン。初対面なのになんなこと言うなんて・・・」
突然謝ってきた。けど、私は何をしたらいいのかわからない。
そうだ、謝らなきゃ。謝らなきゃ・・・。
「ご・・・ごめんなさい!」
「はあ?」
ああどうしよう!また変なこと言っちゃった!笑ってる!絶対笑ってる!
しかし戸高さんは笑うどころか、はっきりとした口調で私に言った。
「ボクシング、また始めたんだ」
その言葉に、私は思わず顔をあげた。
「やっぱり、ボクシング好きだから、辞めるなら自分が納得できる形で辞めたいと思って」
私は戸高さんを見る。その目には、力強い光が宿っている。目標を持っている目だ。
「あの時、君に言われなかったら一生後悔するとこだったよ。ありがと」
次から次へと出てくる信じられない言葉の数々。私は理解するまでにしばらくの時間を要した。
しばらくの沈黙の後、戸高さんは、じゃあ、と去ろうとした。
「あ・・・あの!」
思わず口に出た。戸高さんが振り返る。しかし、言葉が出てこない。言葉が思いつかない。
考えて考えてようやく、「・・・ありがとうございました」と言えた。
戸高さんは不思議そうな顔をした後、ニッコリ笑って走り去っていった。
固い意思を心に秘めた、男の人の背中。その背中はとても大きく見えた。

私はこの日、初めてモーニング娘。のメンバーとしてTVに出演する。
周りには、同期の仲間が三人。みんな緊張していく中、自己紹介をしていく。
・・・緊張してきたよ。何を言ったらいいのかな。変なこと言わないかな。
わからない。考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。どうすればいいかわからない。
TVでも、きっとみんな「落第生の紺野だ」って見てるに決まってる。きっとTVを見てる恵理にも笑われる。
ああ、どうしよう。お母さん、恵理、先生!
と、その時、戸高さんの顔が頭に浮かんだ。・・・戸高さんならどうするのかな。
「正直、才能はなかったけど、練習は人の何倍もやってて、そこだけは本当に凄かったよ」
いつかの練習生さんの言葉だ。
その言葉を思い出して、体がフッと楽になり、緊張が薄らいだ。
そしてとうとう私の挨拶の番。私はまだ少し緊張の残って震える手を握りしめて言った。
「紺野あさ美です。今はまだ落第生だけど、先輩を追い越すつもりで頑張ります」
戸高さんは私にお礼を言ってくれたけど、本当にお礼を言うのは私。
私は戸高さんを知らなかったら、多分東京に行く決心がつかなかったと思う。
ここでこんなことも言えなかったと思う。
失敗して恵理に「ちゃんと話せよ〜」とか笑われそうだけど、頑張ります。
ありがとう、戸高さん。