「矢口はね・・・自分の前に出れない性格を変えようとして
娘にはいったんだ。でも・・・後藤がそれを利用して・・・」
その時だった。
――バタンッ
玄関の扉が開く音がして矢口が帰ってきた。
「帰ってきちゃったか・・・」
市井はそう言うと自分のバッグから紙と鉛筆を取り出すと
何か書き始めた。
「はい、これ」
そう言って渡された紙には数字が並んでいる。
「これは・・・・・・?」
「私の電話番号。矢口の事でなんかあったら電話して」
「――えっ、ちょ、ちょっと待ってください。矢口さんの事
でって矢口さんを置いていくつもりですか!?」
市井は当たり前だと言うような態度でいる。
「矢口はね、偶然ここにいたんじゃないよ。あんたを選んで
ここに来たんだから」
「選んでって・・・矢口さんをこんな見知らぬ男に預けていい
んですか!?」
それを聞いた市井はニコッとなぜか微笑む。
「矢口に何かあったらあんたの命の保証はしないから」
その笑顔は氷の冷たさにも似た感覚を持っていた。
市井はそう言うと立ち上がり部屋のドアを開ける。
そこには矢口が立っていた。
「さやか・・・いっちゃうの・・・?」
市井は腰を落とし矢口と同じ視線の高さに顔を持っていく
「矢口・・・なんかあったら連絡してね。すぐ駆けつけるから」
まるで小学生を相手にしているようにやさしく言い頭をポンッと
軽く叩くとそのまま出て行った。