シアター

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197ごっつぁむ
「じゃあ…始めるわ」
旅館の一室。
あたしは紺野の方へ向きかえり、話始めた。
まず、することは犯人を絞るところ。
そのためには…。
「じゃあ、質問をしましょう…。やぐっつぁん」
「!!?」
やぐっつぁんはあたしに突然質問を振られ、ギョッとした様子で驚いていた。
猿ぐつわのせいか、何もしゃべれずもがもがしてるだけだが。
「やぐっつぁんはバスを運転したわよね」
頭をブンブン縦に振るやぐっつぁん。
「それはどうして??」
「ん〜!ん〜!!!」
やぐっつぁんは、言葉を発せず身振り手振りで説明する。
その仕草がなんか可愛い…v…とか思ってる場合じゃないんだった。
あたしはその答えを聞くと、口を閉じたまま黙って頷き、こう続けた。
「そう…それが犯人の狙いだったのよ」
「んん〜????」
やぐっつぁんや他のメンバーも、何がなんだか…という顔をして驚いた。
…とは言っても顔がよく見えないので目がビックリしてるだけだったんだけど。
「つまり、旅館に戻るためにやぐっつぁんの運転が必要だった、ってワケ」
「後藤さん」
横から紺野が口を挟む。
「何故、そんな必要があったんですか?」
あたしはふふん、という勝ち誇った顔を紺野に向け、そして逆に問い掛けた。
「それは取りあえず置いといて。
 じゃあ、最初の被害者はいったい誰だったでしょう」
あたしはメンバーたちと、紺野の直線上の丁度真ん中に立ち、メンバーの方へ振り返って聞いた。
すると、紺野は「…里沙ちゃんですよ」とあたしに返す。
あたしはそれを聞き、口元に笑いを浮かべ首を横に振った。
「違うんだ、コレが」
「ん〜っ!!?」
あたしの言葉に、メンバーたちがざわめく。
それを見た紺野が多少、機嫌な悪そうな顔をしたが特に何も言わなかった。
「そう、新垣が殺害されたのが最初なんじゃない…。
 つまり、それ以前に殺人は起こってたのよ」
198ごっつぁむ@作者↑忘れた:02/02/17 00:17 ID:8XfNykjF
あたしはメンバーと紺野の間を、直線上に行ったり来たりしながら淡々と言い放った。
・・・・・・。
沈黙が続く。全員の視線があたしに注がれていた。
「考えてもみてよ。犯人はいつ、スタッフの二人を殺した?」
「あっ!」
「そう。発見されたのが後だっただけで、新垣が殺される以前にスタッフたちは殺されてた…」
あたしは一瞬の間を置き、話を続ける。
「じゃあ、それはいつなのか…?」
・・・・・・。
反応を返す者はいない。
・・・・・・。
相変わらず沈黙が流れる。
「そこでまた質問。スタッフを殺したのは誰でしょー…」
あたしは誰に質問を振ろうか、とチラッと目を向けると、梨華ちゃんと目が合った。
梨華ちゃんは「しまった!」という顔をして慌てて目を叛けた。
「ハイ、梨華ちゃん」
だが、すぐに梨華ちゃんを指名した。
「んんっ…」
梨華ちゃんは少し困惑した顔で答えを必死に探している。
「んっ???」
梨華ちゃんも身振り手振りで答えるが…。
「…ゴメン。全然わかんね」
ガクッとこけるフリをする梨華ちゃんを見て、あたしはそこでいったん後ろを振り向いた。
「紺野。あんたなんでしょ?」
ピタリ、と指を差して紺野と向き合う。
「……さあ?」
紺野はとぼけた様子で答えたが、あたしは逆にそれで確信を持った。
「ここからはあたしの予想だけど…、
 紺野と犯人との間には、何かしら計画がされていたはず。
 …でなければこんな殺人事件が起こるはずがないからね」
そう、紺野が共犯であると自分自身で明かしたことにより、解けなかったことが
次々に解けていったのだ。かく言うあたしも自分で驚いている。
「だけど、犯人の計画に大きな誤算が起きた。…それは、なっちたちがはぐれてしまったことよ」
199ごっつぁむ:02/02/17 00:18 ID:8XfNykjF
「では、何故なっちや加護、かおりや辻がはぐれたことで、犯人が旅館に帰る必要があるのか…」
・・・・・・。
誰の反応もないので、さっさと説明を続ける。
「つまりは、こういうこと。
 犯人と紺野の間に計画があり、その計画では、紺野がスタッフを殺害しておくことになっていた。
 だけど、なっちと加護、かおりと辻がはぐれたことによって犯人の計画とそれがずれてしまった…」
・・・・・・。
一瞬の間があくが、やはり誰の反応もない。
あたしは気にせず続けた。
「だから犯人は一刻も早く、旅館に戻る必要があったのよ。…紺野と落ち合うためにね」
うんうん、と頷くメンバーたち。
「だけど、ここでも大きなハプニングが起こりました。
 一刻も早く旅館に戻りたい犯人とは裏腹に、ロッジで4人を待ったあたしたち…。
 さあ、犯人はどんな気分でしょうか。ハイ、高橋」
「んんっ!?んんんん〜〜!!??」
さっきの梨華ちゃんと同じ反応を返す高橋。
「…〜〜?」
よくわからない声をあげて、腕を自分の前でビュンビュンさせている。
あたしはそれを見て「おっ、鋭いね」と高橋を誉め、そしてその続きを始める。
「つまり、犯人は焦った。…だけど、よく考えてみて」
あたしはメンバーたちに問い掛けるようにして間を置く。
「紺野は計画通りに話を進めていってるワケでしょ?
 だとすると、その時点でバスの運転をする人がいない。
 つまり、紺野と落ち合うのに時間がかかるってワケよ」
「…ちょっと待って下さい。だとすると、『あの人』は旅館に戻るために
 矢口さんを利用した、みたいないい方ですけども?」
紺野があたしに問う。
「そうね。でもそれは結果としてそうなったということだから」
・・・・・・。
「で、ここで解決したいことが一つ。 ここまでの話でわかったこと」
「ふっ。ここまでの話でまさか、犯人がわかるとでも?」
あたしに反論を返す紺野。その表情には未だ余裕の色が残されている。
「まあ、ここで犯人がわかるような事件ではないわね。
 …だけど、犯人でない人はわかるじゃない?」
「……」
あたしが紺野に向かい、ニヤリと笑いかけると紺野は決まりの悪そうな顔を叛けた。
200ごっつぁむ@作者↑また忘れた:02/02/17 00:19 ID:8XfNykjF
あたしはメンバーたちの方へ向かい、右から2番目の圭ちゃんの椅子の前に立つ。
そしてまずは猿ぐつわを外した。
「あ、ありがとう」
「…紺野、ナイフかなんか持ってないの?」
「……」
紺野は黙って懐からカバーのかかったナイフを取り出し、カバーを外すとあたしの足元ギリギリにそれを投げつけた。
部屋の畳にナイフがささり、あたしはそれを引っこ抜きロープを切る。
「…助かった、ありがとう後藤」
圭ちゃんのお礼を聞くと同時に隣の梨華ちゃんの椅子のロープをナイフで切る。
「ありがとう、ごっちん」
そしてあたしはそれを紺野の足元に投げつけ(ちょっとやってみたかった)
二人を解放させると、紺野に向きかえった。
「…クリア、ね」
あたしはクールに笑って見せたが、紺野はそれを見てまたもや微笑している。
「ですが、後藤さん。…その二人にも犯行は可能ですよね。
 …いや、むしろ犯人がロッジの方へ行っていたとも限らない」
「それはわかってたけどね。
 …じゃあ、聞くけど。紺野はなんでロッジでの事件を知ってたわけ?」
しまった!という表情を紺野が一瞬浮かべたのをあたしは見逃さなかった。
「つまり、そういうことよ。
 あんたが自分で共犯者だと明かしてしまったせいで、この二人が犯人ではないのが浮かびあがる」
「えっ??どういうこと??」
あたしの後ろでたたずんでいた梨華ちゃんが横から口を挟んだ。
「じゃあ聞くけど、梨華ちゃんと圭ちゃんに問題。
 …ロッジで、雪の中を飛び出して行ったのは誰と誰?」
あたしの質問に、二人は戸惑いながらも、梨華ちゃんは「わからないよ」と言い
圭ちゃんは「そんなことがあったの?」と言った。
あたしはそれを、聞いて解り易いように説明する。
「いい?あたしは紺野に一言も、ロッジでの事件はしゃべってないのよ。
 だけど紺野はそれを知っていた。つまり、犯人と接触を取ってたってことよね。
 だとすると、犯人はロッジに行った人物ってことじゃない?」
「あっ…」
圭ちゃんが後ろで声をあげたのを確認し、あたしは話を続ける。
「今ので解ったでしょ?圭ちゃんと梨華ちゃんは今、確かに『知らない』って言ったわよね」
「だけど、わざととぼけているという可能性もありますよ?」
紺野はそうやって食らいついてくるが、あたしはそれを上手く切り返した。
「そう?じゃあ、紺野。あんたがそうやって聞かれたらなんて答える?」
「……?」
紺野は黙ってしまったが、実はあたしも確信があったわけではない。
あくまでも仮定の上で成り立っているからだ。だが…
「あたしが惚けるんだったら、間違っても名前を答えるんだけど」
「!!!」
そう、あたし実は探偵モノの漫画で読んだことがあったのだ。
それによると、惚ける時はたいてい架空でモノを言い、言い逃れようとする。
だが、今二人はまさに「知らない」というようなことを言った。
「どう?まっ、こんなんじゃ根拠としては弱いけど」
すると、紺野はあの微笑を浮かべていた。
201ごっつぁむ:02/02/17 00:19 ID:8XfNykjF
「まあ、いいでしょう。その二人は犯人ではありません」
ほっ…という安堵と共に、次へと進む緊張が生まれてくる。
あたしは二人を取りあえず、あたしの側から離さないようにして話を続けた。
「じゃあ、次ね。新垣の事件…」
再び静寂が部屋中に広まる。
「今の話でわかったことがあるでしょ?」
「何が?」
「……じゃあさ、犯人はかおりたちの部屋のカギをどうやって開けたワケ?」
・・・・・・。
少し戸惑いながら、梨華ちゃんが答えた。
「だから、スペアキーを使ったんでしょう?」
「そう。じゃあ何で新垣が狙われたかわかる?」
「……??」
「1人になったから?」
今度は圭ちゃんが答える。あたしはそれを聞いて頷き、
「そう。まさにその通りよ」
と答えた。
「最初の予定では、第1の被害者は新垣ではなかった…
 だけど、犯人たちの計画とは余所に、かおりと辻は行方不明。
 仕方なく、犯人は新垣を襲った…」
・・・・・・。
淡々と説明を続けるあたしに対し、部屋中が沈黙に包まれている。
あたしはそれを、むしろ気にせずに話を続けた。
「そこで必要な新垣の部屋のカギ。でもそれはかおりが所持している…」
・・・・・・。
相変わらず沈黙が続く。あたしはその一間一間を取りながら話を進めていくのだ。
「だとすると、スペアキーが必要になるのよね。
 では、どうやってスペアキーを手に入れたのでしょうか?」
・・・・・・。
「それはね…」
あたしはゆっくりと紺野に、警戒しながら近づき懐に手を突っ込もうとする。
だが紺野は、「何ですか!?」と言いながら体をひらりと後ろに避け、それを回避した。
「紺野。あんた甘かったわよね。
 …あたしにそれを使ったことで、謎が解けたわよ」
紺野の懐辺りを指差しながら、あたしは勝ち誇った顔で笑った。
紺野はそれを見て、焦りを見せたがあたしは今度は逆にそれに気づかないフリをしていた。
「紺野が使ったのは、超強力な睡眠スプレーよ。
 何か、紺野の特製で時間とかも調整できるらしいわよね」
あたしのその言葉に、紺野は「チッ」というような顔でうつむき、懐を隠した。
「それを女将さんの部屋で使うことによって、カギを入手したってワケ」
「ほぉ〜…」
「でも、それは置いといて」
「はぁ!?」
あたしはジェスチャーで、手を曲げそれを横に置くフリをした。
「取りあえず、よ。取りあえずその話は置いといて。
 小川の事件も置いといて。ロッジの事件が先よ」
202ごっつぁむ:02/02/17 00:20 ID:8XfNykjF
あたしの筋書きではこうだ。
ロッジの事件で犯人を絞り、小川の事件で解明し、新垣の事件で確実なものにする。
あたしにはこの時点で犯人は確実に解っていたのだが。
「では、質問です」
「えっ!?またぁ?」
梨華ちゃんが後ろで声を上げた。
「梨華ちゃん、聞くけどさ。犯人はあの爆破事件で誰を狙っていたと思う?」
「ええ?…??」
梨華ちゃんは少々まごまごし、戸惑っていたが「辻?」と自信無さ気に答えた。
「…ん、まあちょっとは合ってる。
 …じゃあさ、その後で誰かが狙われたらどう思う?」
「…???」
「つまり、詳しく言うと。
 あの爆破事件の時に狙われたのが、やぐっつぁんとよっすぃー、辻とかおり。
 その後、辻とかおりは死にやぐっつぁんとよっすぃーは執拗に犯人に狙われ攫われた…」
「矢口さんとよっすぃーを狙ったと思う…」
梨華ちゃんはまたも自信無さ気だったが、あたしの思惑通りに答えた。
あたしはそれを聞いて満足気に頷く。
「そう、上出来。今ので解った?
 つまり、ロッジでのあの事件の犯人の狙いは…『その二人が狙われていると思わせる』こと…」
あたしはメンバーたちの方へ向きかえる。
「その二人が狙われてることで、何かあるの?」
「…それは、とりあえずもう一回置いといて」
あたしはまた、さっきのジェスチャーをした。
「さて、あの爆破だけど。おそらくそれも紺野の作った爆薬が使用されたのよね。
 …だから、あのロッジを爆破したのは紺野という可能性もある」
あたしは紺野の『例の懐』を指さす。
「だけど。何故、『その二人が狙われてる』と思わせる必要があったのか…」
・・・・・・。
「わかるわよね、それくらい?」
・・・・・・。
「じゃあ、犯人は…」
そのかすれた声は圭ちゃんのものだった。
あたしは振り向くと、静かに頷きそして口を開く。
「そう、犯人の目的は、『自分が狙われると思わせること』。
 …つまり、犯人は二人のうちのどちらか、よね?」
・・・・・・。
沈黙が続いた。
今までで一番長い沈黙だ。
「紺野、ナイフ貸して」
あたしは紺野からナイフを受け取ると、静かにメンバーたちの方へ近づく。
そして、左から4番目と5番目…つまり、やぐっつぁんとよっすぃーの丁度中間で立ち止まった…。
203ごっつぁむ@作者:02/02/17 00:20 ID:8XfNykjF
メンバーたちの見守る中、あたしは再び話を続けた。
やぐっつぁんはすごく焦った顔をしていたし、よっすぃーはやはり叫び声こそは上げないが
虚ろな瞳で宙を見つめていた。
「実はサ、最初に疑ったのが…やぐっつぁんだったんだよね」
あたしはそう言いながら一番左の椅子へと歩き、なっちの足に絡み付くロープを切った。
「小川の事件の時…」
今度は腕に絡みつくロープをばっさりと切る。
「やぐっつぁんはやたら眠いって言ってたけど…」
あたしはなっちを解放すると、ゆっくりゆっくり今度は加護に近づき、足のロープを切る。
「あの時、なんであんな状況だったのか…」
加護の腕のロープを切り、もう一度立ちあがる。
「…あたしの記憶では…」
今度は高橋だ。
「あの時、アリバイがなかったのはやぐっつぁんだけ・・・」
高橋の椅子のすぐ横にしゃがみ、足のロープを切り刻む。
「……だけど」
高橋の腕のロープを切って解放してやる。
「一つだけ、気になることがあってね」
3人と梨華ちゃん、圭ちゃんを部屋の後ろの方…つまり、あたしの後ろに隠し
二人の椅子の間に立つ。
「紺野が犯人だとわかったからなんだけど」
ちらり、と紺野を見る。
当の本人はかなり焦ったような表情を浮かべているのがすぐにわかった。
「…もし、紺野が嘘をついていたら」
・・・・・・。
「紺野の嘘により、小川の死亡した時刻が変わってしまったとしたら…」
・・・・・・。
「誰のアリバイも意味のないものになるんではないか…」
あたしは、静かに瞳を閉じ、『彼女』との記憶を思い返した。
…夢の中であたしを呼びつづけていたのは、『彼女』だった、と。
あたしはこの時初めて気がついたのだった。
「そう考えると…。
 『犯人』の動きをうやむやにするために眠らされていたのではないかと…」
敢えて名前を出さず、あたしは説明を続けた…。
「紺野の睡眠スプレーは、特殊で眠る時間を調整できる…」
あたしは足に絡み付くロープに触り、そう話ながら一気に切り落とした。
「まあ、証拠としては…弱いけれど。そういう解明なのよ」
…ナイフは腕のロープを切り落とした。
腕からロープがするりと抜け落ちる。…『やぐっつぁん』の腕から。
「つまり、犯人は…」
あたしは『彼女』の前に立ち、悲しい瞳をしてその瞳を見つめた。
そして、痛い胸を押さえ付けて…。
「吉澤ひとみ。あなたよ…」
『彼女』の名を呼んだ・・・・・・。
204ごっつぁむ@作さ:02/02/17 00:21 ID:8XfNykjF
「どうして!?どうしてよっすぃーなのっ!!?」
「嘘でしょう!?」
誰の声かはわからない…だけど。あたしはその答えに辿りついてしまったのだから…。
「これがあたしの答えよ。どう?紺野」
「……」
あたしの問いかけを、紺野は無視して『犯人』に近づく。
そして、ロープを静かに解いていた。
「…あの、新垣の事件の夜。
 あたし、よっすぃーと会ったわよね…。
 あの時、あたし…。はぐれた辻とかおりのことを思って眠れないのかと思ってた…。
 あなたが、ずっとあの場にいたなら、誰かが通った時に気づくはずよね。
 だけど、あなたは紺野と会ったとは一言もいわなかった…」
・・・・・・。
『彼女』は相変わらず虚ろな瞳で宙を見つめているが、すでに手や足は自由にされていた。
他のメンバーは何も言葉を発せず、あたしの後ろで呆然としているだけだ。
「大した推理だったワケでもないけど…。
 あたし、解っちゃったから…」
あたしがその瞳から目を逸らした瞬間。

グサッ!!!!

「うぐあっ!!」
「!?」
唐突のことで、事態が飲みこめなかった。
だが、あたしがハッとした時には紺野のちょうど腹の部分にナイフが突き刺さっていた…。
「何…を…するの…ですか…」
立ち上がってあたしの方へと向き直った『彼女』は先ほどまでの虚ろな瞳ではなく、
見たこともないような恐ろしい瞳で紺野を見下していた。
「…この、役立たずが!!」
そうはき捨てるように紺野に罵声を浴びせると人間とは思えぬ速さで腹に突き刺さったナイフを抜き
紺野の心臓を一突きした…。
赤い鮮血が飛び散り、『彼女』はその返り血を浴びて全身真っ赤な化け物のようになっていた…。
「ひいっ…」
誰の声かはわからないが、恐怖におびえる声が後ろから聞こえる。
…かく言うあたしも、恐怖のあまりそこに立っているのがやっとだったのだが…。
「ふん…。頭がいいからと思ったが、使えないヤツめ」
『彼女』のそんな言葉に、あたしは何も返せず、ガチガチいっている歯を押さえることができなかった。
「しかし、余計なことしてくれたね。
 …アンタだけは生かしてあげようと思ってたのに…」
「……ど、どうしてなの!?」
205ごっつぁむ@作者:02/02/17 00:23 ID:8XfNykjF
あたしがやっとの思いで『彼女』に問うが、
「どうして!?ああ、答えてやるわよ!!!」
・・・・・・。
「アタシはねぇ、もううんざりなの。
 だから壊してやるのよ!!こんな生活、環境、人間関係!!
 全部、全部、全部壊してやりたくて仕方なかったのよ!!!
 アハハハッ、笑っちゃうわよね。
 何がアイドルよ!!もううんざり…」
「だからって、人殺してまで…」
「黙れ!!!」
『彼女』はあたしに向かってナイフを突きつけた。
そのナイフがあたしのちょうどのど元を狙い定めている…。
「……全部、全部壊れて…」
『彼女』は下をうつむいたまま、何事か何度も何度も呟いていた…。
その姿が、あたしには堪らなく痛くて、信じられずにいた。
「よっすぃー…」
「来るな!!!」
『彼女』はナイフを突きつけたまま、しゃがみこみ倒れた紺野の懐を漁る。
そして…紺野が何度も脅しに使っていたスイッチを取り出した…。
「やめ…」
あたしが止めるより早く、『彼女』はそれを押していた…。

ゴゥゥゥゥゥ!!!!!

「キャッ!!」
「な、何っ!?」
突然の爆音が響き、部屋の中に並べられていた蝋燭の火が勢いを増した。
「さあ、早く逃げないと死ぬわよ!!
 アハハハハッ!!!全部、全部壊れてしまえばいいのよっ!!!」
「逃げるのよ、みんな!!早く!!」
「で、でもよっすぃーが…」
「いいから!!!」
あたしは、逃げ戸惑ってる梨華ちゃんの手を引っ張り部屋から出るように促す。
「………よっすぃー……」
あたしは、もう火の手があがって真っ赤に燃え上がった部屋から、ただ出ていくしかなかった…。
「ゴメン…」
あたしは『彼女』に届かない最後の言葉をかけ、火のあがる廊下を駆け出して行った…。
「……後悔なんて……しない……」
あたしは…炎の中、『彼女』のそんな言葉を聞いた気がした…………。
206ごっつぁむ@作者:02/02/17 00:23 ID:8XfNykjF
【エピローグ】

あの火事により、あの旅館での出来事はただの事故死として世間では片付けられた。
燃え上がった旅館から、『彼女』の遺体と、女将さんと従業員の遺体も見つかった。
どうやら…あたしが推理をしたあの時にはすでに殺されていたらしい。
それが「殺人事件」であったことは、検死をした検察官とあたしたちの間だけにとどまることとなった。
そして、あたしたちはどこをどうやって帰ってきたのかはわからないが、
気がついた時には東京の病院に入院していたのだった。
そして…突然のメンバーの事故死…(ということになっている)。
それは世間に衝撃を与え、彼女らの葬儀であたしたち「モーニング娘。」は解散することとなった。

それから半年ほど。

やぐっつぁんとなっちはその解散から一週間の休養を経て、すぐにもソロ活動に入った。
ソロになっても忙しいのは相変わらずのようだ。
二人とは時々、遊んだりしている。それは今までと何も変わらない関係だった…。

圭ちゃんはしばらく芸能界を休養、ということになり実家で将来、ソロで歌手になる修行をするとのことだった。
時々、電話やメールで連絡をとっているが、解散してから実は一度も会っていない。

加護は…。
一番、今回心に傷を深く負ったんだと思う。
いつも一緒にいた、体の一部のようであった辻を亡くし、一時はしゃべることもままならなかった。
今でも入院しているのだが…。
だが、最近はだいぶ元気になってきたようで、こないだお見舞いに行った時には
「ののね、あの夜…。ずっと、ずーっと、ずーーーーっと一緒だって言ってた」って、笑いながら泣いたりして…。
あたしはその姿がとても愛らしくて、そして…すごく切なくなった。

高橋と梨華ちゃん、そして当のあたし。
実は4月からマジメに学校に通い直してたりする。
芸能界を続けながら、学業優先のスタイルを選んだ。
もう1度1年からなので、ダブリになったんだけどね。
梨華ちゃんなんかは「あたし、やっぱり高校に通う運命だったんだね」なんて言いながら…。
今は同じ高校に3人で通っている。

何故、『彼女』がこんな事件を起こしたかなんてあたしには解らない。
理解できないし、する気もない。
…『彼女』とは心で繋がり合ってる友達だと思ってたから、正直自分を憎んだ。
『彼女』は、何をしたかったのだろう。
『彼女』は、何を恨んだのだろう。
『彼女』の瞳には、あたしたちの姿はどう映っていたのだろう…。
あたしは、待ち合わせの場所へ行く途中、ずーっとそんなことを考えていた。
207ごっつぁむ@作者:02/02/17 00:24 ID:8XfNykjF
「それにしても、あのときのごっちんはすごかったね」
横を歩く梨華ちゃんがクスクス笑っている。
「そうですねー、いつもとは別人でした」
それに便乗して高橋もクスっと笑いながら梨華ちゃんの横をぴったりと歩いていた。
「そ、そーかなぁ。あたしも必死だったんだけどな〜」
「うん。あっ、矢口さんたちもう来てる!お〜い、矢口さ〜ん!」
梨華ちゃんは、前方にやぐっつぁんとなっちの姿を見つけ、大きな声で呼びかけ手を振った。
「遅い〜〜!!」
「遅いぞ〜!!!」
二人のそんな声が聞こえてきて、あたしたちははしゃぎながら小走りになって急いだ。
「アレ?圭ちゃん、まだ?」
あたしは二人に近づく。
「ん〜、まだみたい」
「ほぉ〜…。加護は来れない、よね…」
・・・・・・。
しまった、あたしは自分で今言ったことを後悔した。
来られるわけないじゃない…。「墓参り」なんて…。
「ねえ、矢口さ」
沈黙を破り、やぐっつぁんがぼそりと呟く。
その声にはどこか陰りが感じられた。
「矢口、アイツのしたコト…。許せないけど、でも決して憎んでないんだよね……」
・・・・・・。
重い空気がその場を包み込み、返事を返すものは誰もいなかった…。
だが、しばらく沈黙が続いて梨華ちゃんやなっちもそれに答えた。
「私も…。あの時は、呪ってやるとか思ったけど…」
「なっちも…」
・・・・・・。
「わりぃ!お待たせっ!」
不意にそんな声がして、重い空気が一気に軽くなった。
「圭ちゃ〜ん!と…!!」
「えへ、来ちゃった」
「加護ぉ〜〜〜!!!」
圭ちゃんの陰から加護がピョコっと跳ねて姿を現した。
そんな加護の頭を撫でながら圭ちゃんは、
「こいつも行きたいんだってさ」
と、優しい瞳で語っていた。
「じゃあ、行こうか」
「そだね」

あたしは、『彼女』のことを決して忘れはしない。
それは、あたしに対しての痛みでもあり戒めでもある。
だから、安らかに眠って下さい…。

あたしたちは、『彼女』たちの墓の前、強く強く念じ、
そしてそこを後にした。

…今日は晴天。
今日も…暑い日になりそうだ。

【完】