シアター

このエントリーをはてなブックマークに追加
116ごっつぁむ@作者
「ひっく…ひっく…」
誰の声かはわからない。あたしとなっちの部屋に全員が集まっていた。
ただ、泣き声が響くだけで誰も言葉を発する者はいなかった。
第1発見者のあたしは、その様子を詳しく知っているだけに…一番ショックを受けていた。
どうして、一人になんてさせてしまったんだろう…。
考えてみれば、わかることだったのに…。
「私が…私がいけないんです!!」
そうやって涙ながらに号泣しながら叫んだのは紺野だった。
「私が、私が麻琴ちゃんを一人で行かせなかったら…」
紺野は悲痛な叫びを続けたが、誰も答えることなくうつむいて黙っていた。
「…後藤、何かわからないの?」
圭ちゃんがあたしに向かって聞くが、あたしも「今はなんとも…」と答えるしかなかった。
「やっぱり、東京に戻ろう…」
そう言ったのはかおりだ。みんなが視線を向ける。
「ここは危険だわ。これ以上、犯人の好きにさせるワケにはいかないもの」
「無理よ」
かおりの話を遮り、あたしは冷たく言い放った。
「女将さんの話では、あたしたちが来た方の崖道は雪が積もって危ないって。
 ただ、隣村まで行けば…」
「そうだ!!」
あたしの言葉を遮って、辻が大声で立ち上がった。
「いいらさん、お婆さん!お婆さんの家に行くのれす!それで、それで隣村なのれす!」
「…お婆さん?辻たちが泊まったっていう家の?」
あたしが辻に聞くと、辻は大きく頷き「そうなのれす」と言った。
「でも、そこへ行って何になるわけ?」
「そうか!」
次はかおりが立ち上がって叫んだ。
「カオリ、あの夜お婆さんに聞いたもの! 隣村まで行けば電話が通じるって!!」
だぁぁ〜!!!
「なんで、そう言うことは早く言わないの!?」
あたしがかおりに問い詰めるが、かおりは「てへへ」と苦笑した。
「そっか!それで、助けを求めに行けるじゃない!」
そうやって喜びに溢れる声を上げたのはなっちだ。
他のみんなも少し安心したような顔で微笑んだ。
「これで、助かりますね!」
「うん!」
と、新垣の事件からずーっと塞ぎ込んでいた高橋と梨華ちゃんも安心した様子ではしゃいだ。
「まだ暗くなってきたばかりだから…夜中にならないうちに出発しよう」
圭ちゃんがみんなを促し、一刻も早く…と部屋を出ようとした時。
「……ちょっと待って下さい」
そうやって、話の腰を折ったのは紺野だ。いつものオドオドした態度ではない。
「…全員で行くべきではないと思います」
「……?」
紺野の言葉に、一瞬空気が止まった。
117ごっつぁむ@作者:02/02/02 22:53 ID:TNx0aMow
紺野は続けた。
「この夜の雪の中を、全員で行くのはかなり危険だと思いますが」
「でも、紺野。そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
あたしが紺野に返すが、紺野は首を横に振り「いいえ」と言った。
「いいですか、こんな時だからこそ冷静にならなくてはいけないんです。
 そうでしょう?後藤さん」
…紺野の言葉に、あたしはハッ、として黙ったままだった。
「いいわ。カオリが行く」
かおりが突然、無謀な提案をした。しかし、それはみんなに「一人は危ない」と却下されたが、
「一人が危ないなら、アタシも行く!」
と、今度はよっすぃーが名乗り出た。
「一人だから危ない、っていうワケでもないでしょ!吉澤は〜!」
「そうよ!危ないよ、よっすぃー!」
やぐっつぁんと梨華ちゃんがよっすぃーを止めたが、よっすぃーはそれを聞きいれるはずもなく「絶対行きます」と言い張った。
「仕方ないわね、じゃあ矢口も行くよ。それにいつものア・レも必要でしょv」
相当、バスの運転が気に入ったのかやぐっつぁんはカギを左手にしっかり握り閉め、よっすぃーに向かってウインクを投げた。
「ののも行くれす。お婆さんに会いにいくのれす」
辻も立ち上がった。その辻の手を加護がしっかり握り締めて、心配そうな顔をしている。
「ののが行くなら、加護も…」
と加護が辻と一緒に立ち上がったのだが、それを聞いたやぐっつぁんとかおりが慌てた様子でそれを止めた。
「加護はダメ!行くなら、加護か辻のどっちか一人!!」
「お子様二人と雪山歩きなんか、無理!」
口々にそう言うが、加護は納得しないようで「ブーブー」とふてくされていた。
「あいぼん、大丈夫なのれす。辻、頑張るのれす! お婆さんにも会いたいので、辻が行くのれすよ」
驚いた。いつも甘えん坊なイメージのある辻が、こんなこと言うなんて…。
他のみんなも驚きの表情で辻の顔を見つめていた。
「じゃあ、この4人で行くわ」
かおりが最終的にまとめ、かおり、やぐっつぁん、辻、よっすぃーの4人がコートやマフラーを着込んで行くことになった。
準備の間にあたしたちは女将さんに事情を話し、見送りに玄関に降りるときには女将さんが「これをお持ちください」
と、温かいお茶が入った水筒と、夜食のお弁当を4人に渡した。
「気をつけて」
「遭難しないでね」
「…お気をつけて」
あたしたちはバスに乗り込む4人を見送った。
…大丈夫、大丈夫…。
あたしは何度もその胸の中でそう思い込み、不幸な予感が起こらないことを願った…。
118ごっつぁむ@作者:02/02/02 23:03 ID:TNx0aMow
4人の行った後、あたし、圭ちゃん、なっち、加護、梨華ちゃん、高橋、紺野の7人は再び、
あたしたちの部屋に集まり、個人行動をしないように努めた。
心配なことは心配だが、今のこの状況では4人に期待するしか希望はない。
あたしはその間に、さっきの小川の事件の事情聴取を始めていた。
「…で、麻琴ちゃんがトイレに行ったのが、後藤さんの発見した15分くらい前でした」
紺野が記憶を辿るようにして、ゆっくり語る。あたしはそれを「ふんふん」とメモ帳に書き取る。
「あたしが梨華ちゃんと会ってから3分後くらいに小川を発見したから…」
と、ぶつぶつと呟きながらメモを進める。
つまり、まとめるとこんな感じだ。
・圭ちゃん、かおり、梨華ちゃんが温泉に行く(小川発見の15分前くらい)←梨華ちゃん談
・小川、トイレに行くため個人行動。(小川発見の15分前くらい)←紺野談
・あたしが部屋から出る(小川発見の10分前くらい?)
・梨華ちゃんとよっすぃーが階段ですれ違う(小川発見8分前くらい?)←梨華ちゃん談
・加護、高橋、辻の部屋の覗く(小川発見の8分前くらい?)
・圭ちゃん、かおり、梨華ちゃんの部屋のドアをノックする(小川発見の6分前くらい?)
・よっすぃー、やぐっつぁんの部屋のドアをノックする(小川発見の5分前くらい?)
・やぐっつぁんがドアを開ける(小川発見の4分前くらい?)
・あたしが梨華ちゃんとすれ違う(小川発見の3分前くらい?)
・あたし、小川を発見。

…と流れるわけかぁ。
小川が殺された時間が判明すればそこから犯人が割り出されると思うんだけど…?
でも、正確な時間がわからないのでかなり厳しいのだが。
とりあえず、ここからは加護、高橋、辻、そしてあたしと一緒にいたなっちは犯人の可能性はありえない。
と、そこまで考えてあたしはある仮定を思いついた。
もしかしたら、「紺野か梨華ちゃんが嘘をついている」可能性がある。
そうなれば、この二人が犯人になる可能性も高い。
特に紺野は…。あたしは紺野に対して初めて疑いを持ち始めた。
冷静で飄々とした紺野のことだ。その上、つかみ所がなく、頭の回転が速い。
…まさか、ね。
あたしは自分の考えに苦笑しながら、メモを眺めていた。
「ねぇ、助かるといいねぇ」
あたしがぶつぶつ言っている横でなっちが呟いた。
「私、こんな怖い思いしたの初めてです」
高橋がちょっとズレた事を言っているのを横で聞き、あたしはまだぶつぶつ呟いている。
「あいぼん、元気だして」
梨華ちゃんは、窓の外を眺めている加護を慰めていたし、圭ちゃんは黙って目を閉じていた。(寝てる??)
あたしが目だけで他のみんなの様子を伺った後、メモに再び目を移すと…。
「ねえ、なんか…あそこ赤くない?」
梨華ちゃんが窓の外を眺めてぽつりと呟いた。
「??」
あたしは首を伸ばして窓の外を見ると、確かに暗闇の中で赤い…というよりはオレンジ色の光が見える。

ドクン。

…来た。
あたしは「予感」を感じ取り、急いで部屋を飛び出した。
119ごっつぁむ@作者:02/02/02 23:22 ID:TNx0aMow
もう誰も止めなかった。
いや、むしろあたしが飛び出したことで他の6人も一緒に飛び出してきた。
何があったかは、だいたい予想できたのだろう。
…あの方向は、あたしたちが避難したロッジがある方向だ。

あたしたちは走った。
唯一舗装された雪の積もった道路を、スキー場目指してひたすら走った。
駐車場に到着した時、一度休憩を入れたがここには例の「雪ダルマ」があるので長居はできない。
バスが置いてあるので、4人に何かあったのは間違いないだろう。
…迂闊だった。さっきもそう思ったばかりだったのに…。
見ると、さっきの赤みがかかった空に煙が白く上がっているのが目に入る。
それを見たあたしは、みんなに先へ急ぐことを促した。
一刻も早く…。
あたしたちはまた走り出した。
雪山に足を取られ、上手く進めないが、それでも走った。走りつづけた。

すでに駐車場を出発して20分近く走り続けた頃。
前方から、何かがやってきた。
あたしが腰にかけた懐中電灯でそれを照らすと…。
「よっすぃー!!」
そう、光に照らされ現われたのはよっすぃーだった。
よっすぃーは体中を傷とすすで真っ赤と真っ黒に染め、背中にやぐっつぁんを背負って歩いていた。
「大丈夫!?」
あたしが近づいても、よっすぃーは黙ったまま虚ろの瞳で雪の降る夜空を見上げていた。
「吉澤!矢口!!大丈夫!?」
「矢口ぃ!!矢口っ!!」
後から来た圭ちゃんとなっちがよっすぃーの背中からやぐっつぁんを下ろし、腕の中で声をかける。
やぐっつぁんも体中に傷を負い、顔中すすだらけで真っ黒になっていた。
だが、意識がないようでやぐっつぁんは返事をしなかった。
圭ちゃんが急いでやぐっつぁんの左胸に手を当てる。
「…大丈夫、生きてる」
それを聞いて瞬間、ほっとするが他の二人がいないことに気づきあたしはまたハッとしていた。
「よっすぃー!かおりと辻は!?」
「のの!!」
「あっ、加護!ダメ!!」
加護はあたしのその言葉を聞くなり、赤い光の方へ一目散に走り始めた。
「高橋!よっすぃー、お願い!」
「あっ、ハイ!」
あたしは高橋に未だに呆然としているよっすぃーを任すと、加護の後を追って走り始めた。
…あたしの予感が…また当たったことを体中で憎んでいた。
120ごっつぁむ@作者:02/02/02 23:48 ID:TNx0aMow
ロッジは火がついたまま跡形もなく、崩れ落ちていた。
…雪の中でも、火って消えないんだなぁ〜…と呆然としていた。
ロッジの中には危険だったので近づけなかったのだが、遠目から見ても二つ…黒焦げの遺体があるのが見えた。
あたしは…雪の中に膝をついて愕然としたまま、何もかも捨て去りたい気分に陥っていた。
「ののぉ〜…ののぉ〜!!!」
…うるさいなぁ…。
加護が泣き叫んでいるのを、あたしは虚ろに見つめたままそれ以上何を考えるのも止めた。
「のの…ううっ…」
あたしも、加護も、そこから一歩も動かなかった。

それからどのくらい時が流れたのかもわからず、二人でただ抱き合って泣き続けていた…。

「後藤さん、しっかりしてください」
…うるさいなぁ。疲れてんだから寝かせてよ、と口が動かずに心の中で呟く。
「後藤さん、後藤さん!!」
「…???」
あたしが目を見開くと、紺野があたしの体を揺さぶっていた。
どうやらいつの間にか気絶してしまったようだ。それに気づくのにそんなに時間はかからなかった。
まだ火は上がったまま…。
「後藤さん。ここは危険ですよ。早く降りましょう」
「……うん」
あたしは我に返り、手をつないで倒れ込んでいる加護を背中に負ぶさる。
「…紺野、かおりと辻は?」
「……多分、後藤さんの見たままだと思います」
…あたしと紺野はそれっきり、黙ったまま雪山を降り始めた。

あたしたちは駐車場のバスまでやっとの思いで辿り着いた。
カギは開けっ放しだったようで、すでに他の4人はバスに乗り込んでいる。
「後藤!かおりと辻は…」
圭ちゃんやなっちがあたしに近づくが、あたしは黙って首を振った。
それを見て、圭ちゃん、なっち、梨華ちゃん、高橋の4人も愕然と崩れ落ちる。
「そんな…何があったっていうの…」
なっちが悲痛な叫びを上げたが、あたしにはどうにも答えることなどできなかった。
「やぐっつぁんは?よっすぃーは?」
あたしが答える代わりに別の質問を返すが、よっすぃーもやぐっつぁんもぐったりしたままバスの座席でうな垂れていた。
「…とにかく、旅館に戻らないと。私が運転するよ」
圭ちゃんが、運転席に座った。
「急いでね、圭ちゃん」
あたしは抱きかかえた加護を隣の座席に下ろすと、運転席の横に立った。
「任せて…」
バスは走った。
静寂の中、バスは速やかに雪道を進んでいった…。