石吉後小説

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55桜系作者。
「―――ねぇ、梨華ちゃんってば」
「……」
いつまでも俯いたまま、言葉を返さない石川に苛立って
思わず、吉澤は舌打ちをする。

「いい加減にしとかないと、ウチマジでキレるよ?」
「………」
ただ、沈黙。
いつの間にこんなにも身長の差が開いてしまったのだろうか。
石川を見下ろす形になる、吉澤。目の前の石川が、妙に弱々しく感じる。
そして再び、舌打ち。

「――何とか言えよっ!」
声を荒げて、吉澤がそう口にする。
同時にビクッと石川の肩が揺れ、怯えた表情をする。
「……あ、の…」
そして、ようやく口を開き。開いた瞬間に、唇からは溜息が漏れる。
消え入りそうなその甘い声が今の吉澤にとっては耳障りだった。
「何?」
幾分、先程より優しい口調でそう問い返す。

「私……」
相変わらず、石川は吉澤とは目を合わせずに
どこか焦点を合わせようと探して、目線が床を這い回っている。
「私、あんなこと言うつもりじゃなかったの」
本当は、と小さく呟く。
吉澤も今はとりあえず、「聞く」という事だけに徹していた。

56桜系作者。:02/02/09 22:25 ID:gS7Udlf6
「ただ、どうなんですかって何度も聞かれて…」
そのもどかしい口調が、返って吉澤の神経を逆撫でる。
「忌々しい」そんな言葉が過ぎった。
疑惑を確信へと変えて、あたかもそれが事実であるかのように。
しかも自分の意志など無視されて、相手の口から偽りの事が話された。
自分のいない場所で。他のメンバーの前で。
その石川がとった行動は、吉澤にとってはあまりにも腹立たしい事。

「そう言われたら、さ。何か、否定できなくなっ…ちゃっ、て…」
語尾が震えている。
石川の肩も、小さく震えていて。
ぱた、と涙が床へとこぼれ落ちた。
「何でそんなこと…」
「だって!」
言い終わる前に、石川の甲高い声に遮られる。
突然の石川のその大声に驚いて、吉澤はハッと目を見開いた。
「……だって、だってね…」
「だって、何?」

「否定するのも、間違ってると思ったの」


57桜系作者。:02/02/09 22:36 ID:gS7Udlf6
―――否定するのも、間違ってる?

石川が何を言いたがっているのか、吉澤は理解に苦しむ。
「何で否定すんのが間違ってんの?…付き合ってなんかないじゃん」
「……それは、そうだけど」
掌を擦り合わせて、唇を尖らせる。
「でもね」
そう言って、石川はふと視線を上げる。
今度は真っ直ぐに、吉澤の目を見つめていた。
その表情があまりに美しくて。思わず吉澤は、ドキッとする。

「付き合ってはいないけど、別に好き同士じゃないわけじゃないもん」
好き同士じゃないわけじゃない…?
何を言ってるんだ、この女は。
「―――じゃ、好き同士ってこと?」
「…そ」
得意げな表情で、石川がこくりと頷く。

「……何でウチの気持ちが、アンタに分かるわけ?」
「それは…」
ほら、言えないじゃん。
吉澤は即座にそう感じる。
「それは、ひとみちゃんが私を好きだから」
一瞬戸惑ったのかと思えば、直ぐに出てきたその言葉。

「――――は?」
余りに、馬鹿げている。
吉澤は呆れを通り越して、鼻で笑った。
「本気だよ、私」
その吉澤の行動に、石川は相も変わらず真っ直ぐに見つめて。
笑おうともせずに。あくまでもそれを通そうと。


58桜系作者。:02/02/09 22:49 ID:gS7Udlf6
「本気だよ、とか言われても――」
「じゃぁ、ひとみちゃん…私のことキライ?」
潤んだ瞳。
見上げる目線。
指通りの良い髪と、甘い声。
錯覚する。
今、目の前にいるこの女は私の―――
「キライ、なんかじゃないけど…」
「じゃぁ好き?」
「そんな好き、とか言われても。さ」
「好きか、嫌いか。私の中にはどっちか一つしかないの」
何故そうまでして言い切ることが出来るのか、吉澤は不思議だった。
いちいち確信を持ったその言葉も、自信たっぷりの表情も。

「結局人間の気持ちなんてそれ一つじゃん。間とかあり得ないよ」
「……」
「そうじゃない?」
それは、そうかもしれない。
いや。この分野は自信がない吉澤にとってはただ分からないだけかもしれない。
「って言うかさ…」
「何?」
「そりゃ、梨華ちゃんのことは好きだよ?……好き、だけど…」
「そうでしょ?…だったらそれでいいじゃない」
いつの間にか、立場が逆転したのかとさえ思うほどだった。
差すような石川の視線と、それに戸惑う吉澤。

「や、好きって言ってもそれは友達としてだよ?仲間とか、そんな感じの」
「……分かってるよ、そんなの。でもそれは今だけ。好きは好きなんだもん」
「何?」
言っていること全てが不自然だ。
石川の口にすることは理解不能で、リアクションすら出来ない。
呆れることも出来なければ、妙に真剣な表情故に茶化すことも出来ない。
「要するに、いずれは…変わるってこと」
「――待って、梨華ちゃんの言ってることウチ意味わかんない」

「今はいいよ。わからなくても」
石川は、得意の薄幸そうな弱々しい微笑みを浮かべてそう呟いた。
「そのうちに、きっと分かるから―――」

59桜系作者。:02/02/09 23:00 ID:gS7Udlf6
吉澤は、もう酸素が不足してしまいそうな程だった。

果てていない後藤の事を、何とか宥めて。
高橋と小川を言いくるめて。
石川を呼び出して、問い質して。

そうしたら、意味の分からないことばかりを並べられてしまう。

みんな、みんなそうなんだ―――
あたしの気持ちはいつも無視されてばかり。
一方的に好きだ、とか抱いて、とか愛してる、とか。そんなこと言われて。
一体あたしはどうすればいい?
後藤とあんな行為に溺れても良いのだろうか?
石川にあんな事を言われて、黙ったままでいていいのだろうか?

あたしは誰のことも好きになんかなれない。
増して、女同士。
話していて楽しければ、それでいいんじゃないの?
仕事する時に、何気ない話をして。帰りには時々夕食を食べに行ったり。
久しぶりの休みに暇だったら、お互いに声をかけて買い物に行って。

気軽で、気兼ねなしに付き合える関係。
ただの普通の女友達。

それ以上に一体、あたしに何を求めているんだろう―――?
どこにでもいる16歳。
何に惹かれているのだろうか?
あたし自身は誰にも執着していないのに、どうして相手に執着される?
一方的に好き、とばかり口にされても。
返って虚しいだけ。

果てのない、旅路の始まりだった。