なんだかずっと胸騒ぎがして、仕事に集中できなかった。
だから、仕事が終わってすぐに連絡を取ろうとした。
「・・・ただいま電話にでられないところに・・・」
何度かけても繋がらない。
後藤は、電話を切る。
「・・・なにしてるんだろ?」
いつもならすぐにかけなおしてくれるのに----
そう思いながら夜空を見上げる。
保田がはじめて好きだと言ってくれたときと同じような満点の星空。
「けーちゃん・・・」
後藤の呟きに答えるかのように、携帯の着信音が鳴り響く。
「もしもしっ、けーちゃんっ!」
後藤は、発信者を確かめもせずにでる。
相手が保田だと信じていたからだ。
108 :
−−−:02/01/27 09:38 ID:QbzZCrc3
『あっごっちん?』
通話口から聞こえてきたのは、保田の声ではない。
「り、梨華ちゃんっ・・・?」
後藤は、思わず携帯を落としそうになる。
『びっくりしたー?』
石川が笑いながら言う。
びっくりどころじゃない。
まさに心臓が凍りつくとはこのことだ。
「え、うん・・・・あ・・・えっと」
後藤は、意味の分からない言葉で答える。
それに石川は微かに笑ったみたいだった。
『ごっちんっておかしいね。それよりさー、仕事終わったかな?』
「えっ、うん」
後藤がなにを話せばいいのか分からずに黙っていると、石川が声をかけてくる。
『それじゃー、今から私のうち来れる?』
「梨華ちゃんちっ!?なんで?」
後藤は、素っ頓狂な声を上げる。
(・・・そういえば、けーちゃんも梨華ちゃんち行くって言ってたっけ)
だんだん、混乱してくる。
『シチューつくったんだけどあまっちゃって・・・ごっちん、まだご飯食べてないでしょ?』
「そりゃ・・・食べてないけど」
どうして梨華ちゃんはこんなに明るいんだろう?
もっと怒ってるかと思っていたのに---
『じゃ、来てね、待ってるから』
石川は、一方的にそう言うと電話を切った。
「--けーちゃんが、なんか言ってくれたのかな・・・?」
どっちにしろ謝るなら今日がベストかもしれない。
後藤は、タクシーに乗って石川の家へと向かった。
「ふーっ」
後藤は、石川の部屋の前で大きなため息をつく。
---怖い。
さっき久しぶりに話した石川の声は、以前と変わらなくて
・・・だから、余計に怖かった。
(なんて言おう・・・なんて言おう・・・)
保田には、相変わらず繋がらない。
(どうやって謝ろう・・・)
いや、許してもらおうと思ったらダメなんだ。
ただ、自分の気持ちを精一杯、梨華ちゃんに言うしかない・・・よね?
「けーちゃん、後藤がんばるっ」
小さくそう呟くと、後藤はインターフォンに手をのばした。
110 :
−−−:02/01/27 09:40 ID:QbzZCrc3
「いらっしゃい、待ってたよ」
石川が満面の笑みを浮かべてでてくる。
「あ、あの梨華ちゃん」
「さっ、入って入って」
石川は、後藤の呼びかけを聞かずにすたすたと室内へと向かう。
お風呂を入れているのか、脱衣所のほうから微かに水の流れる音が聞こえた。
(・・・まさか、泊まれとか言わないよね?)
後藤は、石川の背中を見ながらそんなことを思う。
「ごっちん、お腹空いたでしょ、そこ座っててね」
後藤に背を向けたまま石川が、キッチンで鍋をかき混ぜながら言う。
「う、うん」
後藤は、戸惑いながらもすすめられ席に座る。
それにしても・・・と、後藤は部屋の中を見回す。
(ほんとにピンクだらけだ・・・)
と、後藤が落ちつきなくキョロキョロしていると
「ごっちん、保田さんとおなじことしてるね」と、いつのまにか
石川が後藤の前に皿を置きながら微笑する。
「へっ?けーちゃんと!?」
後藤は、石川の口からでた保田の名前に、一瞬、ドキッとする。
「うん、さっき同じようにキョロキョロしてた」
石川は、ゆったりとした動作で席に着く。
「そ、そう。で、けーちゃんは?」
「・・・もう帰っちゃったよ」
111 :
−−−:02/01/27 10:24 ID:vxT0qasI
(--なんだ、帰っちゃったのか・・・)
ってことは、あたしをここに呼ぶように梨華ちゃんに言って
謝りやすいようにしてくれたってこと・・・かな?
(・・・でもな〜)
梨華ちゃんの料理って「・・・・・・」って、やぐっつぁんが言ってたような---
しかも、肉デカっ!!
あたし、肉あんまり好きじゃないし・・・
コレって間接的な嫌がらせだったりして・・・
後藤は、チラッと石川を盗み見る。
「はぁ・・・」
(なんでこんなとこでシチューなんて食べなきゃいけないんだろ・・・)
それが、後藤の素直な気持ちだった。
112 :
3−9:02/01/27 18:05 ID:NKZFrjVl
「ん?」
石川と目があった。
後藤は、あわてて目をそらす。
石川が心配そうに「食べないの?」と言った。
「え・・・あ、じゃぁ、いただきます」
(まさか・・・死にはしないよね・・・)
後藤は、覚悟を決めてシチューの中にスプーンを入れる。
(・・・けっこう、ドロッとしてるな〜)
と少し躊躇っている後藤を石川はただニコニコと見つめている。
「・・・んっ」
後藤は、スプーンを口に運ぶ。
「おいしい?」
すぐさま石川が聞いてくる。
「・・・うん・・・」
後藤は、モグモグと咀嚼を繰り返し飲み込む。
その様子を見て、石川はさらに笑顔を深める。
113 :
−−:02/01/27 18:06 ID:NKZFrjVl
(今、言えそう、謝らなきゃ)
後藤は、しばしシチューを見つめて
「あ、あのさ、梨華ちゃん」と、顔を上げた。
「・・・なーに?」
相変わらずの満面の笑み。
「あ・・・・あのね、ゴメンっ!!」
勢いよく立ち上がり頭を下げる。
「あたし、その少しおかしかったって言うか・・・その、あんなことしちゃって」
後藤は、必死にお詫びの気持ちを表そうとしていた。
しかし、石川はそんな後藤を見てはじかれたように笑い出す。
「プッ、アハハ・・・やだー、ごっちんらしくないよー」
「・・・え?」
後藤は、その甲高い笑い声に驚いて顔を上げる。
「それに、私、怒ってないし」
石川は、小動物のように目をクルクルさせる
114 :
−−:02/01/27 18:07 ID:NKZFrjVl
「それよりも、シチュー美味しい?」
さっきから石川は、そればかりを聞いてくる。
そんなに、料理に自信がないんだろうか・・・
「---おいしいよ」
別に気になるほどまずくもない、
かといって特別に美味しいわけでもないが、後藤は、気を使ってそう答える。
「やっぱりね」
後藤の言葉に、石川は今までとちょっと違う笑い方をした。
それは不敵な笑いというのがぴったり来るような、彼女らしからぬ笑い方。
「・・・な、なんで、やっぱりなの?」
後藤は、明らかな態度の変化に戸惑う。
「ごっちんは、気に入ってくれると思っただけだよ・・・フフ」
「そ、そう・・・」
後藤は、シチュー皿を見る。
石川は、頬杖をついてそんな後藤を楽しそうに見ていた。