ごまよし高橋小川小説

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2月10日。伊藤直季。
「なにも起こんないじゃねえかよ!」
と、俺は愚痴った。
コンサート会場内を、さっきから見回っているのだが、いっこうに何も起きる気配がな
い。舞台では、ひとみ達が、クライマックスに向かい熱唱している。
 コンサート襲撃の犯行予告の信憑性はイマイチだったが、俺が出たあとも、公安が調
べているはずだった。まあ多分オタクかなんかのイタズラだろうが、『アイドルグルー
プなど、日本文化の羞恥であり、抹殺すべきものなり』なんて逝っちゃってる連中もい
るご時世だ。もっともアイドルの場合、ネット犯罪の被害が多い。合成写真の流出や、
3ちゃんねるとかいう掲示板などでは、誹謗・中傷は勿論、人権侵害ギリギリの発言も
在ると聞く。まあそんなのは俺の担当外だが…。
 俺の腰部にベルトを通して取り付けられたホルスターには、実弾5発入りのリボルバ
ー、ニューナンブM60が装備されている。ワイシャツの上には、防弾チョッキ。
 そもそもの経緯は小時間前遡る。
ケータイが鳴った。
「伊藤です」
『警視庁捜査一課の一倉だ』
一倉雄一。東大卒のキャリア組の1人だ。29の若さで捜査一課の管理官のポストにい
る。警備局の俺とは直接関係ないハズなのだが、何かあったのか。
『まだ裏はとれていない。だが、警備を厳重にして欲しい。宮城県警に応援要請をだし
た。警備課からけん銃携帯命令と、防弾チョッキ携帯命令を出した。捜査一課及び、警
備第一課より、捜査員が合流する。以後彼らと合同捜査をしてくれ。万が一の為、SA
Tも待機させる。それから、仙台署より、拳銃と防弾チョッキを受け取ってくれ』
「判りました」
そうんな、大げさな!!――映画じゃないんだから、コンサートが襲撃なんて、まず起
こるわけがない。まああってもイッってる奴が、暴れる程度だろう。

会場がワーと一段と盛り上がり、俺は視線を舞台に戻した。
全員が手を振りながら、舞台袖に戻っていく。
「終わりかよ」
お役目終了。ご苦労さん。
と言いたいところだったが、俺は思うところがあり、ダッシュで会場を飛び出した。
2月10日深夜。吉澤。
 疲れて床についた割には、私は、なかなか寝つけないでいた。
昨日とは違い、まだ慣れきっていない愛ちゃんや、亜弥ちゃんは、すでに熟睡していた。
「よっすぃ起きてる?」
私の左隣に寝ているごっちんが、言った。安倍さんと、矢口さんは同じ布団で(!)スヤスヤと寝てしまっているところを見ると、起きているのは私たち2人だけのようだ。
「ん?」
「昨日さ…」
「うん」
「なんで逃げちゃったのさ」
「逃げたって?」
「昨日、一緒に寝ようと思ったのにさ。起きたらよっすぃいないんだもん」
ああ…あのことか…。
「だってさ。ごっちんがど真ん中で寝ちゃうんだもん。私のスペースが無くなってたよ」
「重なって寝ればいいじゃん」
そんな無茶苦茶な。と思っていると、ごっちんが「ああいうふうに」と指を指した。
目を向けてみて驚いた。安倍さんが寝ている上に、矢口さんが重なって寝ていた。
多分、お互いの胸は、つぶし合ってる…ってなに想像してんだ?私。
「よっすぃってさ」
「ん?」
「ごとーのコト好き?」
「――好きだよ」
「ほんとに?」
「好き」
「じゃさ、なんでごとーの愛受け止めてくれないの?」
ったくもう!何でそんなセリフを簡単にはけるんだごっちんは。
「あのね…みんないるとこでまずいでしょ。…あした帰ったら家きていいからさ」
「ほんとに?!」
「うん。だから今日は…ね」
「は〜い」
妙に聞き分けが良くて、面食らう思いをしたが、ごっちんは、やっとこさ自分の布団へ帰ってくれた。やっとこれで眠れる。
それからものの5分としないうちに、私は深い眠りの底に落ちていた。