ごまよし高橋小川小説

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「はい、はい。お前は何処まで知ってるんだ?俺の両親が交通事故で死んだことは?」
「知ってる。合格発表の後、家に帰ってから聞いた」
「そ。その後、生命保険金もすべて、借金返済、ローン返済に消え、それでも、バカ親
父がサラ金で作りやがった借金はぎょうさん残り、奨学金をもらってもとても大学なん
て行ける状態じゃなくなった、ここまでは知ってるだろ?」
「うん」
「で、残された道は就職。俺は東京に出て、3月に警察官採用試験を受け、無事合格。
4月に警察学校に入り、翌99年4月に水上署警備課配属、で、しばらく水上署にいて、
去年の夏の連続婦女暴行及び殺人事件の犯人を偶然見つけて緊急逮捕、その功績で去年
の10月1日付けを持って警察庁警備局警備課に栄転。以上、おしまい。判った?」
「全然」
………。
「つまりだ!あの後警察官なって、犯人逮捕して、出世したの!」
「なーんだ、最初からそう言ってよ。ケイビとかボウコウとかコウボウとか、トンチン
カンなことばっかり言うから」
ベラベラとくっちゃべっている間にコンビニが見えてきた。運の悪いことにちょうど信
号が変わり、横断歩道の前で、信号が青になるのを待った。たぶん県道であろうその道
は、結構通りが激しく、待たないと渡れそうもない。
「でもさ」
「何だよ」
「なんで警察官に?検事になるんじゃなかったの?」
「あのまま慶応法学にいってりゃあな。でもさっき言ったように借金返すのがやっとだ
った。だから完全全寮制の警官なら家賃が安くて住む、3日に1回は泊まりだから、署
の設備を使えて、電気・ガス・水道料金の節約にもなる」
「それだけ?」
「そゆこと」
「単純」
「お前が言うな」
「何よ」
「青だ渡るぞ」
俺は足早に、道を渡り、正面のセブンイレブンに入った。結構でかい所だ。
「待ってよ!」
自動ドアじゃなく、手動の、あのちょっと重いドアだったので、開いて待っててやる。
「ありがと」
「なんか買うものあるのか?」
「別にー。直季は?」
「その呼び方はやめろ」
「なんでよー。今更先生ってのも変じゃん」
「そりゃそうだ」
「直季で良いでしょ」
「勝手にしなさい」
とりあえず、置くの冷蔵庫っていうんだろうか、飲み物の売場へ向かう。菓子売場で騒
いでいる中学生ぐらいの女の子の声が後ろに聞こえた。ふと見ると何処かで見た顔が3
人。誰だっけと思っていると、
「あれ?来てたの?」
ひとみが彼女たちに声を掛けた。
そうだ、課長に渡された資料に彼女たちの写真があった。確か、松浦亜弥と、高橋愛、
それと小川真琴だったかな?
ま、いい。俺は視線を戻し物色する。でかいだけ合ってあるある。ジャスミン茶に、玉
露入りのサッポロのお茶。どちらもご贔屓のお茶なのだが、意外と置いてある店が少な
いのが玉に瑕なやつだ。
お茶と、カレーパンなどを数個取り、レジに向かう。――一応領収書貰っておこう。
「どちら様宛で?」
「警察庁警備局の警備課会計係」
店員がチラと顔を見る。警察を名乗ったときの万人共通の反応だ。あまり気持ちのいい
ものではないが、もう慣れてしまった。
「もう行っちゃうの?」
領収書と釣り銭を受け取り、さっさと帰ろうと思っていた俺に、ひとみが声を掛けてきた。
「仕事中なんだ」
「そんな急がなくても良いじゃない」
さっきの3人の子達と話していたらしいが、すぐこっちに来た。流石に、3人とも俺を
見ている。…3人の美少女に見つめられるという物は人生そう無い経験だろう。悪いも
んじゃない。思うところがあり、ちょっと笑い掛けてやる。
「俺は行くから、あの子達につき合ってやれよ。後輩なんだろ?」
「ちょっと待ってよ!私が終わるまで待ってて」
「え?ああ。ま、いいけど」
そう言うと、ひとみは、「ちょっと待ってて」と、3人に声を掛け、パン売場でなにや
ら探し始めた。
3人の中の1人、確か小川とかいいった子が、俺に近づいてきた。
「あの…吉澤先輩のお知り合いですか?」
「昔ね」
「はあ」
「あいつが小6の頃、家庭教師やっててね、ま、詳しくはひとみに聞いて、なんだ?」
最後のはひとみに向かっての言葉だ。なにやらパンを幾つか抱えている。
「財布忘れちゃった」
「ご愁傷様」
「おごってよ」
「貧乏だって言ったでしょ」
「合格したら、ご飯おごってくれるって言ったじゃない、4年前」
そういえば、そんな約束したかもしれない。
「くだらないこと覚えてるのね」
「まだおごって貰ってないよ」
「もう時効」
「そんなこと言わないで!」
「わーたよ」
しょうがない。変に借りを残しておかない方がいいだろう。パン数個だったらせいぜい
500円くらいだろう。
「6772円になります」
「は?」
俺は店員の声に耳を疑った。ろくせんななひゃく?ちょっと待て!
「パンだけじゃないのか?」
見ると、さっきの3人が持っていた買い物かごもレジに乗っていた。見るとスナック菓
子の袋やら、ポテトチップだろう、筒状の物などが沢山、コンビニの袋に入れられてい
るのが目に入った。どうりで…。
「ちょっと待て!お前の分だけだろ」
「いいじゃない」
「いくない」
「もう1度正しく」
「よくない」
って何を言ってんだ俺。
「吉澤先輩、わたしたち払いますから」
と、3人の1人が言っている。よしよし、えらいぞ。
「ほら良いって言ってるじゃないか」
「けちけちしないの」
ったく。これ以上ここで争っても醜いだけだ。仕方なく俺は財布を出し、4人分の代金
を支払った。
「俺の月給いくらだと思ってんだよ」
「いくらなの?」
「手取り20万ちょい」
「やすっ!」
「悪かったな」
警官の、しかも20代のなんてそんなもんだ。
「じゃ、俺急ぐから」
これ以上奢らされたらたまったもんじゃない。俺はさっさと旅館へ引き上げた。