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116モーブタ
 其の6 真実

 ――悪天候のため、多少の揺れがございますが――

 アナウンスが続いていたが、これ以上は聞きたくないし、聞く必要もなかった。
飛行機の窓から見える、昼間だと言うのに薄暗い外の景色を、何も考えず、ただ
ぼんやりと眺めていた。
 時折見える稲妻にあの日の雷が重なってみえた。俺がなつみに正式にプロポーズ
したあの日の雷に。

   ――― ○ ―――
117モーブタ:02/01/27 00:21 ID:oAYlE1+B
 ちょうど中澤さんが卒業することを発表したころ、なつみはひどく落ち込ん
でた時期があった。薄々感づいてはいたが、やはりかなりショックだったらしい。
 元気付けようとドライブに行った日の帰り道、外は激しい雨が降っていた。

『今日は、ありがと。なっちね、元気になったべ』
『おう、そりゃ良かった。・・・なあ、なつみ』
『うん、なんだべ?』
『あのさ、お、俺と・・』
『俺と?』
 まっすぐに俺を見つめるなつみの目は、澄み切った一点の曇りもない子供の
ように輝いていた。俺は恥ずかしくなり、ふと目をそらしてしまった

『あのさ、約束憶えてるか?』
『約束?なっちなにか約束破ったべか?』
『違う違う、小さい頃3人でした・・』
『え!・・もちろん、憶えてるよ』
 その時なつみは、少しうつむいたまま悲しそうな顔をした。

『兄貴はもういないけど、2人でその約束を果たしたいんだ』
『・・・・でも・・』
『約束通り結婚しよう』
『!・・・で、でもあの約束は・・』

  (ピカッ)―――ドーンゴロゴロゴロ―――

 激しい稲光と共に大きな音した。その音に、なつみの言葉はかき消されて
しまった。

『な、何?よく聞こえない』
『・・・ううん、いいべ』 
『俺、どうしても約束を果たしたいんだ!』
『・・・・・』
『結婚してほしい』
『・・・うん。』
 顔を上げたなつみの目は、涙でいっぱいになっていた。俺はそのまま何も
言わず、黙ってなつみを抱きしめた。

   ――― ○ ―――
118モーブタ:02/01/27 00:23 ID:oAYlE1+B
 ―――当機はまもなく着陸態勢に入ります―――

 いつの間にか飛行機は北海道の上空を飛んでいた。空は相変わらず薄暗く、雲に
覆われていた。


 室蘭駅に着いた俺は、ふと空を見上げた。夕方だというのに空はもう暗く、雪が
舞い降りている。雪が見上げた顔にくっつき、消えていく。
「寒いな…」
 俺は一人つぶやきながら、早足で歩いていた。もうなつみのそばまで来ている、
気のせいかも知れないがそう感じた。

「・・・兄貴の所へ行こう・・」
 なつみはきっとそこにいる、そう思い俺は走り始めた。  

 兄貴は海の見える丘の上で1人眠っている。駅からそう遠くないその場所へ
たどり着いた。ここへ来るのは久しぶりだ。兄貴が死んでから一度も来てなか
った。なつみとの結婚の報告にと何度も来ようとしたが、忙しく来ることが
できなかった。

 曖昧な記憶を頼りに兄貴の墓を探す。やっと見つけたその場所に、なつみは―――

 ――― いた。
119モーブタ:02/01/27 00:24 ID:oAYlE1+B
 兄貴の墓をじっと見つめるなつみはピクリとも動かない。その頭や肩に、雪が
降り積もっていた。きっと長い時間ここにいるんだろう。

「・・・なつみ!」
「え、・・・!どうして」
「ごめん、どうしても気になって追いかけてきたんだ」
「ううん、なっちの方こそごめんね、そうだよね、心配するよね」
「いや、いいんだ。それより・・」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだ」
 そこまで言って次の言葉が出てこない。あれだけ聞きたいことがあったのに、
とまどう俺を見て、なつみはゆっくりと話し始めた。

「あのね、『約束』憶えてる?」
「え?あ、もちろん憶えてるよ、結婚して3人で・・」
「そう、なっちとおにいちゃんが結婚してそれで3人で暮らそうって」
「うん、だからなつみとおに・・・!」

 そうだ、そうだったんだ!結婚の約束をしたのは俺じゃない!なつみと・・・
・・兄貴だ!あの時、なつみは兄貴と・・・
120モーブタ:02/01/27 00:25 ID:oAYlE1+B
   ――― ○ ―――

『おにいちゃん、なっちとケッコンするべ』
『むりだよなつみちゃん、おとなにならないと』
『えー、いまがいいべさ』
『じゃあ、おおきくなってからけっこんしよう』
『おとなになったらー、ケッコンしよーね。そして、3にんでくらすべ』
『うん、わかった』
『ちいにいちゃん、きいてる?』
『お、おう』
『うぇーん、おにいちゃーん、ちいにいちゃんがきいてないべ〜』
『きいてるのか?』
『お、おう、きいてるぞ』
『なつみちゃんとけっこんしたら、3にんでくらすんだぞ』
『わかってるって』

   ――― ○ ―――
121モーブタ:02/01/27 00:26 ID:oAYlE1+B
 全てを思い出した。俺はいつの間にか、自分が約束したと思い込んでいたんだ。
だから兄貴は死ぬ直前になって、俺になつみを守れって・・・、自分が約束を果
たせないから俺に・・・。

 呆然と立ち尽くす俺になつみは話し続けた。

「なっちはね、お兄ちゃんのことずーっと好きだった。ほんとに結婚するつもり
 だった。お兄ちゃんが死んじゃうまでは」
「・・・・」
「でも、お兄ちゃんが死んじゃってから、ずっとなっちのこと守ってくれた人が
 いたの」

 そう言って、なつみはじっと俺を見つめる。

「だから、この人と一緒にいようって決めたの」
「・・俺・・・ありがとう」
「ううん、なっちこそ、ここまで来てくれてありがと」
 そう言いながら雪の中で微笑むなつみは、まるで天使のように見えた。
122モーブタ:02/01/27 00:29 ID:oAYlE1+B
「で、でも、その事とこの場所まで俺に黙って来た事と・・」
「う、うん、あのね・・」
「・・・」
「お兄ちゃんにちゃんと話したかったの」
「兄貴に?」
 なつみはじっと墓石をみつめた。
「なっちは今とても幸せです。お兄ちゃんが、なっちとの約束を守ろうとして
 くれたおかげです。ちい兄ちゃんは、今もちゃんと守ってくれてますって」
「・・・そっか」
「それと・・・ほんとは怖かった」
「え?」
「約束の事・・本当の事を知ったら、もうそばにいてくれないんじゃないかって・・
 だから、ずっと悩んでた」

 (そうだったのか、そのことでずっと・・)

「だから、ここに来て決心しようと・・・」
「わかった、もういい、もういいんだ」
「・・・」
 そう言って、俺は兄貴の墓へ線香を上げ、手を合わせた。

「・・・兄貴、なつみは俺が守る、これからもずっと。それと・・・ありがとう」
 なつみは、ただポロポロと涙を流しながら俺を見ていた。

「なつみ、帰ろう。みんなが待ってる」
「うん・・帰るべさ!」
 笑顔で答えるなつみの顔には、もう不安のかけらも残ってなかった。

 2人は並んで歩き始めた。白く染まった地面に2人の足跡だけが残っていく。
俺は、飯田さんから手渡された写真をふと思い出し、取り出し眺めていた。
 2人で眺めていると、写真の裏に何か書いてあるのを見つけた。薄くかすれた
その文字にはこう書かれてあった。



  ―― これからも、2人仲良くな ――


                         完