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100モーブタ
 其の4 遺言

  トゥルルルルー トゥルルルルー

 少し間をおいて飯田さんへ電話をかけてみた。しかし、なかなか出ない。
仕方なく電話を切り、どうしようか悩んでいると電話がなった。番号は
飯田さんだった。

「はい、飯田さん?」
「やっぱり、かけて来たわね」
「や、・・・!(この声は保田さんだ。なんで?)」
 ちょっとドスのきいた、怒ってるような声で保田さんは続けた。
「あんたねぇ、なっちのことちゃんと考えてんの?」
「は、はい、もちろん」
「じゃ聞くけどなっちのこと分かってあげてる?」
「・・・それは、」
「なに?」
「ちょっと前までは分かってるつもりでした。でも、今は」
「・・・・・」
「なつみの気持ち理解できてないって・・、気付きました」
「それとあんた、なっちと『約束』で結婚したの?」
「ま、まあ、そう・・です」
「あんたがそんなこと言ってるからなっちは・・(圭ちゃん、やめなよ)」
 後ろから声がする、この声は飯田さん?
「だって・・(それ以上はダメ!)」
 2人が何か言い合ってるが、よくは聞こえなかった。
101モーブタ:02/01/21 23:20 ID:ux2eOMdS
「ごめんね、圭ちゃんちょっと酔ってて」
「飯田さん!いや、いいんですよ」
「なっちのこと、だよね」
「・・はい、何か聞いてませんか?」
「うん、そのことなんだけど・・(あんたが悪いー)け、圭ちゃん!」
「俺が、悪い?」
「あ、ごめん。明日も一回かけ直すわ」
「あ、あの、なつみは・・・」
「大丈夫、心配しなくていいよ。明日話すからさ」
「は、はい・・・」
 俺がなにかしたのか?でも何も思いつかない。『約束』を守ったことが
いけなかったのか?もうこれ以上考える力も湧いてこず、電話を切ると同時に
ソファーに座り込んだ。

(どこいったんだよ、なつみ――――)
 ソファーに座ったまま意識が薄れていった。

   ――― ○ ―――
102モーブタ:02/01/21 23:21 ID:ux2eOMdS
『おとなになったらー、ケッコンしよーね。そして、3にんでくらすべ』
『うん、わかった』
『ちいにいちゃん、きいてる?』
『お、おう』
『うぇーん、おにいちゃーん、ちいにいちゃんがきいてないべ〜』
『きいてるのか?』
『お、おう、きいてるぞ』
『なつみちゃんとけっこんしたら、3にんでくらすんだぞ』
『わかってるって』

 あれ?、これ俺だ。「ちいにいちゃん」だって、そういえばなつみ俺のこと
そう呼んでたっけなあ。なつみも兄貴も小さくてかわいいなあ。『約束』した
ときだ、このときだったんだよな。

   ――― ○ ―――
103モーブタ:02/01/21 23:22 ID:ux2eOMdS
『うぇーん・・・』
『もう泣かないで、なつみちゃん』
『グス、おにいちゃん・・』
『帰ってくるから、きっとまた帰ってくるから』
『ちいにいちゃん、・・・かえってくる?』
『お、おう、かえって・・くる』
『わかった、なつみまってる。ず〜っとまってるべ』

 これ、俺と兄貴が東京に引っ越すときだ。兄貴の病気が悪化して、東京の
いい病院に入院するって・・・。結局たすからないのに・・・。

   ――― ○ ―――
104モーブタ:02/01/21 23:23 ID:ux2eOMdS
「・・・夢・・か」
 なつかしい、少し胸が苦しくなる、そんな夢だった。兄貴が夢に出てくる
なんて久しぶりだ。ふと、ソファーに置いてあったアルバムが目に入る。
何も考えずに手に取り、パラパラとめくった。そこには、ベットの上でで笑う
兄貴の姿があった。
 写真を見ながら、あの時のことを、突然兄貴に病室へ呼び出されたあの日の
ことを思い出した。
105モーブタ:02/01/21 23:23 ID:ux2eOMdS
『なあ、頼みがあるんだ』
『なんだよ、兄貴』

 兄貴・・・、すっかり痩せちまって肌も真っ白だ。東京に来て病室から
出たことなかったからな。そんな兄貴は、真剣な顔をして話し始めた。

『なつみの事なんだ』
『なつみ?』
『ほら、室蘭にいた頃いつも一緒にいた』
『あの泣き虫なつみか』
『3人で約束したの覚えてるか?』
『約束?』

 俺は約束のことを憶えていなかった。兄貴は、なにか思い詰めてるような、
少し暗い目で、じっと俺のこと見ながら話を続けた。

『ほら、結婚したら・・ってやつ』
『あ〜、そういえばしたような』
『守れよ』
『え?』
『おまえが結婚してなつみを守るんだ』
『は?なに言ってんだよ、10年ぐらい昔の事だぜ』
『ダメか?』
『ダメも何も、もうずっと会ってもないのに・・・』
『会わせてやるよ』
『兄貴が?』
『会えたら約束守れよ』
106モーブタ:02/01/21 23:24 ID:ux2eOMdS
 このとき、兄貴がなに考えてるか分からなかったけど、兄貴が死んですぐに
分かることになる。
 この1ヵ月後、兄貴はこの世を去った。最後に俺へ置き土産を残して。皮肉にも
この置き土産が、兄貴の言葉通り俺となつみをめぐり合わせることになった。


『僕が死んだら室蘭に埋めてほしい。それとなつみに知らせて欲しいんだ』
 死ぬ間際、お袋にそう言ったらしい。これが兄貴の遺言になった。親父とお袋は
言葉通り、兄貴の亡き骸を室蘭の海の見える丘の上に埋葬する事を決めた。
 兄貴との最後の別れ、小さくなった兄貴の入った壷を持つ俺のすぐそばには、
なつみが立っていた。泣きはらしたのか真っ赤になっている目には、涙は
残ってなかった

『どうして・・・約束・・・・したのに・・』
 なつみは小さな、声にもならない声で呟いていた。俺はその声をしっかりと
聞いていた。


 この時から、2人は始まった。なつみを守るため、なつみとの約束を、兄貴
との約束を守るために。


    其の5へ続く