小説『OLやぐたん 其の弐?』

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502L.O.D
突然、フッと顔を上げると、後藤はつぶやきました。
「なんだろう、この匂い」
「あ、本当だ」
後藤に言われ、吉澤も匂いに気付きました。
甘酸っぱくそれでいて瑞々しい
ただの匂いとは思えないいい匂いでした。
2人は大きく息を吸い、吐き出しました。
「よっすぃ、アーンってして」
真っ赤で、大きな苺。
加護の小さな手が吉澤の口元に伸ばされてました。
まるでいままでそこにいたかのように
向いの席には保田と辻、加護が座っていました。
吉澤は加護の差し出した苺を食べました。
口の中にさっき嗅いだあの匂いより
もっともっと強い苺独特の甘酸っぱさを感じました。
(なんておいしいんだろう、加護、まだ持ってないのかな?)
「そんな顔して、私の食べていいわよ」
保田は優しげに笑い、吉澤にくれました。
「いいなぁ、よっすぃ」
辻は口元をベタベタにしながら、言いました。
503L.O.D:02/03/09 04:47 ID:liaVmM32
「辻、あんたもう全部食べちゃったの?」
「うん、すっごいおいしかった」
「まったく、、、ごっちん、よっすぃからもらって」
「うんっ」
「この辺りの苺はいっぱい光を浴びてるから
 そのままにしてても、良く育つし
 すごいおいしいんだよ」
「ねっ!すごい海っ」
辻が窓の枠にしがみつき、声を上げました。
そこは、先ほどまでいた光の川から
あのサラサラと音を立てていた光が
ずっとずっと、皆の見えない果てまで広がって
まるで海のように見えるのでした。
「綺麗ね・・・・・・」
保田はその風景を見ながら、少し悲しげな顔をしました。
「おばちゃぁーん、泣いちゃダメー」
「泣いたら、顔見れなーい」
「な、泣かないわよっ」
504L.O.D:02/03/09 04:47 ID:liaVmM32
後藤が3人に聞きました。
「どうして来たの?」
「電車に乗ってたらね、脱線したの」
「おばちゃんに送ってもらう途中だったんだけど・・・」
「ま、そういう事よ」
「そっかぁ」
吉澤はその会話が耳を通り抜けても
まるで、なにかアクセサリーがどこに行ったか
探している時のような
本当になにげない会話のような気がしたのです。
「こんなに綺麗なものが見れるなんて幸せね」
「ねー」
(幸せってこういう事なんだね)
5人は言葉も少なに、ただただ列車が行き過ぐ
その風景をボーッと眺めていました。
すると、確かに、心があたたかくなり
なんとも幸せな気分になってきました。
次第に辻と加護は眠ってしまい
それぞれにひじ掛けなどにもたれかかっていました。
いつの間にか、後藤と保田は吉澤が聞いていても
何をしゃべっているのか分からない言葉でしゃべり始め
吉澤もそれを聞き流していました。
505L.O.D:02/03/09 04:48 ID:liaVmM32
(あぁ、私、1人だ)
ある日の事を思い出しました。
それは本当に何気ない事だったのです。
プッチモニに入りたての頃
ダンスレッスンの時だったはずでした。
吉澤は1人、うまく出来なくて
休むヒマも惜しんで踊ってました。
楽しげに談笑する後藤と保田を
鏡ごしに見た時に感じた
1人の世界でした。
それは時に、モ−ニング娘。で仕事をしてる時も感じました。
どこかあの輪の中に自分が参加していないようなイメージを
フッとした一瞬、感じたのです。
隣には石川や後藤もいるし
辻、加護は抱きついてくるし
保田や中澤は気にかけてくれるし
安倍や飯田も優しい視線を投げかけてくれるのです。
なのに、吉澤は1人だと感じました。
506L.O.D:02/03/09 04:49 ID:liaVmM32
(私は今、幸せなんだろうか)
辻と加護も起きだして、4人で話してる姿が
どこかうっすらぼんやりとして
よく見えなくて、吉澤は目をこすりました。
窓の外にはっきりと、弱々しく光り続ける青い炎を見ました。
(なんて、美しいんだろう。
 私の人生はあんなに輝いてるだろうか。)
吉澤はじぃっと炎を見続けました。
時折、端々に見える巨大な森から溢れ出す
強い風に吹かれ、揺らめぐも
またそれが美しく見えました。
(あぁ、、、美しい・・・・・・)
周りに座ってる者など目には入らず
ただその炎を見ていると
どうしてもそれが欲しくなってきました。
(ごっちん、私、行くよ・・・・・・
 私はあの炎が欲しいんだ。 
 あの炎みたいに、輝いてみたいんだよ)
507L.O.D:02/03/09 04:50 ID:liaVmM32
途端に、耳の奥に聞き慣れたメロディを耳にして
吉澤の目は列車の中に引き戻されました。
高々と聞こえるハレルヤの声。
鳴り響くホルンの音。
「もうすぐ着くみたいだね」
「な、のの、なにして遊ぼか?」
「とりあえずお腹空いたんでー」
「苺食べたじゃん」
列車の周りは真っ白なベールで覆われたように
時折、ゆらゆらと影を作りながら
過ぎていきました。
吉澤はそれを見て、どうにも悲しくなり
俯きました。
(なんで、この会話に入れないんだろう。
 寂しい。誰か話しかけてよ。
 ここにいるんだよ。
 なんで、無視するの?)
保田が立ち上がりました。
「なー、ごっちんも一緒に行こ?」
「行こうよ」
「ん、私はもう少し向こうなんだよ」
「えぇー、ごっちんと一緒がいいよ」
「ほら、もう降りるよ」
508sage:02/03/09 04:51 ID:liaVmM32
(私は?私は一緒じゃなくていいの?)
「ねーおばちゃぁん、もうちょい金払って乗っていかへん?」
「私もお別れしたくないよ」
「ダメ、あんた達はここで降りるんだから。
 ほら、最後にキスしてあげて」
(最後の、、、キス?)
吉澤の頬に辻と加護が口付けました。
「あ・・・・・・」
もうそこに3人の姿はありません。
列車はゆっくりと動きだし、
吉澤が思ってるよりいっそ早く
その速度を速めました。
「行っちゃう、3人が行っちゃうっ!」
吉澤は立ち上がり、通路を走りましたが
先に見えてるドアへいつまでも辿りつけず
窓から飛び下りる事も出来ず
仕方なく後藤のいる席に戻ってきました。
509L.O.D:02/03/09 04:53 ID:liaVmM32
彼女は眠ってました。
その首はスラッと長く
また白く艶かしく感じました。
濡れた唇も彼女という存在になり得るくらい
輝いていました。
その寝顔はとても幸せそうでした。
(ごっちん、寝るの好きだもんな幸せなんだろうな。)
吉澤は彼女の向いの席に腰掛け、考えました。
(私の幸せってなんだろう)
朝起きて、ご飯を食べて
学校に行って
仕事場に行って
楽屋に行って
おしゃべりして
歌を唄い、ダンスを踊り
たまにみんなでご飯に行って
家に帰ってきて
お風呂に入って
寝る。
なにげない日々。
自分は何が楽しくて
何が楽しくないんだろうか。
510L.O.D:02/03/09 04:54 ID:liaVmM32
後藤が目の中に映りました。
親友。
こんなに気が合う人はいない。
笑う時も泣く時も喧嘩する時も一緒。
「ごっちん・・・・・・?」
吉澤は後藤の頬を叩きました。
すぐに胸に顔を当て
その心臓が脈を打っていない事に気付きました。
「ごっちん!?」
呼吸もありませんでした。
吉澤はただただ後藤を抱き締め
その名前を呼んで、
泣き叫ぶ事しか出来ませんでした。
次第に全てが闇に包まれて
延々と泣き止んだ頃
後藤の温もりもなくなっていて
ただ1人真っ暗やみに残されて
疲れ、倒れ込み
いつしか眠っていた吉澤が目を開きました。
そして、何もないその世界で
何もない空を見て思ったのです。
(幸せって、誰かと一緒にいれるから幸せなんだ)
511L.O.D:02/03/09 04:55 ID:liaVmM32
ぼやけてた空が急に開け
背中に固いコンクリートの冷たさを感じました。
顔を動かすと、そこにはひっくり返ったタクシーがありました。
「あ、、、、これって」
「おい!女の子が意識戻ったぞ!!」
「救急車まだか!!」
(銀河鉄道の夜だよ、、、、あれ、、、
 あの話ってどんなんだっけ・・・・・・)
吉澤は身体を起こすと、慌てて回りの人が寝かせました。
「う、動かない方がいいよ!」
「はぁ・・・・・・」
心配そうに吉澤を見る恐らくは近所の人。
「あの・・・」
「なに?なにか欲しいかい?」
「銀河鉄道の夜ってどんなお話でしたっけ?」
「宮沢賢治の?」
「はい」
「あれは、、、、」
512L.O.D:02/03/09 04:57 ID:liaVmM32
「あれは、、あれだ。友達と2人で列車に乗ってだ」
「そう、銀河を旅に行くの。」
「でも、それは死ぬ人が乗る列車なんだよな」
「!!?」
吉澤はポケットに入っていた携帯電話を探り当て
ボタンを押すと、幸い壊れてはいなかったようで
ごっちんという文字が液晶に表示されました。
(いやだよ、そんなの・・・・・・
 そう、あの後、目を覚ましたジョバンニが丘を降りると
 カムパネルラが川に落ちて・・・・・・
 ダメだよっ!!ごっちん!!!
 かかって・・・・・・!)
呼び出し音が続く時間がヤケに長く感じる。
『・・・・・・』
「ごっちん!!」
『・・・・・・』
「ごっちん、死んでない!?」
『んぁ?』
「生きてる、、、」
『今ね、夢見たんだよねー、、、』
その声はどうにも寝起きの声。
吉澤は声が詰まり、うまく返事が出来ませんでした。
513L.O.D:02/03/09 05:01 ID:liaVmM32
『メンバーがみんな出てきたんだけどー、、
 なんか列車に乗って、すっごい綺麗なとこ旅してたの。
 だけど、急に悲しくなって、泣いて目覚ましたんだ。
 明日、腫れちゃうかなぁ・・・・・
 そういや、なんかこんなお話なかったっけ?』
「、、、、銀河鉄道の夜だよ」
『あー、うちに本あったなぁ。
 明日持っていくから、よっすぃ読もっか?』
「うん、読もう」
『じゃ、後藤寝るねー。おやすみ』
「おや、、す、、、、」

  ガシャン・・・・・・

吉澤の手から転がり落ちた携帯電話。
「ちょっと!!」
「あっ!」
「スゥ・・・・・・」
小さな寝息。
彼女は穏やかな寝顔で眠ってしまっていました。
一体、、、どんな夢を見るのでしょうか。