「わぁ・・・・・・」
しばらくの間、車両の下を流れていく小さな小さな光の粒に目を奪われ
窓から顔を出し、サラサラと音をたてる様に聞き入っていました。
遠くには時折、赤や橙色をした光が点々と見え
何かの折に、一面、真っ白なこの地面が虹のように色を返る中で
鮮やかに輝いていたのでした。
フッと前の窓が開いたのに、気付き、目をやると
長い茶髪が風に吹かれ、なびいています。
「ごっちん!?」
「んぁ?」
「なんでいるの!?」
加速し始めた列車が切る風のせいで
声が流されてしまい
後藤には聞こえないようで
2人は顔を見合わせ、困り果てた様子だったのですが
窓を閉めて、話せばいいと気付き、笑い合いました。
吉澤が窓を閉めようとすると、もう古くなってしまった
この金属製の窓枠が思うように閉まってくれず
顔を赤くしていると、後藤がやってきて
いとも簡単に閉めてくれたのでした。
「ありがと」
「隣、いい?」
「うん」
「リハーサル疲れるねぇ」
後藤は突然こんな世界にいる事は造作もないように
ごく普通に話し出し
吉澤も後藤があまりに自然体なので
ここがどこなのだろうという
心の奥底で渦巻いていた問いも忘れました。
「梨華ちゃん、大丈夫かなぁ」
「きっと直るよ」
「そうかなぁ・・・・・・」
「あ、ほら、よっすぃ、見てよ。
あれ、アンドロメダだよ。」
後藤の手の中には綺麗に磨かれた黒の中に
今、窓から見えるこの光のごとく
小さな白い粒が幾つも混じった黒曜石の星座盤が握られており
それと、空に浮かぶ女性の姿を見比べると、
真っ暗闇に浮かぶ光の粒の中でもはっきりとその姿は見えたのです。
「わぁ・・・・・・」
2人はその後、しばらく言葉を失い
窓の外の世界に見とれていました。
列車は光の中を駆け抜け、
優雅に走るペガサスさえも抜いていきます。
「2人はどこまで行くの?」
声をかけられ、驚いて顔をあげると
そこには飯田が立っていました。
「いや、、、分からないですけど」
「そっか、圭織、次で降りるんだけど
次の駅は20分近く停車してるから
降りてみるといいよ、すごく綺麗だから」
そう言いながら、飯田は鞄の中から二つ
銀紙に包まれたチョコレートを取り出し
2人に差し出しました。
「食べる?」
「ありがとうございます」
口の中に放り込むと、まるで溶けるように広がり
ほのかなカカオの香りが口いっぱいに感じました。
「ねぇ、幸せってなんだと思う?」
「・・・・・・さぁ?」
飯田の目が外を見たのにつられ
2人も外を見ます。
黄金色にまばゆいまでの光を放つススキが
風に揺られ、まるでペルシャ絨毯のように
波打ってる様が見えました。
「すごくね、曖昧なんだけど
きっとその人が楽しいとか嬉しいって思えたら
幸せなんだと思うのね。
お仕事とかさ、練習辛いけど
ライブの時、お客さんの顔を見ると
圭織は幸せだって感じるな」
列車は急に減速し、停まりました。
飯田は立ち上がり、先に座っていた席の上にある
荷物置きから大きなバッグを下ろすと
2人に微笑みかけ、行ってしまいました。
「うちらも降りてみようか」
「うん」
車室から出て、辺りを見回すと
もうそこには飯田の姿はありませんでした。
2人は歩きだし、しばらく来たところで立ち止り
大きく息を吸ってみました。
鼻や口と言わず、様々なところから
冷たい凍りつくような空気を感じます。
でも、それが気持ち良くて
何度も繰り返すと、ぼんやりしてた頭が
すっかり晴れやかになって
目の前に広がる景色がより美しく見えるようになりました。
「ねぇ、あそこの人、なにやってるんだろ?」
広々とした光の中で1人縮こまり
座っている人を見つけ
後藤が走りだしました。
「待ってよ!」
置いていかれるのは不安で吉澤も一生懸命走りました。
「なにやってるんで、、、梨華ちゃんじゃん」
追い付いた頃には後藤が彼女に話かけており
上げた顔はまさに石川だったのです。
「あ、ごっちーん。よっすぃも来たんだ」
「1人でなにやってんの?」
周りには誰もいません。
石川の手に握られてるのは
まるで子供が使うようなおもちゃのピンクのくまで。
「うんとね、ここに綺麗なピンク色した宝石があるんじゃないかって」
「へぇーー」
「見たいね」
「一回だけ見せてもらったんだけど
すごく綺麗だったの!」
石川の笑顔はこの地面の光に負けないくらい
キラキラと光っていて、可愛らしく見えます。
吉澤は、光の中に手を入れ、それをすくいました。
それは、まるで砂のように細かくて
またよく見ると、青や緑など様々な色のものがありました。
「2人はなにをしに来たの?」
「えっと・・・・・・」
「サザンクロスに行く」
吉澤がその答えを探し、迷ってると
後藤はにベもなく答えました。
それを聞いた石川は少し悲しげな顔を浮かべながら
腕にはめた時計を見ました。
「そっか、もうお別れだね。
ここから走っていけば、まだ列車には間に合うよ」
「じゃ、がんばってね」
「うん、じゃぁね」
後藤に手を引かれ、吉澤が振り向いた時には
そこに石川の姿はなく、その不思議な出来事に首をかしげました。
幾らもしない内に列車の窓の灯が漏れているのが見え
あっという間に橙の駅標まで辿りつきました。
2人が車室に戻り、一息つくと
すぐに汽車は走りだしました。