小説『OLやぐたん 其の弐?』

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392L.O.D
第一章 視線

安倍なつみは目を覚ます。
布団のかかってない肩が少し寒い。
目の前に、矢口の顔があった。
昨日の夜は矢口1人帰すのが不安で
自宅まで送ったのだが
帰り際、袖を引っ張る彼女の姿を見ると
帰れなくて、泊まっていった。
お風呂も2人で入った。
あまり交わす言葉もなくて、布団に入ると
矢口は胸にしがみついて泣き出した。
安倍はそれをそっと抱き締める事しか出来なかった。
その跡が頬に残ってる。
「まりっぺ・・・・・・」
矢口も目を覚ましてしまったらしく
うっすらと目を開ける。
「あ、、、」
「おはよ」
「・・・・・おはよ」
起き上がると、矢口はまだ布団の中で眠たげにしている。
テーブルに置いた携帯電話を手に取り、時間を見た。
午前10時。
ゆっくり眠れた。
そういえばスケジュール表を見てない。
今日の仕事、いや、これからの仕事はどうなるんだろう。
テレビは報道してるんだろうか。
部屋に置かれたテレビが目に入る。
リモコンに手を伸ばそうとした時
矢口の小さな手が必死に掴んできた。
「やだ・・・・・・」
安倍の考えた事が分かったのだろう。
小さく首を振る姿が可哀想で
自らの涙を堪えながら
ギュッと抱き締める。
それしか不安をやわらげる方法が見つからなかった。
393L.O.D:02/02/15 13:39 ID:txhV+bRy
全ての仕事がキャンセルされたものの全員事務所に収集される。
午前中、娘。関連のスタッフ、社長以下幹部による会議が行われ
これからの事は決定されたのである。
事務所の電話が鳴り止む事はなかった。
メールサーバーはパンクした。
そんな中でメンバーは事務所の一角の会議室にいた。
誰もが沈痛な表情を浮かべていた。
ドアが開き、やってきたのはつんくだった。
「今回はみんな突然の事で驚いてるやろし、
 俺も本当にビックリした。
 それにこんな風に別れてしまう事になって
 ショックを受けてるやつもおると思うけど
 どうしてあーなってしまったんか追求せなあかん。
 今後のスケジュール上、あまり警察の方に出向く時間は作られへんから
 今日のうちにそれぞれ個室に入ってもらって
 記憶してる事、思ってる事を言ったり
 質問に答えてもらうから・・・・・・」
黙って、うなづくメンバー。
「じゃぁ、廊下でマネージャー待ってるから行きな」
うながされ、席から立ち上がり
1人、また1人と消えていく。
394L.O.D:02/02/15 13:40 ID:txhV+bRy
「なにか最近、変わった事はありましたか?」
事務所内のアーティストやレコード会社の担当などと会話するための
ブースの中には刑事が2人待っていた。
石川梨華が席について、最初の質問はそれだった。
彼女の口からは躊躇わず、すっと言葉が出てきた。
「あのですね、、よっすぃ、、吉澤さ、、、」
「あぁ、大丈夫ですよ、さすがに分かるんで」
柔和な笑顔に緊張が少しほどける。
「今朝、事務所の前で会ったんですけど
 挨拶もしてくれなくて・・・・・・」
「それは今朝だけですか?」
「いえ、最近、ずっとそうでした。」
「吉澤さんは、被害者の中澤さんに、その・・・・
 特別に感情を抱いてたとかはありますか?」
「は、はい、、、、よっすぃは中澤さんが、、、、」

2000年5月

市井紗耶香卒業コンサートを間近に控えたある日。
練習場の片隅で辻と加護がふざけていた。
音楽が途中で止まる。
ツカツカと近寄ってきた中澤の顔は
明らかに怒っていた。
「いい加減にせぇっ!!!」
空気の振動すら分かりそうなぐらいの大きな声だった。
「お前等、遊び腐って!
 あぁっ!さっき踊れてたんか?
 フリ完璧だったんか!?
 遊んでるヒマあったら練習せぇや!!」
しぶしぶという具合に立ち上がり、
鏡のある空いてるスペースに向かう辻と加護。
「吉澤も石川も全然踊れてへんかったやないかっ!
 一緒に行って、踊れっ!!」
パイプ椅子に座って、飲み物を口にしてた吉澤は
前に立ちはだかるリーダーの姿を一瞥した。
「ひとみちゃん、、、」
完全にとばっちりのような怒声に吉澤の不満が
今にも爆発しそうな感じもあったが
椅子にかけてあったタオルを掴むと
吉澤は早足で去った。
石川も心配そうにそれを追った。
395L.O.D:02/02/15 13:41 ID:txhV+bRy
「なんやねん、あれ」
4人は帰り、ファーストフードに寄って
ハンバーガーを食べながら
不満をダラダラと口にした。
ある意味、日常の出来事と化してしまった反省会。
加護が不満そうに言う。
「まぁ、でも、踊れてなかったから、、、ねっ?」
石川はその場を修めるような事を言うと
向かいに座る吉澤の目が鋭く突き刺さった。
こういう時の吉澤の目は酷く冷たくも見え
逆に燃えてるようにも見える。
「なに、、、?」
「私はずっと嫌いだから、あの人」
吉澤は4人の時は決して中澤の名を呼ぶ事はなかった。
嫌いだった。
中澤の大人という強みが嫌だった。
バレーボールは6人が1つとならなければ完成しない。
強烈なアタッカーなどがいたとしても
他のメンバーがいらない事はありえない。
ただ、中澤は年長者だから引っ張るのではなく
ただ上から見下してるようにしか見えなかった。
その後もずっと、吉澤と中澤が合見える事はなかった。

「嫌いですよ」
別の個室の吉澤ひとみはいともたやすくそう言ってのける。
その顔は無表情だった。
「あなたがやったわけではないんでしょ?」
「当たり前じゃないですか」
「・・・・・・」
完全に刑事を手玉に取るようなしゃべり。
その姿はテレビやラジオでみるアホさ爆発の吉澤ではなかった。
「中澤さんってなんで死んだんですか?」
「頭部を何かで殴られた・・・・・・」
「ふーん」
「なんか心当たりは?」
「別に。毒でも盛られたのかと思った」
淡々と語るその言葉に感情はない。
逆に死んだ事が彼女にとって幸いというような態度にも見えた。
「私以外にも中澤さんが嫌いな人なんていっぱいいるよ、、、きっと」

396L.O.D:02/02/15 13:46 ID:txhV+bRy
昨日、AM11:30
中澤裕子はスタジオの入り口に姿を見せる。
「おはよーございまーす」
スタッフとすれ違った彼女は
モーニング娘。時代と変わらない
きっちりとした挨拶を交わした。
そのまま楽屋に向かう。
娘。の楽屋の隣だ。
一応、荷物は自分の楽屋に置く。
鏡の前にスケジュール表があった。
そこでメイク開始の時間をチェックして
意気揚々と娘。の楽屋へ行く。
「やっほー、裕ちゃんやでぇーー」
保田と紺野、それに新垣がいた。
「おはよ、裕ちゃん」
「おはようございます、よろしくお願いします」
「はいはーい、もう仕事慣れたかー?」
自分の椅子を寄せ、紺野に向かって笑いかけると
紺野は緊張した顔で目をパチクリさせながら答える。
「いえ、まだちょっと・・・・・・」
「そっかぁ、がんばりやー。
 きゃぁーー、新垣、ほんま
 顔小さいなぁーーーー!」
両手で顔を掴まれても笑顔を崩さない。
モーニング娘。が大好きで仕方なかった新垣は
卒業してしまった中澤が自分を覚えてくれるのも嬉しかった。
「なんか紺野ってデビューした頃の圭織みたいやな」
「どういう意味よ、それ?」
「いや、なんかさ、なにやっても一生懸命っていうか
 しゃべるのとかもほんまはゆったりしたペースなのに
 頑張ってしゃべろうとして、やっぱ遅いとか」
「あー、交信キャラっぽいよねぇ」
照れたように俯いてる紺野の頭を撫でる中澤の手。
397L.O.D:02/02/15 13:47 ID:txhV+bRy
「圭ちゃんいじめたらあかんで」
「いじめないわよ、裕ちゃんじゃないもの。」
「いつうちがいじめたっちゅーねん」
「怖かったわよー、最初は」
「あーあれはなぁ、やっぱこう最初は
 みんな入ってきたばっかで分からへんやん。
 特にあんたらなんか初めて入ってきたし
 うちもうまく叱られへんかったんよ」
「保田さんはすごく優しいですよ」
新垣がそう助け舟を出すと
思わず保田も笑ってしまった。
自分がやめてから加入した新メンと交流できるのも
ハロモニがあったからだ。
飯田から時折電話がある。
そんな時もやっぱりそれぞれの事を知ってると
アドバイスも変わったりするものだ。
高橋はあー見えて、負けず嫌いで
ちょっとの無理をしてでも
勝ち負けにこだわるところがあった。
小川は努力の人だし、周りの空気を読むのがうまかった。
自分に振られたときに何をすればいいのか
ちゃんと計算が出来ている事は
これだけの人数になった娘。にとって
大事な事である。
紺野は天然で、デビューしたての頃の飯田に似てた。
運動神経はいいのだが、なぜかダンスがダメで
はしゃぐ時はすごく明るいし
黙ってると不気味ですらある。
純真で真直ぐな心を持っていた。
新垣はプロという存在をしっかり弁えている。
辻、加護の自由奔放さがない分
指導しやすいものの面白みにかける。
飯田としてもそこは気になるらしい。
大好きな娘。の、新メンバー。
これからの娘。を作る大切な人達。
中澤は柔らかな笑みで
保田と会話する2人を見てた。

398L.O.D:02/02/15 13:48 ID:txhV+bRy
新垣は言う。
「すごくやさしかったです。
 収録で一緒の時も声とかかけてくれて」
「そっかぁ・・・・・・。
 昨日、なにか特に変わったこととかあった?」
中空を見つめ、思い出そうとする。
「特には、、ないです」
「誰か知らないスタッフがいたとか、、、」
「あ、、、」
「なにかある?」
「見たことない男の人がいました」
調書を作ってた刑事も新垣を見た。
どんな些細な情報でもよかった。
密室で彼女は死んでいた。
芸能人が密室で殺されたなど
マスコミの格好のネタだ。
なんとしても早急に犯人を逮捕する必要があった。
399L.O.D:02/02/15 13:49 ID:txhV+bRy
一旦、休憩が挟まれ、大会議場では刑事がそれぞれに得た情報の交換をする。
娘。はいつもなら中学生メンバーの華やかなしゃべり声が聞こえたりするのだが
喋る者はいなく、ひっそりとしていた。
吉澤は1人、どこかへと行ってしまう。
「よっすぃ・・・・・・」
石川の目がその背を追う。
まるで加護に寄り添うようにしていた辻が口を開いた。
「よっすぃがやったんじゃないかな・・・・・・」
「辻!」
脊髄反射のごとき速さで叫んだのは、飯田。
「だめだよ、のの・・・・・・」
加護の表情は複雑だ。
どこかで疑っていた。
辻の言いたい事も分かるけど
それは口に出してはいけなかった。
「メンバーを疑うなんて、、、、そんなのダメですよ、、、」
高橋の一言に静かにうなづく辻。
しかし、皆、ある日の事を思い出していたのだった。
400L.O.D:02/02/15 13:50 ID:txhV+bRy
2001年4月。
暖かな日だった。
シャツに上1枚羽織るくらいでも歩けそうなくらい
天気がよくて、外を歩いてた時はすごく気持ち良かったのに
皆が集まった席で中澤は脱退を告げた。
みんな泣いていた。
ただ1人を覗いて。
吉澤ひとみ。
冷めた顔でその様を見ていた。
後藤や石川が啜り泣いているのを見て
困り果てた様子をやっと見せ
その肩を抱く。
「ほな、、行ってくるわ」
「がんばってね」
中澤が口々にはげましの言葉を受け
会見のために部屋を出ていく。
静寂の中で、辻加護のわんわんと泣く声が一層の事
大きく聞こえた。
「はぁーぁ」
吉澤のわざとらしいため息がそれらをかき消す。
「やめちゃうんすねー」
ふてぶてしく椅子に座る。
「残念だぁー」
「吉澤っ、どういう意味よ!」
保田が襟首を掴み、殴りかからんとすると
吉澤はいともたやすくそれを投げ飛ばす。
「そのまんまの意味ですよ。
 もう身体が辛くてやめちゃうんすよ、きっと。
 あとはうちらがウザいとかね?」
口元に浮かべた薄ら笑いがその言葉の怖さを増していた。
401L.O.D:02/02/15 14:14 ID:txhV+bRy
吉澤は蓋の閉まったままの便座の上に腰掛ける。
ポケットからタバコを一本取り出して、火をつけた。
「死んだか」
嫌いだった。
しゃべりたくなかった。
話しかけられる事も
抱きしめられる事も
嫌だったけど
本人の前では普通にしてた。
学校の先生みたいに
露骨に嫌な顔をしてやったら
彼女は一体、自分をどんな風に扱ったんだろう。
よく怒られた。
けど、誉めてもくれた。
あまり嬉しくはなかった。
「中澤、、、裕子、、、、」
モーニング娘。リーダー。
誰よりも娘。を愛してた。
大切にしてた。
歌を愛してた。
自分はただ芸能界にあこがれてた。
別に歌手になりたかったわけではなかった。
バレーをやめて、なにをしていいか分からなくて
半ば冗談で受けたオーディション。
入るまで、仕事がこんなにきついと思わなかった。
特に中澤は厳しかった。
「・・・・・・?」
自分の頬を流れる涙に気付く。
どうして流れてるかは、本人にも分からなかった。

402L.O.D:02/02/15 14:15 ID:txhV+bRy
矢口は自分の鞄を引き寄せた。
LOVEBOATのビニールバックである。
意外と丈夫で、デザインもよいから
好んで使っていた。
口を開け、化粧道具を取り出した。
やっぱり、涙の跡が残っている。
「はぁ・・・・・・」
鏡を見ながらマスカラを直して
化粧道具を仕舞い
袋の中に戻す時に
何かに気付く。
「・・・・・・」
手を袋の中に突っ込んで漁ると
スウェードの箱が出てきた。
「なに、、、これ?」
こんなものを入れておいた覚えはない。
安倍や保田、石川も矢口を見ている。
「どうしたの、矢口?」
「私のバックになんか知らない箱が、、、、」
「ちょっと、危ないんじゃないの?」
「マネージャー呼んできて」
マネージャーはすぐさまかけつけて
矢口から箱を受け取る。
「指輪の箱だよね?」
「ですよね」
「爆発物の可能性もないわけじゃないから
 一旦、預かっていい?」
403L.O.D:02/02/15 14:16 ID:txhV+bRy
「ちょっと待って!!」
呼び止めた矢口の声は震えてた。
その手には一枚の封筒。
『矢口へ』と記されていた。
「裕ちゃんの字だ・・・・・・」
矢口は一心不乱にそれを開けた。
「矢口、お誕生日おめでとう。
 たぶんこの後、お誕生会とかするんやろうけど
 うち大阪で仕事やから出られへんから
 ビックリさせるために入れておくわ・・・・・・」
マネージャーがそれを聞いて、箱を開ける。
ダイヤの指輪だった。
「まりっぺ、、それ、、、、」
マネージャーから箱を返してもらった矢口は
おそるおそる指輪を取り出し中指にハメてみる。
入らない。
「人さし指は?」
入らなかった。
「・・・・・・ここ?」
薬指に入れる前にためらうように
みんなの顔を見て言う。
保田なんか、もうボロボロに泣いていて
「早くしなさいよ」
と言っていた。
「あ・・・・・・」
「ピッタリだ・・・・」
矢口の左手の薬指に輝くダイヤ。
みるみるうちに矢口の顔がクシャクシャになって
泣き声が廊下の外まで聞こえた。
こんなに嬉しいのに、ありがとうも言えない。
そんな悲しみが胸に溢れてきていた。
「?」
小川は気配を感じて、振り向いた。
そこには誰もいなかった。

第一章 終了