小説『OLやぐたん 其の弐?』

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385L.O.D
『TriCK』

序章

ハロモニの収録が終わり、逸早く戻ってきた矢口真里は
ドアノブを何度回しても開かない事に気付く。
「あれぇ?」
「どした?」
「ドア開かないんだよね」
安倍や保田も試してみるが、開く気配はなし。
ちょうどいいところにこっちに向かってくる吉澤を見つけ
声をかけた。
「よっすぃー!マネージャーさん呼んできてー!」
「あ、はーい」
彼女は踵を返し、戻っていく。
間もなくマネージャーが戻ってきて
持っていたカギで開けてくれた。
「!?」
「わっ!」
「やぐ・・・・・・」
「あれ、、、」
一番最初に入った矢口が急に立ち止まったので
危うくぶつかりそうになって声をあげたが
その尋常じゃない様。
青ざめた顔。
ゆっくりと伸びていく指は
変わり果てた姿になった中澤裕子を指していた。
「ゆ、裕ちゃん?」
床に横たわり、そこら一帯が血の海と化している。
もう息がないのは見るからに分かる。
駆け寄り、揺り動かそうとした安倍を一喝する保田。
「触っちゃダメ!」
泣き崩れた安倍と矢口を抱きかかえた手は
跡がはっきりと残るぐらい強く握りしめられていた。
「警察を、、、呼ぼう」
386L.O.D:02/02/14 21:48 ID:i5AVDeW+
辻と加護が廊下を歩いてた。
「ここかな?」
2人の手には1枚のメモがあった。
マネージャーが手書きで書いてくれた新しい楽屋の場所。
さっきまで使ってた楽屋はスプリンクラーの調子がおかしくて
入り口の辺りが水びたしになってしまったらしく
出入りするのは危険なので
何か用がある時はマネージャーが取りに行くという。
角を曲がると、モーニング娘。の名札を見つけた。
ドアを開ける。
飯田が1人、本を読んでいた。
「飯田さぁ〜ん」
辻が甘えるように走っていって、飛びついた。
飯田は温和な表情でその頭を撫でる。
加護はテーブルの上の小さな籠に入った飴玉を一つ、口にする。
「ぴょーん星人は録り終わったの?」
「まだですよぉ」
「あ、矢口ね、ちょっと別な用事でいないから
 後回しになっちゃうかもしれない」
「分かりましたぁ」
「遊んでおいで」
「はぁ〜い」
元気に答えるその後ろ姿を見て、心が癒された。
飯田は倒れた中澤の姿を見せてはもらえなかった。
それだけが救いだった。
矢口、安倍、保田と共にその場にいたら
今、こうして残りの収録を乗り切る事は出来なかった。
387L.O.D:02/02/14 21:49 ID:i5AVDeW+
あの気丈な矢口がなに一つしゃべれなくなっていた。
今は別な場所を借りて、そこで休ませてもらっている。
安倍もショックだったのであろう。
泣き止まず、矢口の側から離れようとしなかった。
保田は2人に変わって、警察の事情聴取を受けている。
しっかりしなければいけないのは自分だ。
リーダーなんだから、ここで倒れてはいけない。
涙も見せてはいけない。
考えないようにしよう、と誓う。
フと顔を上げると、後藤が立っていた。
「どした?」
「圭織・・・・・・」
「そっか、後藤はもう聞いたんだよね」
俯き気味に近寄ってくると横に座る。
彼女とてまだまだ幼い。
悲しみを隠しきれず
その瞳はどこか切なそうだった。
「ハロプロニュース、、、録り終わったよ」
「石川か・・・・・・」
「ねぇ、圭織」
「ん?」
「辛くなったら、うちに言ってね。
 なっちや、圭ちゃん、やぐっつぁんいないから
 圭織にまかせてるけどさ・・・・・・」
「ありがと」
「ほんとに、ちゃんと言ってよ?」
「後藤こそ意地張らないで、言ってね?
 圭織がお姉さんなんだからね」
「うん、分かってる」
小さな気遣い。
もう長い事一緒にいるメンバーだから互いの事をよく知ってる。
こういう時、思いつめてしまうのは飯田の癖で、
後藤はそれをほぐすためにこうして声をかけたのだ。
「ほんとにありがとね」
「新メンとかには収録の後言うの?」
「たぶんそうだと思う」
「分かった」
立ち上がった後藤が浮かべた笑みは
儚くて、今にも散りそうな桜の花のようであった。
飯田もつられて、微笑む。
今は笑顔もうまく作れない。
388L.O.D:02/02/14 21:50 ID:i5AVDeW+
収録が全て終了し、全員が楽屋に集められた。
しかし、マネージャーの緊迫した表情が私語を許さず
水を打ったように静かだった。
このような空気の張り詰めたミーティングを初めて体験するであろう
5期メンの顔は強張り、怯えを感じさせる。
安倍と矢口も憔悴しきった様子で
部屋の片隅で寄り添うように縮こまっていた。
「あ・・・・・・」
最初の一言を発そうとしたものの言葉に詰まる。
真実を知っている者なら誰もが当たり前だと思うだろう。
こんな事、口に出す事すら嫌だ・・・・・・
「みんな、落ち着いてきいてほしい」
全員がマネージャーを見る。
「中澤さんが、、、、こ、殺されました、、、」
「えっ?」
小さな声を上げたのは、石川。
「殺され、、、、たんですか?」
小川は驚きを隠せず、確認するようにつぶやいた。
「今、警察の方が捜査してますけど
 まだ犯人とかもまったく分かりません」
誰も言葉すら出ない。
辻と加護はポカーンと口を開けて
なにがどうなってるのか理解していない様子である。
「とりあえず、何か警察になにか聞かれたら素直に答える事。
 あと、なにか変わった事があったら、スタッフに必ず
 報告する事、分かった?」
マネージャーの顔が一瞬、翳る。
「これ、、、明日からのスケジュ・・・・・・」
「仕事させる気なの!?」

  ガタンッ!

保田が立ち上がった勢いで椅子が倒れる。
389L.O.D:02/02/14 21:51 ID:i5AVDeW+
「なっちや矢口があんな状況なのよ!
 出来るわけないじゃない!!」
「ごめんなさ・・・・・・」
「ごめんじゃないわよ!!
 ちょっと見せて!!モーたいのロケ!?
 もう終わるんでしょ、あの番組!!
 どうせ前のロケの素材残ってるんだから
 それでいいでしょ!!!」
「圭ちゃ・・・・・・」
なだめようと肩に触れた後藤の手を振払い
保田は飛び出していってしまう。
後藤もそれを追っていってしまった。
「本当にごめん。すごく暫定的なものだから、、、
 変更になったりしたら、電話入れるので
 今日は解散します。お疲れ様でした、、、」
深々と頭を下げるマネージャーはまるでなにかに陳謝してるように見えた。
1人として立ち上がろうとしなかったが
矢口は、まるでその場から逃げ出すように
荷物も持たないで走っていく。
「ごめんね、、、みんな」
安倍も矢口と自分の荷物を抱えると
小さく頭を下げて、楽屋から出ていった。
「飯田さん・・・・・・」
加護のか細い声がかろうじて聞こえる。
「なに、、?」
「カメラ、どこですか・・・・・・」
現実など受け入れる事はできなかった。
頭のどこかでこれは番組の企画なんだって思ってた。
そう考える事しか出来なかった。
つい、2、3時間前は優しく抱き締めてくれたあの手は
もう存在しないなんて思えなかったから・・・・・・

序章 終了