小説『OLやぐたん 其の弐?』

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379L.O.D
『ソコニイルコト』

「いや、あのね・・・・・・」
「うん」
「そのぉ、なんていうんだ」
「おっちゃん、エビ!」
「うんうん」
「後藤はさぁ、、、うーん」
「なぁ、のの、ウニ食うてみーひんか?」
「食べるのれす」
「醤油取って」
「やっぱ、その、ずっとさぁ、、、」
「この塩加減がたまらんなぁ」
「お塩振ってるのれすか?」
「あ、ありがと」
「娘。に入ってきてから、こうね」
「なに言うてんねん、海の味やないか」
「あいぼん、海は飲むと喉乾くのれすよ」
「ふんふん、んぐ」
「まんな、、、、、、」
「この自然なな、塩の味が残ってるわけっちゅー事やっ」
「へぇー、ウニは海の味って事れすね」
「あー、ギョクください」
「ごっちん、、、、聞いてる?」
思わず矢口真里は、隣に座ってる後藤真希の顔を覗き込む。
「聞いてるけどぉ、やぐっつあんはなにが言いたいの?」
厚めの玉子が乗ったおいしそうなギョクを手にしながら
ずばりと言い放ち、口の中に放り込んだ。
「いやぁ、なんか新曲さ、矢口がセンターらしいんだわ」
「ふーん」
後藤はお茶を口にした後、辻の醤油垂れ防止用前掛けを直してやる。
薄い反応にその後の言葉がしばらく出なかった。
「やぐっつぁん、センター初めてだっけ?」
「そうだよぅ」
「ヅケ一つ」
「センターってさぁ、気持ちいい?」
握りたてのヅケを食べながら、後藤は不敵な笑みを浮かべた。
「最高」
矢口にしてみれば、その笑顔は小憎たらしいくらい
輝いていたのであった。
380L.O.D:02/02/14 09:18 ID:z2MgqYHu
「ほんとはね、嘘なんだよ・・・・・・」
後藤は部屋で1人、ポツリとそうつぶやいた。
「センターなんてね、カメラに映ってるだけなんだから」
嫌味なんかじゃない。
デビューシングルLOVEマシーンからセンターに立ち続けてる人間だから言える言葉。
カットは多い。
ただそれだけだ。
後藤はそれを痛感する。
歌えば、それでいいんじゃないんだ。
現に、自分はセンターに立ちながら
周りの人に、自分を理解してもらえてないという状況にあった。
センターが気持ちいいなんて思った事なかった。
逆に矢口がうらやましかった。
LOVEマシーンの最後の決めの台詞。
セクシービーム。
ミニモニ。だってそうだ。
矢口じゃなきゃ出来ない事
いっぱいあった。
今の自分にはそういうものはない。
もし、自分がやめたら、誇れる唄があるだろうか。
私はこれを歌いましたと言えるだろうか。
ない、見つからない。
不安な気持ちは止まらなかった。
「なっつぁんはいいなぁ」
なにげなく伸ばした手は空のふるさとのケースを取った。
後藤の好きな曲。
セールスは悪かったかもしれない。
だけど、きっと、なっちの中でこの曲は深く刻まれてるはずだ。
今まで歌ってきた曲の中で、後藤にとって
それほどの思いを傾けた曲など存在しなかった。
381L.O.D:02/02/14 09:19 ID:z2MgqYHu
「私って、、、、なんなんだろ」
ソロデビューしてる。
たった1人。
センターだ。
目立ってる。
だから、どうしたんだろう。
アイドル?
松浦の方がアイドルだ。
自分じゃソロコンサートは出来ない。
だって、プッチモニでも出来ないんだし
アルバム出してるタンポポですら出来ないんだから。
自分の存在がちっぽけに思えてくる。
歌手になった。
芸能人になった。
テレビに映った。
それがなんだっていうんだ。
後藤真希は後藤真希なのに
こんなにテレビに出てても
誰1人、本当の後藤真希を理解してはくれない。
後藤だってはしゃぐし、騒ぐし、泣くし
怒るし、お腹も空く。
そういう自分がブラウン管の向こうまで伝わってない。
それに比べて、矢口は元気でちょっとうるさい子として
キャラが浸透している。
みんなに理解されてる。
「ごとーは、やぐっつぁんが羨ましいんだぞ、、」
そうつぶやくと、ふてくされたように
布団をかぶって、3秒後には寝てしまった。
382L.O.D:02/02/14 09:20 ID:z2MgqYHu
新曲の唄収録。
たくさんのライトを浴びて踊る娘。
「あっ」
うたいだしのタイミングを間違えた矢口は
すぐに頭を下げる。
「すいませんっ!」

「はぁー、あん時はマジドキドキしちゃったよ」
「センターって緊張しますよね」
「なっちは気持ちいいけどなー」
「いや、あの感じはね、ちょっとやっぱ違うね」
「梨華ちゃんのセンターは別な意味で緊張するけど」
「どういう意味ですか、安倍さんっ」
「キャハハハハハ」
「だってさぁ、いつ音はずすか怖いじゃん」
「ほんと、石川、もうしばらくはセンターいいです・・・・」
「なんだよー、目立ちたくないの?」
「もっと唄がうまくなったらで・・・・」
「何年かかるんだべ?」
「10年くらいかな?」
「娘。なくなっちゃいますよ!」
「いつまで娘。出来るんだろうねー、、っ、熱!」
「や、まりっぺ、くっついてこないで!」
「サウナの中で暴れないでくださいよー」
安倍がふざけて、矢口の身体を石川の方に押すが、、、
「なっち、やめて!!黒いの移る!」
「移りませんっ!」
真剣に怒った石川の顔がおかしくって
2人は爆笑する。
石川もそれにつられて、次第に笑いだしてしまった。
唄の収録はやはり仕事だから緊張感持ってやっているが
センターはそれ以上に緊張する。
楽観主義の吉澤はヘラヘラと努力しながら乗り切ったが
石川はステージの度に『私は出来る』と暗示をかけてたらしい。
まぁ、紅白の大一番で歌わせないという暴挙に出た
事務所も事務所なのだが。
「うあぁ〜、明日も唄収録だよっ」
「大丈夫、やぐっつぁんは出来る子だからねー」
「私も頭撫でてくださーい」
「梨華ちゃんは黒いの移っちゃうから・・・・・・」
383L.O.D:02/02/14 09:32 ID:z2MgqYHu
翌日の楽屋。
後藤がお菓子を食べながら、吉澤とおしゃべりしてると
フラフラッと矢口が入ってきた。
「おはよーございまーす、、、」
「おは、、、やぐっつぁん、大丈夫?」
「あー、眠い・・・・・・」
目の下のくまがひどい。
「ちゃんと寝てる?」
「昨日、眠れなかった・・・・・・」
他のメンバーが心配そうに見てた。
「ちょっと矢口ぃ、倒れるんじゃないわよ?」
保田がまるでクギを刺すように言うと
力無くうなづく。
いつもの矢口らしさはなかった。

しかし、その言葉は守られなかった。

「矢口!?」
唄収録の最中、曲は中盤であとサビを1回歌い
ラスト踊りきれば終わりというところで
矢口は膝から崩れ落ちた。
ちょうど側にいた安倍がとっさに身体を支える。
赤らんだ頬。
ダンスで息があがってるのとは呼吸が違う。
額に当てられた手。
「熱い・・・・・・」
「マネージャー!」
「ごめ、、ん、、、、歌わなきゃ、、、」
「矢口のバカッ!こんなに熱あんじゃん!」
収録は中断され、矢口はひとまずマネージャーが常備してる熱冷ましで
熱を下げ、この唄収録だけは乗り切る事になる。
384L.O.D:02/02/14 09:33 ID:z2MgqYHu

  キィ・・・・・・

他に誰もいない楽屋。
ソファで横になった矢口はドアが開く音が聞こえて
顔を動かした。
「誰?」
開いたものの中に入ってこないもんだから
声をかけてみた。
中を覗き込むその目は後藤だ。
「ごっちん、、、」
「マネにさ、来ちゃダメって言われたんだけど
 みかんあげようと思って・・・・・・」
「あんがと、、」
椅子を引き寄せ、枕元に座る後藤。
「剥いてあげるから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いやぁ、センター大変だね」
「そう?」
「昨日もなんかちゃんと伝えられてるかなって
 心配になっちゃって寝れなかった。
 それで身体壊しちゃうなんてプロ失格だぁ」
「私、やぐっつぁんがうらやましいよ」
みかんの皮を剥く手が止まってた。
視線を下に落とし、後藤は矢口1人に聞こえるような
小さな声でぽつりぽつりと言う。
「後藤はずっとセンターだったけど、よかった事なんてなかったよ。
 センターになるくらいなら、やぐっつぁんみたく
 本当の自分をみんなに知ってほしいな・・・・・・」
「ごっつぁん・・・・・・」
「元気ないなんてさ、やぐっつぁんらしくないからさ
 早く、、、元気になってね?」
「、、おぅ!」
枕元に置かれたみかん。
後藤がいなくなった部屋でひとかけら
口に運ぶと、甘くて
涙が一粒零れた。
センター
そこにいる事の意味。
なってみて、初めて分かったセンターの重圧。
モーニング娘。になった途端
後藤はずっとあんな所にいたんだ。
そう思うと、なぜか可哀想で涙が出た。
(頑張らなきゃ)

fin