小説『OLやぐたん 其の弐?』

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349L.O.D
この部屋がヒンヤリ冷たく感じるのは
ただ気温が低いだけじゃなくて
無機質に白く塗られただけの剥き出しのコンクリートの壁や
張り詰めた空気のせいかも知れない。
目の前の刑事が手にする書類によると
中澤の死因は鈍器のような物で頭部を殴られた事による失血死。
頭蓋骨陥没の損傷具合から言って、一撃だったという。
では、なぜ、部屋は密室だったのか。
マネージャーは警察署に呼ばれていた。
「どなたかに楽屋の鍵をお渡ししましたか?」
「メンバーの何人かに渡してます」
「一番最後に渡したのは、誰ですか?」
「吉澤、、だったと思います」
「なにをしに戻ったのですか?」
「彼女、その、、、月のもので、鎮痛剤を取りに、、、、、」
「すぐに戻ってきました?」
「はい」
「他のメンバーになにか変わった様子とかございませんか?」
「私が知ってる限りでは」
「被害者が死亡した事はいつ御報告なさるんですか?」
「今日、明日中には・・・・・・」
「マスコミにはもう情報が回ってるみたいですね」
「、、、中澤の死体が御実家の方に送られてから
 公式に発表するつもりです」
マネージャーの声はしっかりしているが
重々しく痛々しい。
「我々としては吉澤さんを参考人としてお呼びしたいのですが
 どこかお時間は開いておられますか?」
「あの、、これスケジュールの写しです。
 急な仕事などで移動してる場合は会社の方に
 連絡していただければ、折り返し、、、」
「分かりました」
350L.O.D:02/02/08 17:04 ID:dOhf1vAV
その頃、メンバーは新曲の歌収録のためスタジオにいた。
スタジオの隅でやけにおとなしくしてる吉澤を見て
後藤が近付いていく。
「よっすぃ・・・・・・」
「ごっつぁん、、」
「笑えー」
頬をつまみ、ギューッと横に引っ張る。
「痛いよ」
「そか」
後藤は、適当な椅子を引っ張ってきて
椅子の上に体育座りする。
「でも、笑わなきゃダメだよ」
「分かってる」
視線の先で辻、加護が新メン相手に漫才をしてた。
吉澤はボソッとつぶやく。
「見たくないな」
「なにが?」
「泣く顔」
「そうだね」
「でも、教えなきゃだめなんだよね」
「いつかはね」
2人に沈黙が襲ってくる。
まだまだ幼い2人には
死という事実を受け止めるだけの強さはなくて
表向きの元気がなければ
今にも押しつぶされそうなほど
不安だった。
安倍、矢口は機嫌が悪い風を装い
イヤフォンを耳に腕を組み
ずっと目をつぶっていた。
保田と飯田は気丈に振る舞っているが
何も知らない石川と明るい話をする事で
気をまぎらわせてるようにも見える。
マネージャーの1人がやってきた。
「吉澤、あとで話あるから」
「はい」
恐らくは、雑誌アンケートの回答の不備かなんかだろう。
保田の好きな食べ物にあたりめといたずら書きしたのが
バレたのだろうか・・・・・・
フと視線を上げた。
いつものモーニング娘。がいた。
351L.O.D:02/02/08 17:05 ID:dOhf1vAV
取り調べ室には中澤のマネージャーが呼ばれた。
「まずですね、お聞きしたいんですが」
「はい」
「どうしてモーニング娘。の楽屋にいたんですか?」
「楽屋が別れていましたけども
 それはただの名義上でして
 中澤はほとんど娘。の楽屋におりました。
「では、スタッフも皆、被害者が娘。の楽屋にいることは
 不思議だとは思わなかったわけですね」
「はい。みんな分かってますから」
「あの時、鍵はモーニング娘。のマネージャーさんがお持ちでした。
 被害者はどのようにして、部屋に入ったのでしょう?」
「分かりません」
「一緒にはおられませんでしたよね?」
「えぇ、その後のコーナーで急遽展開が変わるとの事になったので
 プロデューサーの方と会議を開いておりました」
「何分くらいの事ですか?」
「2、30分でしたね」
「では、その間は被害者とは一緒におられなかった、と」
「しばらく、スタジオの隅で辻や加護を相手にしてたのですが
 衣装替えに戻っていました」
「衣装替えという事は、衣装さんやメイクさんも一緒だったはずですよね」
「中澤の楽屋で待ってたのですがいつまで経っても来ないし
 娘。の楽屋は鍵が開いてないという事で
 小用でもたしてるのだと思ってたそうです」
「なるほど」
生真面目そうな男だった。
スーツをビシッと着て
業界人風の匂いはしない。
「被害者とは何年の付き合いです?」
「娘。時代からですから、2年半ぐらいですかね」
「そうですか、たぶんまた後日、お呼びする事となりますが
 御連絡いたしますので」
「はい」
几帳面な性格がよく出る礼。
腰から90度。

352L.O.D:02/02/08 17:05 ID:dOhf1vAV
マネージャーの車に乗せられ
吉澤は神妙な表情を浮かべていた。
車内はFMラジオが流れていて
アップテンポのハードロックがやけにうるさく感じた。
「いつ、言うんですか?」
「そうだな・・・・・・」
「さっき、あいぼんやののが遊んでるの見て
 なんかかわいそうで泣きそうになりました」
「ごめんな。こんな時に仕事なんて」
「いえ」
「とりあえず、警察には覚えてる事は全部言うんだ」
「はい」
窓の外には立ち並ぶビル。
道路の脇の建物が邪魔して
チラつく影。
やけに晴れた日だった。
中澤裕子はもういない。