暗闇の中
吉澤は自分の手首を見つめる。
バレーが大好きだった。
高校もスポーツ推薦で入った。
なのに、怪我をして
バレーが出来なくなって
自分の意味がなくなって・・・・・・
学校には行きたくなかった。
特に体育がある日は。
教師の突き刺すような視線。
吐き気がする。
逃げていた。
「・・・・・・」
カーテンを閉め切ったままの部屋。
もう何日もここから出ていない。
あの日、辻を抱き締めた瞬間
保っていた何かさえ失った。
バレーから逃げだして
ただのオンナノコでいた自分を見失った。
当然だ。
そんなもの、装った、偽者でしかないから。
辻の笑顔は化けの皮を剥がしていった。
後藤がうらやましかった。
化粧をして、夜遅くまで遊んで
すごく楽しそうだった。
一緒にいたら、なにか変わるかなと思ってたけど
やっぱりイイ子の自分を裏切れなくて・・・・・・
迷う心を時計の針の音がさらに乱す。
チャイムの音が聞こえて
飯田は筆を置いた。
いたるところに観葉植物が置かれた飯田の部屋。
ドアを開けると、市井が立っていた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
リビングのソファに座ると
すぐに紅茶が出てきた。
市井の目には隣の作業部屋が見える。
「新しい絵だね」
「うん、昨日会ったの」
黒めがちの目が幼さを感じさせる女の子。
「援助交際してて、男の人と出てきたの」
「ふーん、、、」
「なんで、そんな事するんだろうって思って」
「あー、私は分かんねぇや」
「紗耶香も分からないか」
「なんだろうね、寂しいのかな?」
「かなぁ?」
飯田の悲しそうな顔。
溢れ出る感情が手に取るように分かる。
益々、引かれていく。
「圭織、私が書いた絵見てくれる?」
「うん」
彼女の一つ一つの表情が
市井の心を動かした。
刺激となって
絵を描かせる。
しばらくWingsにも行かないで
絵を書き続けていた。
なにかにこんなに真剣に取り組むことなんて
ほとんどなかった。
淡い色調と強いタッチで構成された
独特の人物画。
「いいね」
「いい?」
「私の絵とは違うけど、なんかいいね」
「やったぁ!」
誉められる事が嬉しい。
市井は心からの笑みを浮かべた。
別にお金を持ってるからって
する事なんてない。
行く場所もない。
ただする事がないから
一緒に寝て、
お金を貰うだけなんだ。
口にだしては言わない。
だって、今だって、アイスがおいしいから。
段差に腰掛けて、アイスを食べる。
人が行き交う。
同じように座って
彼氏や友達を待ってる人がいっぱいいる。
「ねぇ、誰か待ってるの?」
ちょっとかっこいい男の人。
サラリーマン風じゃない。
「ちゃいますよ」
「関西?」
「まぁ」
「遊びに来てるの?」
「ううん」
「そう、俺と遊びに行かない?」
「あー、ごめんなー」
「えー、行こうよ、ヒマしてんでしょ?」
「もう帰るとこやねん」
「そっかぁー、残念」
誰でもいいのか、男は離れたと思ったら
今度は制服姿の子に声をかけている。
くだらない。
加護は立ち上がって
最後の一口を詰め込んだ。
「あのぉー8段アイスくださぁーい」
アイス屋の前には同じくらいの年の子がいた。
隣にはガングロコギャルが立ってる。
今度は別な男が寄ってきた。
「5万円でどう?」
「うち、中学生やで」
「へぇー、なに、もう1枚?」
8段アイスを受け取った女の子と目が合った。
コギャルが早く行こうと手を引っ張っていた。
「ん、ええよ」
こんな行為で心は満たされない。
だけど、やめる理由も見つからない。
「矢口、飲みに行くけど、一緒に行くか?」
中澤が彩と肩を組んで聞いてきた。
矢口は首を横に振る。
「そっか」
「じゃ、また明日ね」
「うん」
UFOキャッチャー。
コインを入れる。
音が鳴って、ランプが一個つく。
ボタンを押すと、アームが動き出して
ちょうどよさげなところでストップ。
下へと降りていく。
掴めないぬいぐるみ。
矢口の表情は浮かない。
「つまんない・・・・・・」
『もーまりっぺはヘタなんだから』
矢口に覆い被さるようにして
安倍がやってくれる。
それがいつもの事だったのに
いない。
安倍の温もりがない。
店の奥を見る。
テーブル。
紗耶香がいない。
その隣に明日香もいない。
みんな、いなかった。
其の七 終了。