其の四 光ない場所
体育の時間
膝上でカットしたジャージ。
矢口真里はなにやら怒鳴ってる教師の話など
まったく聞いてなかった。
「やぐっちゃん、次!」
「へ?」
「ほらっ」
どうやら、跳び箱の順番が来てたらしい。
(だるぅ)
やる気なーく走って飛んで
跳び箱の上に着地。
「お前なぁ」
教師の開口一番。
矢口は反対に言ってやる。
「やる気ないっすから」
「・・・・・・」
呆気にとられて何も言えない。
よくこんな6時間目の体育まで
学校にいたな、と自分で誉めたいぐらいなのだが
時計を見ると、あと一回飛べば
授業は終わる感じだ。
(帰り、マックでも寄ってこうかな・・・・・・)
くだらない会話を横目にさっさと着替え
担任は体育の後という事もあり
連絡事項だけ述べて
さっさといなくなった。
仲のいい人間は皆、バイトだとかで
付き合いが悪い。
こんな時はあそこに行くのが一番だ。
ゲームセンターWings。
その前に近くのマックに行く。
新人のバイトの子がいて
すごく綺麗だが声が高いし
ぶりっこでムカつく。
店内にいる男子高校生の80%は
この子目当てらしく
それもまたムカつく。
奥には、よく見るベテランの女の人もいるが
この人はどうも取っ付きにくい。
適当に買って、お持ち帰りにする。
Wingsへは歩いて、数秒。
信号を挟んで向かいのカフェもなかなか好きだが
あそこはお金のある時か
中澤がおごってくれる時にご飯を食べに行く。
今日もうるさい店内。
まっすぐ奥の方のテーブルに行くと
案の定、市井と明日香がいた。
「おはよ」
市井はちらっと視線をこっちに向ける。
「まぁ、もう昼過ぎてんだけどね」
明日香が冷静に突っ込むと
ニヤリと笑って返してた。
「紗耶香、ご飯食べたの?」
「いや」
「ちゃんと食べろよ」
「ゲームしてたらさぁ、あんま減らないし」
「まったく、、、はい、ハンバーガー」
「誰かピクルス食って、、、」
「まりっぺにあげなよ」
「なんでだよぉー、明日香食えよ」
「野菜食わないと大きくならないぞ」
「自分だって小さいじゃん!」
そんなやりとりを続ける。
ハンバーガーとポテトで腹こしらえしたら
テーブルに腕で枕を作り、まずはお昼寝。
「よく寝れるよね」
「うるさくないのかな?」
本当は寝てなくて
目をつぶってるだけなんだけど
なんか落ち着く。
爆音で聞こえる音ゲーの音。
それに混じる挌闘ゲームの音。
UFOキャッチャーのBGM。
こんなにうるさいのに、店が流してる有線。
普通の人が聞けば、雑音なのかも知れないけど
矢口にとってみれば
この音はいつの間にか
すごく落ち着く音になっていた。
複雑に沸き起こる思考が目をつぶる事によって
はっきりと見えるようになる気がする。
「ねぇねぇ」
男の声。
「ヒマ?」
「あー、ヒマっちゃぁーヒマ」
「一緒にカラオケ行かない?」
ナンパ、日常茶飯事。
「うち、1人だよ」
「OK。これから適当に声かけよっかなーって」
「私も適当かよ!」
「いや、寝顔がかわいかったから」
「キャハハハハハハ、赤くなんなよ!」
矢口は髪をちょこちょこっと直して
立ち上がる。
真っ赤なベースボールキャップに紺のパーカー。
顔は悪く無い。
どうせヒマなんだし、付き合ってやるか。
そんな軽い気持ち。
その程度の付き合い。
それが、日常茶飯事。
市井と明日香はそれを目で追う。
別に気をつけろとかは言わない。
当たり前の事だから。
「あ、あのっ!」
「?」
市井は話しかけられて、顔をあげた。
「camiさんですよね?」
「そうっすけど」
「俺、remです」
「あーっ!!こないだカプコンvsSNKで
ボコボコにしたでしょ!?」
「そうですー」
「あれは悔しかったなぁ」
明日香は市井の横顔を見ながら思いだしてた。
こないだ中澤の酒に付き合わされた時だ。
ちょうどみんないなくて
彩と3人、居酒屋に連れてかれた。
「明日香には感謝してるんやで」
「はぁ?」
「紗耶香がなぁ、よう笑うんよ」
「、、、」
「最初、なんか『・・・・・・(市井のまね)』って感じでな」
「それ、裕ちゃんが男の子と間違えてたからでしょー」
「それにしても、ほんま別人か思うぐらい
冷たい顔してたんやて」
「ふーん」
「やっぱなぁ、好きな人が笑ってるのはええわなぁ」
「、、、まりっぺはどうなのよ」
彩が言うと、笑顔になって即答だった。
「愛してるでぇええ!!」
「立つな立つな!」
「すみません!申し訳ありません!!」
あれは恥ずかしかったが。
夜を迎えれば、街はもっと華やかになる。
人も増える。
このWingsにも人が増える。
なぜみんなここに来るのだろう。
なんのために来るのだろう。
自分の事だけどまったく答えは見つからなくて
明日香は閉口してしまった。