其の三 ロック少女2人。
「おぅ、明日香ちゃん」
「ちぃーっす」
煉瓦調の階段を降りていくと、長髪の男がチケットを切ってる。
ニコやかな笑顔を常連のその少女に向けた。
木製の扉を開けるともう人がごった返してて
前には行けない状態。
ライブ開始10分前。
明日香はカウンターに行って
PAを兼任してるマスターに声をかけた。
「こんばんは」
「おぅ。コーラ?」
「あとでいいです」
「楽しんでいってな」
「はい」
ステージ上の照明が落ちて
真っ暗になった。
横幅10メートルもないであろう小さなステージ。
だけど、その上に立つ奴はみんな真剣。
演奏してる人達の緊張感が大好きだった。
そして、それを乗り越えた時の
爆発と爽快感はもっと好きだった。
昔から音楽は大好きだったが
正直、こんなライブハウスに出入りするほどまで
ハマると思わなかった。
今は強く思う。
私もあのステージの上に立ちたい。
高校の昼休み時間。
校庭の一角の木陰のベンチで
昼食も終え
ヘッドフォンをかけて
眠っていた。
日射しの中は熱くてたまらないが
ここは風が気持ち良いくらいで
昼寝にはちょうどよい。
コロコロとボールが転がってくる音が聞こえて
明日香は顔を上げた。
同じクラスの男子が制服のまま
サッカーをやっていた。
「ごめん、寝てた?」
「いや、、、」
ヘッドフォンをはずしながら、座り直す。
「いっつもかけてるけど、、、、
なに、聞いてるの?」
「エレカシ」
「、、、、エレファント、、、」
「そう」
「モーニング娘。とか聞かないの?」
「全然」
「ふーん」
彼は物珍しそうな顔をしてる。
明日香は逆に顔色一つ変えない。
「今度、MD貸して?」
「いいよ」
「サンキュ」
なにげないやり取り。
明日香はまたヘッドフォンをかけて横になる。
少しだけ漏れ出す柔らかく暖かいボーカル。
時に激しく、時に切なく吠える。
明日香にとって、その声は
たまらなく心地よかった。
感情的で、歌を歌うなら、こういうボーカルになりたいと思う。
あのステージに立つためには
何をすればいいのだろう。
学ぶ事は嫌いじゃない。
ただ授業中、お菓子を食べたり
携帯電話をいじってる今の授業風景には
かなり飽き飽きしていたが。
そんなある日
ライブハウスに行くと
時間を間違えたらしく
まだバンドのメンバーぐらいしか
入っていなかった。
マスタ−が明日香を見つけ
豪快に笑いながら近付いてくる。
「今日は一番乗りだったなぁー」
「はい」
「まだ音合わせしてるバンドもあるから
見てくかい?」
サッと椅子を差し出され
おじぎして、座らせてもらう。
1フレーズだけ弾いて
アンプとギターの調子を見る
ギタリストや、ベーシスト。
なにやら談笑してるドラムとボーカル。
このライブハウスの一番の注目株のバンド。
明日香はチラリとステージの脇を見た。
女の人が1人。
耳や鼻にピアスをつけた金髪の怖そうな人。
確かドラムの人の彼女だ。
バンドが演奏を始めると
客席の方に降りてきて
ジッと見ていた。
一通りの曲をやったところで
その人に話し掛けらて
明日香はビックリしてしまう。
「どう?」
「へ?」
「うちのバンド」
「かっこいいっすよね」
「いっつもいるよね?」
「はい」
「私、彩」
「福田です」
「下の名前は?」
「明日香ですけど、、、」
「うっし、明日香ね。覚えた。」
会話の端々で彼女が浮かべる笑顔は
怖そうな外見とは反対に
なんとも愛らしい女の笑顔だった。
「衣装をね、私が作ってるんだ」
「へぇーっ」
強い照明の中で光り輝くレザーのジャケット。
「バンド好き?」
「バンドっていうか、音楽が好きで」
「なに、聞くの?」
「エレカシ」
「渋いね」
「そうですかね」
「いい声してるよね」
「はいっ」
耐えない音楽の話題。
あともう少しでこの空間は
たくさんの人で埋め尽され
声を上げ、飛び跳ね
うねりを生む。
その前に穏やかな時間と
優しい歌。
それに楽しい会話。
先生の抑揚のない声と
黒板にチョークが走る音しかしない
あの場所とは違う充実感・・・・・・
40分後、熱気と汗の匂いでクラクラしそうになるぐらい
ライブは盛り上がっていて
明日香は前線から離脱して
カウンターでジュースを飲みながら
ハンドタオルで汗を拭っていると
近付いてくる影。
「明日香ちゃんっ」
「あ、彩さん」
「うちら、抜け出して打ち上げするから、おいで」
「え」
なにか言おうとする前に手首を掴まれて
たったか外に出てきてしまう。
そこで待ってたのは、バンドのメンバー達。
「うーっし!ご飯食いに行くぞーーー!!」
「っていうか、飲む!」
「お、常連さん」
「よろしこ、明日香ちゃん」
「あ、ども、、、、」
「じゃ、行くよー」
夜の街に繰り出してく。
ライブを終えたばかりで
すっごいテンションの高いメンバーに囲まれ
公衆の面前でイチャつく彩とドラマーを見て
明日香はなぜだか可笑しくて、笑っていた。