小説『OLやぐたん 其の弐?』

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185L.O.D
翌日、中澤は仕事を抜け出して
Wingsへとやってきた。
camiに謝りたかった。
普段の中澤なら酔った勢いやしなどと
ごまかすのだが
彼にもう一度会ってみたかった。
言葉を交わしたわけでもない。
視線を交えたわけでもない。
彼は見向きもしなかったのに
彼に会ってみたかった。
自動ドアが開いて
喧騒の音が聞こえてくる。
真夏の温度に比べ
室内はガンガンに効いたクーラー。
グルリと見回すと
自動販売機の横の幾つかあるテーブルで
彼はノートに何かを書いてた。
中澤は知らぬ顔でコーヒーを買って
向いに座った。
「cami君?」
なにやらイラストを書いてた彼の指が止まる。
ゆっくりと持ち上げられる顔。
「なんすか?」
男の子にしては高めのアルトボイス。
「・・・・・・もしかして、女の子」
「昨日も君って呼んでたっすよね?」
「ごめん、てっきり男だと思ってた」
「ま、いいっすけど」
186L.O.D:02/01/10 16:12 ID:vnWnPief
camiは視線をノートに落とす。
一度だけテレビのチャンネルをザッピングしてる時に見た
深夜アニメのキャラクター。
流れるような流線形で描かれる筋肉は
美しかった。
「昨日はごめんね、酔っぱらってて」
「・・・・・・」
「なんかお詫びしたいんだけど?」
「仕事、途中じゃないんすか?」
「そう、、だけど、、、、」
「いいっすねー、この時代に抜け出して
 ゲーセンでナンパ?」
「な・・・・・・」

  コトッ

camiはペンをテーブルに置いた。
書き殴られたような文字で入れられた『cami』の文字。
「あんた、ここに何しに来てんだよ」
ノートをテーブルの脇に添えられた本棚のケースに納め
カバンを手にすると、行ってしまった。
置いてかれた中澤はコーヒーが冷めても
なかなかテーブルから離れる事は出来なかった。
仕事に戻らなきゃと気付いて
席を立った瞬間
聴き覚えのある声が入り口の辺りから聞こえた。
「お姉さぁーーーん」
「あ、昨日の子・・・・・・」
ちっちゃい女子高生が、身体いっぱい手を振ってる。
精一杯笑ってみせても
元気がないのが分かってしまったらしい。
「どうしたの?」
187L.O.D:02/01/10 16:12 ID:vnWnPief
「cami、、さん、、、怒らせちゃった」
「なにしたのさ?」
「いや、昨日のお詫びをしたくて、、、」
「ふーん」
女子高生は中澤の手を握ると
Wingsを出て、向いのマクドナルドに突入。
中澤はあっけに取られて、何も言えない。
奥の席に座って
女子高生は手帳を開く。
「ハンドルネームcami。
 本名 市井紗耶香。
 16才。高校中退。
 入ったんだけど、イジメにあって、
 本人も行く気を失って、やめた。
 趣味はゲームとアニメ。」
「なんでそんな詳しいん?」
「まぁね」
「そいや、あんた名前は?」
「矢口真里。お姉さんは、中澤ー、、裕子だよね?」
「そう」
「ごめんね、あの子、ちょっと変わってるっていうか
 人見知りするんだよね。」
「そうなんか・・・・」
会話が止まる。
矢口が手帳を鞄に戻す音。
わずかな吐息まで聞こえる。
しゃべりだしたのは、中澤
「あの子に、ここに何しに来てんだ言われたわ」
「うーん・・・・・・」
「ただ謝りたかっただけやねんけどなぁ・・・・・・」
「人には色々と都合があるってもんだよ
 それよりさ、矢口にお昼ご飯おごってー」
その言葉の中の一瞬で、
全てを見通せるガラスのような冷たい目から
少し身を乗り出して、愛玩を待つ
まるで子犬のような顔に変わってしまった。
188L.O.D:02/01/10 16:13 ID:vnWnPief
それが、市井の言葉や境遇にかぶさった。
何しに来てるの。
そこは、ゲームセンター。
ゲームをするところ
そして、閉息した空間。
学校にも行かず、何もせず、バイトもせず
ゲームに明け暮れる人達。
こんな時代にとあの子は言った。
感じてる息苦しさ。
彼女はそれをゲームで晴らしてたんだ。
彼女の中でここは大事な場所。
日々、生きていて
嫌な事はここで晴らす
極個人的な行為をする場所。
中澤はそんな場所に踏み込んでしまったのだ。
「お姉さん?」
「ん?」
「泣いてるよ、、、、?」
矢口が純白のハンカチを差し出してくれた。
気付かなかった。
いつの間にか泣いていた。
心が揺さぶられる。
そして、突き刺さる。
あの子の言葉はそんなに重かったのだ。
気付かされた。
自分が引かれたのは、市井自身じゃない。
Wingsというあの場所なんだ。
会社と家を往復する生活。
上司のセクハラ。
お酒でごまかして、吐いて、
吐き出してた鬱憤。
彼氏の一つもいれば、違っただろうに
うまい事行かなくて
すさんだ心が引き付けられてた。
「矢口はなんでいっつもあそこにおるん?」
「なんでだろうね?」
矢口の携帯が鳴る。
「もしもし?あー、なっち?
 うん、近くにいるよー、マック
 あ、見えた見えた。」
こないだも一緒にいた子が走ってくるのが見える。
中澤はバッグを開いて、財布を取り出し、
テーブルに千円置く。
「これでなんか食べ」
「あれ?お姉さんは?」
「仕事戻らなあかんわ」
入れ違いに訛ってる子も来た。
会釈して、店を出ると
タバコに火をつけた。
いつにも増して
うまくないタバコだった。
189L.O.D:02/01/10 16:48 ID:vnWnPief

平家の誘いを断って
またWingsに足を伸ばすと
訛ってる子が踊ってた。
たどたどしくも踊れてはいた。
ゲームが終わったらしく
タオルで汗を拭きながら
降りてきて
中澤を見つけた。
「こんばんはー」
「こんばんは」
「やりません?」
「これを?」
やった事がなかった。
いっつもいっぱい人がいて
それになんか4とか書いてるし
騒がしいし
やっぱ1から練習しないと
そんな人前で踊るなんてなどと考えてたが
訛ってる子は、いーからいーからとか言いながら
背中を押す。
勝手にお金を入れられ
曲の選択も勝手にされた。
「こ、これ踏めばええん?」
「そうそう。画面がスクロールしてくから
 矢印がピッタリ合うように踏めばいいのっ」
どこかで聴いた事があるディスコサウンド。
見よう見まね。
タイミングを合わせて
踏んでみる。
ゲームの中の歓声は少しずつ大きくなってる気がした。
必死だった。
踏む事だけに頭が行っていた。
190L.O.D:02/01/10 16:48 ID:vnWnPief
「わぁーっ!」
訛ってる子が声をあげる。
Bランク。
悪くはないって事か。
「うまいうまい。
 お姉さん、初めてなんでしょ?」
「おぅ」
「これはスジがいいっしょやぁー」
「あー邪魔やっ!持ってて!」
ヒールを預けて、次の曲に挑戦。
これはなかなかハマるかもしれない。
夢中になって、何曲か挑戦したところで
ゲームオーバーになってしまい
中澤はベンチに倒れ込んだ。
「ご苦労様ー」
彼女が買ってきてくれたスポーツ飲料がおいしかった。
「おもろいな、あのゲーム」
「でしょー、なっちもね、最初ヘタだったんだけど
 矢口がね、教えてくれたんだぁー」
「自分、なっちって言うん?」
「うん、安倍なつみ。」
「うちは中澤裕子」
「裕ちゃんて呼んでいい?」
暖かい笑みを浮かべる女の子だ。
暗くてうるさいこの世界に不似合いなぐらい暖かい。
「ええよ」
ゲームのエディット音が聞こえて
中澤は機体を見た。
水色のパーカーにスリムのパンツルック。
華奢な身体がすごく目立った。
「camiさん、、、、」
つぶやいた声が聞こえたのか
彼女は振り向いた。
一瞬、中澤は怖かった。
侮蔑の視線を向けられるのではないかと
怯えてしまった。
安倍が自然と手を握ってくれた。
191L.O.D:02/01/10 16:49 ID:vnWnPief
「なっちの知り合いなの?」
騒音の中でもよく聞こえる声。
「友達、、かな?」
安倍はそう言って、中澤を見る。
「ふーん」
市井は興味なさげにゲームへと戻ってく。
なんともリアクションがしづらかったが
そんな状況をブチ壊したのは矢口だった。
ドタドタと走り込んできて
市井の隣のDDRの機体に飛び乗った。
「一緒にやろっ」
「O.K」
トランス系の打ち込みサウンド。
B.P.M200の世界。
ちゃんとそこにノッて
完璧に踊ってみせる。
まるでプロのダンサーのように息がピッタリあってて
中澤は息を飲んだ。
1曲終わったところで
思わず拍手してた。
「おっ、ありがとぉう」
手を上げて、それに答えてる矢口に対し
市井は少し笑ってた。
2人のプレイは時に機械のごとく
正確に刻まれ、最高得点を叩き出していた。
「いやぁー、すごいねぇ」
やっぱり安倍は訛っていて
抱きついてきた矢口を迎える。
汗を処理して、次のゲームに向かおうとしてた市井に
声をかけようかためらってると
矢口が大きな声でこう言った。
「紗耶香!裕ちゃんがご飯おごるってさ!!」
「はぁ?」
うるさい中でも声が通じたらしく、
市井はしばらく考える様子だったが
手で丸を作る。
やってきた紗耶香の鞄を
矢口が取り上げ
先に歩いてく。
苦笑すると、市井と目があった。
市井も笑ってた。
「そだ、ゴチになります」
「ええねんええねん」
中澤はそう答え、歩き出す。
気持ちがスッキリした。
4人は一緒にWingsを出た。

其の二 終了