『Night of Tokyo City 』
其の一、田舎者と女子高生
授業がここまで恐ろしくつまらなく感じるのも
もう慣れてきてしまった。
2流と言ってしまえば、それまでのような大学の
文学部に入学して、早五ヶ月。
今となっては、このレポートを出せば卒業出来るような
授業を適当にサボって、どっかに行くような
ズルがしこさも手に入れた。
安倍なつみ、19歳。
北海道から抜け出したいがために
この大学にやってきた。
とりあえず卒業出来ればよかった。
卒業したところでなにがしたいわけでもない。
ただ昔から、大人になりたかった。
そうすれば、なにか自由になれる気がしたのだが
年を重ねるにつれ
何かが激変するわけでもなく
ただ虚無感を感じながらも
若きゆえに感じる拘束感に喘いでいた。
溜息を一つつく。
それが何かを変えるわけでもないが
そんな煮え切らない生活に
アンチテーゼとして行動しておいたのだ。
くだらない毎日。
「なっち、学食行く?」
「あー、今日はいいや」
当たり障りのない友達。
初めて座った席が近くて
しゃべってただけの事。
「授業終わりなの?」
「うん」
「そっか、じゃねー」
安倍は自分の性格を知っていた。
なにかの拍子に無意識に言葉で人を傷つけてしまう。
それで、何度も喧嘩したし、
いじめられた。
そういうのが嫌で
塞ぎがちになった。
当たり障りのない付き合い
互いを詮索しない、そんな付き合いをしていれば
自然と壁が出来て、安心できた。
誰かを傷つけなくてすむ。
それだけが、安倍を救っていた。
今日も1人で街をぶらつく。
1人は嫌いじゃない。
自由だから。
どんなわがままだって
1人なら大丈夫。
あっちのお店、こっちのお店と
色々見てまわる。
お気に入りの服屋を何件か回ってみて
その角のこないだ見つけたカフェに入る。
サンドイッチがおいしい。
ライ麦のパンに新鮮な野菜やハムが挟まってる。
それを食べながら、フと自分の二の腕を見た。
(やせなきゃなぁ)
さっきの服屋でかわいいキャミソールを見つけたのだが
この二の腕で着るのは勇気がいる。
思っていても、なかなか実行はできない。
昼食を終え、本屋でも覗こうかと歩き出した時、
カフェ前の交差点の向こう側にゲームセンターを見つける。
高校の時、何人かでやってきて
遊んだ記憶がある。
楽しげなその雰囲気に連れられて入ってみた。
入り口には懐かしいUFOキャッチャーやら、プリクラ。
真中のフロアには挌闘系のゲームが並んで
その周りは、俗に言う音ゲーがズラリと囲んでいた。
店内は少し暗めで、音の洪水みたいになっている。
昼間だから人は少ないが
それでも、常連らしき人が何人もいた。
安倍はダンスダンスレボリューションの前で立ち止まる。
簡単な曲なら前やった事がある。
ちょうどやってる人もいないし
挑戦する事に決定。
ロングスカートの裾をひらりと舞わせ
台の上に乗り、金を入れたところで気付いた。
厚底サンダルは踊りづらい気がする。
「ま、いっか」
靴をポポイッとそこら辺に投げて
プレイを始めたが、これが惨敗。
でも、間違えることも楽しくなってきて
1人、キャァキャァ言いながら遊ぶ。
汗をかいて、後ろにあるベンチで休憩。
自販機で買ったジュースを飲むと
すごくおいしく感じた。
火照った体にはすごくいい。
結局、その後、1000円近く使って踊ってしまった。
安倍はこのゲームセンター『Wings』に通う事となる。
数日後
本日もまた、授業をサボって
お昼ご飯は適当に済まして
やってきた。
自動ドアが開いて
店内に入ろうとすると
いつもより一層うるさい気がした。
「なんだろ、、、、」
思わずその音の方を見てしまった。
ちっちゃい女子高生が
くまのプーさんのUFOキャッチャーで苦戦してる。
「クソォーーーー!」
かわいらしい声だが
高くてキンキン響く。
「もういっちょ、勝負だっ!!」
女の子は勢い良くコインを投入。
安倍はその子がとれるのか気になって
DDRの方には行かず
後ろでUFOキャッチャーをしながら
チラチラと見ていた。
キャアキャア言いながら
2000円くらいやっただろうか。
諦めたらしくしょぼくれながら
店内の中に消えていく。
安倍は試しにその台をやってみようと
100円入れた。
ボタン1は横移動。
スーっと動いて。
ボタン2は縦移動。
さっき何度も取り損ねてたぬいぐるみの真上に。
アームががっしりと抱え込む。
ヒョイ。
あっけない幕切れ。
取ってしまった。
安倍は取り出し口に落ちてきたプーさんを拾う。
「・・・・・・」
店の中を見た。
彼女は小さな体をいっぱい動かして
DDRで狂ったごとく踊っていた。
最上級に難しいレベルでやってる。
「すっごぉー」
いつものベンチのところに座って
彼女のプレイを見てる。
まるで流れるような動き。
安倍のモタモタした動きではとてもじゃないが
かなわない。
踊り終えた女子高生が鞄からお茶を出しながら
やってきて、隣に座った。
安倍が勇気を出して、声をかけようとした瞬間
その子はヅラを脱いでいた。
(ヅラ!!?)
中から出てきたのは、綺麗な金髪。
よく見ると、目も青い。
(なに、この子、外人さんなんだべか!?
さっき叫んでたのは日本語だったけど。
もしかして、日本語は出来る外人さん!!?)
「はぁーーー、疲れたぁーーーーー」
周りを気にせず、でっかい声で叫ぶ女子高生。
「あ、、、あの、、、、」
少し怯えた様な安倍が声をかける。
「ん?」
「これ、、さっき欲しそうだったから」
「おわぁ!プーさんだっ!!
なに!取ったの!?」
「うん」
「何回やっても出来なかったんだよぉーーー!
矢口、プーさん、超好きなんだっ!!
あんがとっ!!」
「いやいや、、、DDR、すごいうまいね?」
「まぁねー、学校サボっては遊びに来てるからねーー」
なんか得意そうにしゃべる。
でも、ちょっとかわいくて
安倍は微笑んでた。
「なっち、最近始めたばっかで全然ヘタなんだ」
「だいじょーぶ、この矢口真里様が教えてしんぜよーー」
「ははぁー」
会ったばかりなのに、しゃべってるとなんか楽しい。
2人ともそう感じて、盛り上がっていた。
安倍はかばんを置いて、DDRをやりに行く。
矢口が横に立って、口で次はどう体を向けたらいいか
教えてくれたりする。
この子とは気が合いそうだ。
思わず顔を見合わせて、笑ってしまった。
夜。
1人の部屋で、テレビを見てる。
若手のお笑い芸人が素人の女の子の部屋を襲撃してる。
部屋の中を漂うバニラの匂い。
最近、ちょっと凝っていて
今日も帰りがけに何個か買ってみた。
湯上がりの部屋にはイイ感じかもしれない。
携帯を手に取った。
女子高生と仲良くなるとは思わなかった。
2人でゲーセンで遊んだ後
カフェに行って、軽い食事をしながら
しゃべってた。
彼女の名前は矢口真里。
18歳、高校三年生。
一つ年下という事になる。
横浜出身で学校はこっちの商業系高校に通っているのだそうだ。
授業をサボっては、渋谷などで遊びまくるらしい。
Wingsにはよく来ていて、何人かの常連とも顔なじみ。
「メールしてみよっ」
なんとなく彼女なら24時間いつ送っても
メールが返ってきそうな気がする。
それぐらい、ちっちゃな体にパワーがあって
元気いっぱいな感じがする。
『まだ起きてるー?』
すぐに返事は返ってきた。
(まだバリバリだよー!今、カラオケだもんね)
『まだ帰ってなかったのかい、この子はー』
(あはははー、なっち、おばさんみたい)
『おばさんって失礼だねー』
(いもだしね)
『もーこの子は。なっちはそろそろ寝るかな』
(年寄りは寝るの早いねー)
『なっちはおばあちゃんじゃないって』
(ま、いいや。おやすみー、チュ)
『おやすみねー』
かわいらしい。
ひさしぶりに会話が楽しかった。
自然と心が浮き足立っていた。
友達が出来る事がこんなに嬉しい事だって忘れてた。
部屋の電気を消して
ベッドに潜り込む。
今日はいい夢が見れる気がする。