「ちょっ、ちょっと待ってください」
「なによ」
「えっ、あのなんでお風呂に入るんですか」
保田はじっと紺野を見ている。片手はドアノブを掴んだまま。
「…入りたくない?」
保田のきゅっとつり上がった大きな瞳がこちらを向いて、
少し怒ったような感じでふっくらした唇の口角は下がって
いる。
紺野はごくりと唾を飲み込んだ。
「は、いりたいです」
少しの間、2人の息だけが聞こえる。
保田は視線をしばらく紺野の方に残した後、じゃあはいろ、と
いつになく明るくて幼い声でそう言いながらくるりとまた
ドアの方に向き直った。
保田はちょっとだけ笑っているみたいで、振り向きざまに見えた
その上がった頬の膨らみを紺野はちゃんと見つめていた。
自分より年上なんだけど、そのちょっと照れたみたいに笑ったよう
だった保田には、年上の可愛さみたいなものがあって
それは紺野を妙にどきっとさせた。
昼間、バンの中で保田に感じた嬉しさとはまた違う感情だ。
紺野は自分の心臓の上の方が、早く脈打っているように感じた。
(や……)
「保田さんっ」
保田は1歩ドアの向こうに踏み出したところだった。
紺野の後ろには暗いけれどねっとりとした空気が微かに
残る、広い空間が口を開けている。
紺野は保田の着ていたTシャツの腕の辺りを後ろから
軽くつまんでひっぱった。
保田の向こうには生活感のある部屋の明かりがあって、
ちょうど突き当たりにお風呂があるみたいだ。
保田の背中がやたらと広く、でも色っぽく、愛おしく見えた。
「ん?」
振り向いた保田の目がかすかに笑っていて、それにとても
ほっとする。
だけど紺野には言いたいことがあったわけじゃなくて、ただ
そうしたかっただけだから、紺野はそこで何も言わずに
止まってしまう。
保田は、そんな紺野を分かっているかのように優しく
その紺野の頭に手をまわすと、耳の辺りの髪の毛を
よしよしと撫でた。
何だかすごく気持ちが良くて、紺野はふうーと息を吐いた。
保田と一緒に風呂場に着くと、保田は紺野のTシャツの裾に
迷わず手をかけてきた。
紺野はその行為に戸惑って、思わずその手に自分の手を
重ねて抵抗してしまう。
きっと何も言わなかったけれど、紺野の目は泳いだようになって
「えっ?」と何かを聞き返していたであろう。
保田はその目を悪戯っぽくじっと見つめた。
「脱がしてあげる」
「えっ?」
今度はそのまま口に出たようだった。