7
「2人とも何してるんれすか?」
不意に辻の声が背後から聞こえる。
「ののっ!どうしたんや?」
その声に、加護が辻の元に駆け寄る。
「コレが、鳴ってたのれす・・・」
辻は、加護に何かを手渡す。
『カオリ?ねぇ、大丈夫??・・・カオ・・リ・・・』
雑音に混じってナッチの声が聞こえる。
「・・・通信機」
そういえば、それを探していたんだった。
「加護、ちょっとそれ貸して」
私は、加護から通信機をうけとると、周波数をあわせるようにダイヤルを回す。
「ナッチ、聞こえる?」
『・・・カオリっ!?よかった、何があったべさ?今、どこ??
みんな心配してるんだべ・・・』
ナッチは、本当に心配していたのだろう。そう、一気にまくしたてる。
「実は、がけから落っこちちゃって・・・」
『ハァ??』
ナッチの呆れた声が聞こえる。
無理もない。
「で、山に住んでる人にお世話になってる」
『・・・・』
ナッチの呆れきった顔が目に浮かぶ。
「ねぇ、ナッチ?」
『あっ、ゴメン。つい・・・崖から落ちたカオリ想像しちゃって・・・』
ナッチは、笑いをこらえているみたいだ。
全く、ナッチは失礼な子だ。
『それで、カオリ、現在地は分かってるの??』
「あっ、現在地・・・ちょっと交信してみる」
っていうのは、カオリとナッチにしか通じない冗談で・・・
ちゃんと、小型の電子レーダーで現在地をチェックする。
それにしても、いつもならこんなことはすぐ気づくのに
何から何まで忘れてた自分が不思議だ。
(居心地がよかったからかな〜)
「現在地は、N−04−016みたい」
『了解っ!!明日の朝、迎えに行くから』
「うん、よろしくね」
『じゃ・・・』
ブツッと通信が切れる。
私は、ふーっと一息ついた。
安心した・・・やっぱり助けが来てくれる
「・・・いいらさん」
「ん?」
辻がカオリの服の袖を引っ張る。
ナッチとの通信に夢中になって2人の存在をすっかり忘れていた。
「出ていっちゃうんれすか?」
私と、ナッチの会話が聞こえていたらしい。
辻は泣きそうな顔で私を見上げている。
加護は、そんな辻の背中をしっかり支えるように立っている。
「・・・うん、明日の朝、迎えが来てくれるって」
「・・・そう・・・れすか」
カオリの言葉に、辻が本当に沈んだ声を出す。
「しゃーないやん、のの。飯田さんには飯田さんの仕事があるんやから」
加護が慰めるように辻の肩を叩く。
「れも・・・寂しいれす」
辻が私に泣きながら抱き付いてくる。
「いいらさんは、寂しくないれすか?」
「つ、辻・・・」
カオリだって寂しいよ・・・
そう言おうとして、口をつぐむ。
そんなわけない。だって知り合ってまだ半日だよ。
そう自分に言い聞かせる・・・でも・・・あたたかい
・・・誰からも与えられなかったぬくもり。
それが今、ココにある・・・
「ゴメンね・・・辻。ゴメン・・・」
カオリは、なんかよく分かんないけどすごく辻に対して
申し訳なさでいっぱいになっちゃって、辻を抱き締めたまま泣きながら謝っていた。
8
「・・・ホナ、もう寝ましょうか」
私たちが泣きやむと同時に加護がポツリと呟く。
その顔は、無理して笑っているようにも見える。
「加護・・・」
カオリの呼びかけを無視して、加護は家に入っていく。
辻も加護の後を追いかけるようにつづく。
カオリは、1人取り残された気分になる。
(−−行かないで・・・)
その気持ちに気づきハッとする。
どうしてあの2人にそんなこと・・・
もうやめよう。
カオリは、明日、日常に戻るんだから−−
そうだよ、ここはちょっと迷い込んでしまった異世界なんだよ
元に戻れば、すぐに忘れちゃう・・・よね?
夜は、静かに更けていった。
9
次の日、大きな音を響かせながらヘリから縄梯子が降りてくる。
その一番上で、ナッチが手を振って待っている姿が見える。
「カオリー!!早く昇っておいでー」
私は、ナッチを見上げながら頷く。
嬉しいはずなのに気分は憂鬱・・・どうしてかな?
そう思いながらも、縄梯子に足をかける。
加護と辻は、見送ってくれない・・・
迷いを断ち切るようにどんどん足を進める。
「おかえりー」
ナッチが笑顔で迎えてくれる。
でも、カオリの気持ちは変わらない。
心にポッカリ穴が空いちゃった気分。
寂しいよ・・・
2人といたときは、そんなこと感じなかったのに
カオリ、また寂しくなっちゃうよ・・・
「じゃ、さっさと行かないとね、こんなとこで敵さんにみつかったら
速攻やられちゃうべ」
ナッチが何かを言っているが聞こえない。
へりが動きだす。
その時、カオリの瞳に小さな2つの影が映る。
「辻・・・加護・・・!?」
小さくなっていく2人の家の玄関先に、辻と加護が立っていた。
必死に私の名前を呼んでいる。
「・・・めて」
無意識に言葉が出る。
「え?」
「止めてってば!!」
私は、思わず叫ぶ。
「ちょっ、なに言ってるべ、カオリ??」
「いいから、お願い。カオリをおろしてよ」
カオリは、へりのドアのところまで動く。
「ムリだべっ」
ナッチは、おろおろしている。
「・・・もう、いいっ!!」
「えっ!?」
さっき下見たけど、この高さなら問題ない。
こんなことしてる間に、あの子たちが離れていっちゃう。
「ディアーーーーーッ!!!」
カオリは、ヘリコプターのドアから飛び降りた。
ナッチのすごい悲鳴が遠くで聞こえた気がした。