3
「まさか、吉澤が来るとは思わんかった」
つんくは、ゆっくりとした仕草で煙草に火をつける。
かすかな煙。
それが、バックのガラス窓から見えるANGELの本部ビルの煙と重なって見える。
「てっきり、中澤が裏切る思うとったけどな・・・まぁ、ええわ」
――つんくはなにかに気づいていたのだろうか
当たり前のようにそんなことを口にする。
「吉澤、お前は、なんのためにこんなことするんや?」
なんのために?
前にも誰かに聞かれたような言葉
・・・ごっちん、だったな
なぜ戦う?なんのために?
私は、その時も答えなかった。
私がずっと黙っていると、つんくは片眉を上げて肩をすくめる。
そして、不意に口を開く。
「なぁ、おれが統治するまでのこの国はどうやったか?
内戦ばっかや。それも下らん政治家どものな」
まるで、独り言を言うように、それは訥々と不安定だ。
「国民は、反抗もせーへんでただ見とっただけや・・・やけど、
国の原動力は国民やろ。それが、機能せーへんかったらこの国は滅びてまう」
そこまで一気に言うと、つんくは、白い煙を吐きだした。
「せやから、おれは国民の憎しみをかき立てるような政策をうちたてて、
政府に反抗するやつが出てくるの待っとったんや」
つんくの言うことは正しいのかもしれない。
だが、つんくの行った方法は間違っている。それだけは確信できる。
他にもっとやり方だってあったはずだ。
ただそれだけのために・・・何万もの命を奪っていいはずがない!
そう思うと怒りがこみあげてくる。
「人の命をなんだと思ってるんだ!」
怒鳴ったあたしに、再び、銃口が向けられる。
つんくはそれを手で制止し、あたしの瞳をじっと見つめた。
底の知れない目。あたしは、思わず目をそらす。
サングラスの奥でそれは、彼のとっているポーズと同じように
ゆったりとしたカーブを描いていた。
4
「キレイな瞳しとる・・・・・・知っとったか?」
つんくは、自嘲的な歪んだ笑いを口元に浮かばせる。
「ANGELのメンバーは、みんな同じ瞳しとったんや・・・
ホンマに、みんな天使みたいやったな・・・」
確かに、人の生死、命のやり取りをしている割には、
軍隊特有の殺伐さやの漂わない人たちだった。
それはきっと、一人一人の中に確固たるものを持っていたからなのだろう
だから、あたしもANGELのイメージを徐々に変えていた。
できることなら、いつまでも彼女たちとはいい関係を築いていきたかった
だけど・・・・・・それが、今どういう関係があるんだろう
この男は、なにを言いたいんだろう・・・
あたしは、そらしていた目をつんくに戻し彼を凝視する。
しかし、その背後にある思考までは読み取れない。
「ココはな、いったん崩れたら一気に崩れ落ちる砂上の城や」
つんくは、静かになんの感情も止めずに言う。
その言葉に、あたし以上にまわりにいた兵士たちが動揺したのが分かる。
それは、そうだろう。
国のトップが、こんな発言をするなんて誰も思わない。
しかも、この男がそんな言葉を吐くなんて思いもよらなかった。
もしかしたら・・・
――この男は、死にたがっているのかもしれない。
誰かに殺されることを願っているのかもしれない。
さっきまでの弁論は全てウソで
ただ、自分を殺しに来てくれるものを待っていたのかもしれない。
それならば、あたしは、彼の目論見通りに動いたということなのか?
あたしは、そこまで考えを巡らせる。
しかし、つんくの次の言葉はあたしの考えとは一転したものだった。