2
あたしたちは、隊長室に集合している。
この中に、安倍さんの姿がないのが少し変な感じだ。
あたしは、あの人ならなにがあっても最期まで生き残ると思っていたから・・・
少女は、椅子に座らせられ、後ろ手に手錠をかけられている。
よっすぃ〜を見る。
その顔は、蒼白くこわばっている。
「ホンマやったら、さっき殺しとった」
中澤さんが、呟くように言う。
それによっすぃ〜がピクリと反応する。
「せやけど、殺人はうちらの管轄やない。明朝、秘密警察に引き渡す」
(秘密警察・・・・・・)
そんなものに引き渡されるぐらいなら、あの時、殺されていたほうが
この少女にとってよかったかもしれない。
あたしは、思わずよっすぃ〜の方に顔を向ける。
よっすぃ〜は、アタシノし線に気づくと弱々しく微笑んだ。
(・・・まさか、苦そうなんて考えてんの?)
そんなことできるワケないじゃん。
この間とは、状況が違う・・・ビル全体を敵にまわすんだよ・・・
「明日まで、あたしが拘束してもいいですか?」
不意によっすぃ〜が、口を開く。
少女の背中が、よっすぃ〜の声を効いて微かに動く。
「どーゆー意味や?」
中澤さんは、訝しげによっすぃ〜をにらみつける。
「あたし、最近、たまってるんですよね〜」
よっすぃ〜が、へらへらと笑う。
「なにも抵抗できない子と一回してみたいし」
・・・なに考えてんの、よっすぃ〜?
中澤さんは、じっとよっすぃ〜を見据え「勝手にせー」と、
吐き捨てるように言った。
「・・・ありがとうございます」
よっすぃ〜は、表情も変えずに少女の背中を押すようにして隊長室をでていく。
「後藤、見張っとけや」
少し遅れて隊長室をでようとしたあたしに中澤さんの鋭い命令。
「・・・・・・分かりました。」
あたしは、それだけを言うと部屋を出た。
3
廊下の先に、よっすぃ〜と少女の背中が見える。
「よっすぃ〜!!」
あたしは、その背中に呼びかける。
よっすぃ〜が振り向く。
「・・・その子、どうする気?」
「・・・・・・どうにかするよ」
あたしの真剣な問いに、よっすぃ〜の返事はそっけない。
多分、あたしを巻き込まないようにと気を配っているんだろう。
少女とよっすぃ〜の間には、あたしなんかが入り込めないような空気が漂っている。
--だから、あたしには関係ないんだ。
「じゃ、じゃぁ・・・今日、あたし、部屋に戻らないから」
あたしは、それだけを言って、2人に背中を向けた。
唯一、この2人にできること。
いくら部屋がわかれているといっても、隣にあたしがいたら話もしにくいだろうし
・・・もちろん、さっきの溜まってる云々は咄嗟のウソだろうけど
「ごっちん」
後ろから、よっすぃ〜があたしを呼び止める。
「ありがと・・・」
また、このパターンかいっ!
先日の口論を思い出す。
次の日、よっすぃ〜が謝ってきたけど・・・・
まぁ、今日はそんなことしたら可哀想だ。
それに、よっすぃ〜が裏切ることがなければ、一応ANGELの仲間だし・・・
・・・でも、裏切るんだったら仕方ないよね。
あたしは、振り向かずに頭のうえで手をヒラヒラとさせた。
4
「---ひとみちゃん」
部屋につくと、いつもの頼りない口調で彼女が言う。
あたしは、なにも答えずイライラとジャケットを脱ぎ捨てた。
なんでこんなところで彼女に会わなければいけないんだろう・・・
なんでこんなことになってしまったんだろう・・・
--いや、彼女のことだ。
なんで安倍さんを殺したのかもよく分かる。
あたしには、止める権利もないことも・・・・・・
それでも、あたしはやるせなくてたまらなかった-------
「・・・怒ってるの?」
彼女が、また口を開く。
「怒ってないよ」
ただ、どうしたらいいかが分からない。
朝になれば、彼女は秘密警察に送られて拷問のような尋問を受けて
殺される・・・・・・彼女を連れてココを逃げる・・・
そんなことが上手くできるだろうか・・・・・・
「やっぱり、怒ってるんだね。せっかく、この前逃がしてくれたのに、
あんなことしちゃって・・・・・・バカだよね、私」
自嘲的な口調。
「でもね、どうしても許せなかったの。あの人の噂が街一杯に溢れてて
・・・私と同じように親を殺された子供や、子供を殺されたおばあちゃんもいた、
だから、私・・・・・・」
そこで、彼女は言葉に詰まる。
涙を堪えているみたいに------。
5
「・・・こっち見てよ、ひとみちゃん」
「・・・え?」
顔を合わせるのが、視線を合わせるのが怖かった。
あたしの知らない彼女になっていそうで・・・
「一回も私のこと見てくれないね・・・」
「・・・そんなことっ」
あたしは、顔を上げる。
彼女の唇の端からは、一筋の血がこびりついている。
でも、その顔はすごくキレイだ。
あたしの怖れていたことなど、微塵も感じさせない。
「梨・・・華ちゃん・・・」
あたしは、今日はじめて彼女の名前を呼ぶ。
「逃げよう」
「え?」
彼女は、驚いた表情であたしを見つめ返す。
「一緒に逃げようっ」
あたしは、力強く言う。
あたしの言葉に梨華ちゃんは首を振る。
「・・・なんで?」
なんで、イヤなの?
だって、死んじゃうんだよ・・・・逃げなきゃ・・・
「私ね、ホントはひとみちゃんを殺して死のうと思ってたの」
「え・・・?」
どうゆうこと、梨華ちゃん?
「でも、殺せないよね。だって、約束したじゃない、昔」
「約、束?」
約束・・・ってなんだっけ?
べーぐるをいつか一緒に食べるとか??
んなわけないし・・・ゆで卵でもないし・・・・なんだろ??
キョトンとするあたしに梨華ちゃんは、「やっぱり忘れてるー」と、笑った。
6
もぅっ、ひとみちゃんは忘れっぽいんだから・・・
って、こんな変な約束覚えてる方がおかしいんだけどね。
ひとみちゃんは、私とした約束を思い出そうと必死に考え込んでいる。
なんか困らせてばっかりだね・・・
でも、これから私が言うことはもっとひとみちゃんを困らせちゃうね
「ねぇ」
私は、口を開く。
ひとみちゃんが、私の顔を見つめる。
「-----私を殺して-----」
ひとみちゃんは、目を見開いた。
「なに言ってるのっ!?」
「だって、秘密警察なんて行きたくないもん」
「だから、一緒に逃げようって!」
私は、ひとみちゃんの真剣な視線から目をそらす。
「・・・ムリだよ」
「ムリじゃないっ!!」
ひとみちゃんが、大きな声で言う。
相変わらず、ウソが下手だね、ひとみちゃん・・・
この間のように、逃げられないの分かってるのに・・・
だから、さっきだって、悩んでたくせに----
「私ね、ひとみちゃんに会えてよかったよ」
本当によかった。
あの時、昔と変わらないひとみちゃんがいてくれてよかった。
ひとみちゃんなら、ココから今の社会を変えてくれる。
多分、そのためにANGELに入ったって今なら分かるから・・・
だから・・・だから、私よりもそのことを考えて・・・・・
「・・・・・・できないよ・・・」
ひとみちゃんが、激しく頭を振る。
透明な涙が、彼女の美しい瞳からこぼれ落ちる。
そうやって泣く彼女が本当に愛おしくて----
この手錠がなければ・・・抱き締めて上げられるのに・・・・・・
もどかしさで一杯になる。