1
ついこの間、あたしたちの入隊式が行われたホールで飯田さんの葬儀が行われている。
いなくなってしまった辻と加護の隣の部屋で眠るように死んでいた飯田さんを発見したのは安部さんだった。
あたしは、安部さんを横目で盗み見る。
中澤さんもごっちんも、もちろんあたしも泣いている中、
ただ安部さんだけはその凛とした表情を崩そうともしない。
その姿には、あまり悲しいという感情は見えず、むしろ怒りを抑えているように見えた。
葬儀が終わると、あたしたちは哀しむ暇も与えられず任務にかりだされた。
任務は、特別、普段と変わりなく(ただあたしたちの中に、ひときわ背の高い飯田さんが
いなくなったことを除いて)すすめられた。
しかし、今回の任務は相手の数も多くなかなかスムーズには、はかどらない。
あたしは、ごっちんと中澤さんが突入している間、いつものジープで安部さんと待機することになった。
2
(安部さんの隣は、緊張するなあ・・・)
とくにあんな事があった後だし、なに話したらいいんだろ・・・?
あたしがそんなことを考えていると
「ねぇ、よっすぃー」
と、沈黙を破り安部さんが口を開く。
「は、はいっ」
「・・・変に思った?なっちのこと」
「へ?」
きっと葬儀中のことだろう。
確かに、一番仲がよかった飯田さんが死んだのに、あんまり哀しそうに見えないから変といえば変だけど
---きっと心で泣いてるんだとあたしは思っていた。
「なっちねー、あんまり悲しくないの」
安部さんが、少し目を伏せて自嘲的に笑う。
「なんか、それよりも怒りが先に来ちゃって・・・」
「怒り・・・?なんでですか?」
安部さんの言いたいことが分からない。
「なっち、一回、カオリに負けたことがあるんだ」
「はっ?」
さっきから話に全くつながりがない。
(やっぱり、ムリしてるんだ、安部さん・・・)
「よっすぃー、聞いてくれる?裕ちゃんたちまだ帰ってきそうにないし・・・」
安部さんが、中澤さんたちのいる建物に目をやり、それから、あたしの方を見た。
ここで断ったら安部さんの精神状態が心配だ。
あたしは、うなづく。
安部さんは、ニコッと笑い飯田さんとの出会いを話し始めた。
3
安部 なつみ 16歳。飯田 カオリ 16歳。
東部訓練校トップと、細部訓練校トップの2人は
東西訓練校生対抗森林内テストではじめて出逢った。
簡単に言えば、このテスト、ようはただの陣取り合戦で
隊長としての器を見ることが目的である。
もちろん、隊長となったのは安部と飯田であった。
「それじゃ、S−1−007で合流して、第2小隊は、E−3−106で待機、
罠しかけとくべ」
そう言って、通信を切る。
(隊長も楽な仕事じゃないべ・・・)
でも、このテストの結果で訓練校生としては異例の軍部入隊が
かかっている。だから、西部の人たちには負けられない。
ただ一つ心配なのは、相手の隊長---確か、飯田カオリって言ってたべ。
噂を聞くかぎりじゃ、相当強いらしいけど・・・
チラッと敵兵レーダーに目をやる。
作戦もなにもない、めちゃくちゃな配置
---采配能力はないみたいだべ。
少しホッとする。
なっちが、軍隊でトップを目指すにはこんなとこでモタモタしてられないべ。
その時だった。
「・・・・隊長!!あ、悪魔がっ・・・・・きゃーーっ!!!」
待機させていた第2小隊のリンネから奇妙な通信が入り、悲鳴と共に途切れる。
「・・・な、なんだべ?」
−−悪魔?
確かに、そう言っていた。
他の小隊へと連絡を取ろうとしたが、その全てが繋がらない。
「どうゆう・・・ことだべ・・・?」
こんなはずじゃない。あるわけがない。
無意味に隊長室の中をグルグルと歩き回る。
−−待てよ・・・敵はどうなってるんだべ?
思わず忘れてしまっていたレーダーを手に取る。
「・・・っ!?」
な、なんだべ、コレっ!?
なっちと敵が重なってる!?
−−どこだべ・・・右・・・左・・・正面・・・後ろっ!!
バッと振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
「どうして・・・?」
このレーダーが壊れているのか・・・そんなハズない・・・・・
カサッ
微かな物音に、対抗用の銃を手に取る。
『見えない敵ほど恐ろしい物はない』
はじめて教官の言っていた言葉の意味が分かった。
物音はするのに・・・姿をとらえることが出来ない。
ただ、焦りと不安がのしかかってくる・・・一時も、油断できない状況
これに人はどれだけ耐えることが出来るんだろう・・・
バサッ
ひときわ大きな音が部屋中に響いた。
それと同時に、天井から真っ黒なシルエットがなっちに向かって落ちてきた。
「うわぁーーーっ!!」
なっちが、それに気づいたときには・・・もう、ゲームオーバーだった。
4
「・・・で、その黒いのが」
「カオリだったの」
−−隊長自ら敵陣へって・・・さすが飯田さんだ。
「でね、なっちはショックだったんだべ。あの時まで、誰にも負けたことなんてなかったのに
しかも、特例入隊がかかってたテストでだべっ」
安部さんは、顔をイーだって子供みたいにしかめる。
−−あれ?でも、安部さんって・・・
「入隊したんじゃなかったですっけ?」
確か、ごっちんがそんなことを言っていたような・・・
「うん。まぁ、さすがにあんな風に隊長自ら突っ込んでくるような戦術は、
教官たちも考えてなかったみたいで−−それまでのなっちの
采配は、入隊しても十分つうじるからって」
少し誇らしげな表情。
−まぁ、そうだろうな。あたしじゃとてもムリな話だし。
「でも、すごいですね〜」
あたしの何気ない一言に安部さんがぷっと吹き出す。
「よっすぃーって、変なのー」
「そ、そうですか?」
どこが、どう変なんだろう?
あたしは、首を傾げる。
「うん、すっごい変」
そんああたしの顔を見ながら、安部さんは天使のように微笑む。
−−でも、この人って、天使の前に『キリング』ってつくんだよね。
こうしてると、全然、普通なのに、任務になると変わっちゃうんだよな〜。
「なんだべ?」
「えっ!?」
ボーっと見ていたのに気づかれたらしい。
「あ〜、いや、えっと−それでどうやって飯田さんと仲良くなったのかなって思って」
あたしは、とっさに取り繕う。
「んー、そうだね。はじめて一緒に仕事したときのフィーリングだべ」
「フィーリング?」
「そ、カオリと,まともに話したのが死体の前だったんだべ」
安部さんは、その光景を思い出すかのように目を細めた。
・・・っていうか、そんな光景を懐かしそうに言わないでくださいって
5
死体だらけの森の中、テロの首謀者を追いかけてひた走る。
「---ハァッハァッハァッ!!」
山道には慣れているが、さすがに日が暮れてしまうとその足取りを追うのも難しくなる。
(今、仕留めないと・・・っ!)
私は、猟犬のように走り続ける。
男も必死で逃げる。
銃を撃つ。
木に邪魔されてなかなか当たらない。
(反対側からの援軍はまだ?)
疲労で顔が下がってくる。
−−−ドンッ
不意に、坂の反対側から銃声が聞こえた。
驚いて、下がりかかった顔を上げる。
私の視界に、男を真ん中にして、背の高いシルエットが浮かび上がる。
----男の仲間!?
じっと、目を凝らしてナゾの人物を見るとフォース2の制服を着ていることが分かる。
援軍だ。
男は、突然の新手の出現に驚き、方向を変えようとしてこける。
−−−今だっ!!
私は、男に銃を向ける。
影も、男に銃を向ける。
-----------ドンッ
2つの銃が、同時に火を吹いた。
男は、悲鳴を上げることなく絶命する。
「ふー・・・」
私は、その死体に近づく。
「・・・安部さんでしょ?」
影が、気軽に声をかけてくる。
「え?・・・そうだけど、あなた・・・」
そこで、気づく。
フォース2でこんなシルエットを作り出せるのはあの子しかいない。
「カオリだよ、飯田カオリ」
そう言って、少女が笑う気配がする。
どうやら、彼女も私と同じように特例入隊を果たしたらしい。
それにしても、こんなところで会うなんて・・・
正直、この間のテストのことで彼女にはあまりいい感情を持っていない。
・・・というより、得体の知れない行動をするモノへの対応の仕方が分からない。
「ねぇ、安部さん」
私が、じっと睨むように見ていると飯田が言う。
「どっちの銃が、この男、殺したか賭けない?」
「え?」
飯田は、ニコニコしている。
−−面白いべ。つまり、どっちが早撃ちか競いたいってことっしょ
この間は負けたけど、なっちの早撃ちは、全国3本の指だべっ!!
その余裕の表情がいつまでもたせられるか、勝負だべっ
私たちは、男の死体を観察する。
男の後頭部に、なっちの放った銃弾。
飯田の銃弾は、肩をかすめて木に突き刺さっていた。
「あーっ!!なんでー?カオリの負けー!?」
信じられないと言った表情の飯田。
「ヘッヘーンッ!!なっちの勝ちだべっ!
ってゆーか、早撃ちで負けるわけがないんだべ」
私が、その勝利に小躍りしていると、飯田は、笑いを噛み殺しながら言う。
「・・・安部さんって・・・こんな人だったんだね」
−−こ、こんな人?・・・どんな人??
「もっと、おとなしい人かと思ってたのに『だべ』って・・・プッ、アハハ・・・」
そう言って、死体の横で笑い転げる。
「・・・だ、だべは、なっち語録だべ。・・・あっ!」
また、語尾が『だべ』になった私を見て、さらに飯田は笑う。
それが、悔しくてちょっとムキになって言い返す。
「な、なっちだって、飯田さんがこんな人間っぽいとは思ってなかったべ」
「・・・人間ぽいって・・・カオリ、人間だよー」
「−−どこが〜?」
「ひっどーいっ、プーだっ」
なんだか私たちは、まるでこうすることが日常とでもいうように
その後も言い合いを続けながら笑い転げた。