ソナチネ(彼女たちの場合)

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93que
愛が遅い夕食をとっていると、ポケットの携帯が鳴った。
あわてて、音を消す。居間にいる伯父に依然しかられた事があったから。
しかし、伯父は気にも止めなかった。
すでに伯母と口論を始めていて、忙しそうだった。
愛はそっと夕食を片付け、部屋に戻った。
携帯を取り出して画面を確認すると、メールが入っていて笑顔になる。
メールを読みながら、すぐ送信者に電話をかけようとしたが、本文を最後まで読
んだところでその手を止めてしまった。
居間の方からはまだ怒声が聞こえていた。
94que:01/12/13 13:42 ID:cGkxMINc
市民プールはなぜか閑散としていて、いくらはしゃいでもとがめられる様子はな
かった。だだっ広い空間で潜水して、競泳して、落とし合い。笑い過ぎでお腹が
よじれる。

亜弥が25メートル泳ぎきって顔をあげると、愛の顔が目の前にあって驚いた。
「わ」
「今、どうですか?」
「え?」
「『休めてせいせい』『みんな嫌い』『愛が好き』」
亜弥は急によどんだ顔になる。
「うん……」
「そんな。ごめん、冗談よ」
あわてて愛は亜弥の顔色を伺った。
「愛ちゃん。わたし……」
「ごめんね」
「3番で」
亜弥はにと笑顔を見せた。愛もすぐ笑い返して手を差し伸べる。つかまって上が
ろうとする手をぱっと放すと、亜弥は水の中に消えた。「鈍臭いよ亜弥ちゃん」
95que:01/12/13 13:43 ID:cGkxMINc
図書館で愛は、あと少しで読み終わる本を読んでいた。あと数ページだった。こ
れを読破するまでは死ねない―!
そんな勢いで活字を追い、目が血走る。

亜弥は二時間前からパソコンの画面を睨んでは、眉間にシワを寄せていた。
アンダーグラウンドなサイトを次々廻ってみたものの、求めている情報は見つけ
るのは難しくて、
「だめだコリャ」
ひとり呟いて、椅子にもたれた。
96que:01/12/13 13:44 ID:cGkxMINc
白い壁や清楚な置き物に目を奪われる。
二人は都心、ビル郡の中にある心理カウンセリングセンターを訪ねた。
入口を入るなり女性所員に応対され、少し後ずさってしまう。
「どんな御用件でしょうか?」
亜弥は、手慣れた様子で応じる所員を前に、用意していた質問が出てこなかった。
にこやかに案内される。
「どうぞ、こちらへ」
そう言われても、なぜか気が進まなかった。愛が背中を押してくるのを踏ん張る。
所員は笑顔のまま、待っている。「どうぞ」
「あの……」
「……?」
愛は、今度は亜弥の服を引っ張る。
「なんでしょう?」
「死にたい場合って、ここでよかったんですか?」
97que:01/12/13 13:44 ID:cGkxMINc
数秒、白けた間を感じる。所員の笑顔は一瞬崩れたが、すぐ元に戻り「少々お待
ちください」と言って奥に引き下がった。
それを見て、愛が吹き出した。それにつられて亜弥も笑う。動揺した表情が可笑
しくて。
そのまま二人は逃げるようにセンターを後にした。