107 :
que:
亜弥は地下鉄構内のベンチに腰を降ろしながら顔を上げた。ホームの人間は極まばらで、それが不安感をあおる。
その横で愛はリュックの中の、かさばったものを押し込むのに苦戦していた。
「それ、出しときなよ」
亜弥が忠告すると
「う〜ん邪魔」
と、リュックから飛び出している棒を引っ張り出し、それを掲げる。
(どなたかが止めなければ わたしたちは死にます)
太字でそう書かれたプラカード。
「派手だね」
赤やピンクの文字を見て亜弥は言った。
「見た瞬間、引くと思うな」
愛もプラカードを見つめた。
108 :
que:01/12/18 04:24 ID:G0lgw4wW
車両がホームに到着して二人が乗り込むと、思いのほか混んでいた。少ないより
は多いほういいけど。それでも亜弥の胸はきゅっと痛む。
次の駅まで待つと席が空いて、すかさず二人はシートの端に陣取った。
愛はホームで出しておいたプラカードをなぜかリュックにしまっており、取り出
すのにまた四苦八苦していた。亜弥が手伝って、そのそんなに大きくない紙の看
板を取り出すと、愛は迷いなくそれをシートの後ろに突き刺す。すると否応なく
こちらを向いている乗客に、それが目に入る案配となった。
プラカードを見てぎょっとなる御婦人方。それを見て愛は少し得意げな顔を見せ
たが「愛ちゃん」
亜弥に、前に投げ出した足を注意された。
109 :
que:01/12/18 04:26 ID:G0lgw4wW
看板の文字を凝視する、頭の薄い中年。
愛はその目を見つめた。眼鏡をずり下げて看板の文字を読む彼の目は、明らかに
いかがわしいもの見る目で、読み終わると不快感をあらわに今度は自分に睨みを
投げてくる。やがて読みかけの新聞に読みに入ってしまった。
ドア付近に立っている青年は愛と目が合うと同時に、持っていた携帯に素早く目
を移す。
愛が視線をはずすと、彼はちらちらと看板と自分の顔を交互に見つめる。それが
視界の端でも把握できた。
特にどうという感情も湧いてこなかった。こういう状況がいたって普通という事
は愛なりに理解しているつもりだった。