ソナチネ(彼女たちの場合)

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103que
冬の海岸は少々風が強く、マフラーの端が高く舞い上がる。
愛はデジカムのスイッチを眺めていた。
「どれがどれだかわからん」
砂に足を取られながら亜弥が駆け寄ってくる。
「撮れた?」
「ううん」
「この赤いのを押すんだよ」
「これか」
ファインダーを覗くとRECの表示。カメラを持ち上げると画面に海が映った。
「わあー、きれい」
こっちこっちと呼ぶ亜弥の方にカメラを向けると、波打ち際を駆けている。
もう一度海に向けてみた。直射日光の反射が愛の目を細くさせる。
「うおー」
空は夕暮れ間近、少し染まり始めていて、愛はそこからしばらくカメラを動かせ
なかった。

あ、と気が付いてと亜弥の方にカメラを向けると、どうやら波に打たれたらし
く、下半身を濡らして右往左往していた。愛はそれを撮りながら、笑いでカメラ
がブレるのを必死で抑えた。
104que:01/12/17 00:57 ID:QhjAa0r/
深夜になって急激に冷え込み、とうとう雪が降った。
愛は亜弥の部屋の鏡台の前で、その震えに耐えながら借りてきた本を読んでい
た。
「ほら」亜弥が電気ストーブを愛の足下に近付けてくれる。
乾かした髪の毛をすいてくれる亜弥の手は優しく、弱いクシの引っ掛かりが心地
良い。

「全然いいコじゃないよね」最後のページをめくりながら言った。
「誰が?」
「ウチ。いいコでいられなかった。そんな気がする」
愛は最後のページをさらっと読んで、本を閉じた。
「そんな事はないと思うけど」止まったクシが再び動き出す。「――良くはない
よね」
呟く亜弥の顔を鏡越しに見て、愛はあははと笑った。