あの壮絶な戦いの日の夜、島のそれぞれの町や村では
盛大なお祭り騒ぎが繰り広げられていた。
そして島を救った英雄の娘。たちを一目見ようと、
一言でもお礼を言おうと島の住民たちは花畑村を続々と訪れていた。
しかし辻・後藤・加護・吉澤の四人は村の病院に入院していた。
後藤と吉澤は瀕死の重体で意識が無い。
辻と加護もかなりの重傷なので比較的怪我の軽い、
それでいてこの島の出身である石川がその応対に追われていた。
注目を浴びた石川のテンションは上がりっ放しで最高潮。
“ハッピ〜♪”はもちろん、しまいには奇妙な踊りを踊り出す始末。
「ボイン、ボイン、ボイ〜ン♪」
「「……。」」
さすがにこれには島の住民たちも開いた口が塞がらなかった。
あさみも恥ずかしくてまともに見る事が出来ず、思わず両手で顔を覆う。
しかし、興奮からさめた石川は全く覚えていないというのだった。
後々これは島の勇者の踊りとして、毎年この日に踊られる事となる。
あの戦いから二日後の事だ。お祭り騒ぎはまだまだ続いていた。
後藤と吉澤は意識を取り戻した。辻と加護も順調な回復を見せる。
村の医師にはとっては信じられない四人の回復力だった。
そんな中、ユウキとソニンが別れを言いに病院にやって来た。
「オレ、和田さんに謝るよ。もう一回、修行させてもらえるように頼んでみる。」
ユウキは己の力の無さを痛感していた。
この程度の力では自分が信じた道を貫く事など到底ムリな話だ。
和田に名付けてもらった“ユウキ”という名前を汚してしまう。
だから今度は和田に認めてもらえるようになってから海に出る。
ユウキの新たな決意だった。一方、ソニンはどうかというと、
「…ホントはソロの方が良いニダ…。」
ひとりで帰って謝ると坊主頭にされてしまうかもしれない。
それが嫌なユウキに付き合わされてしまうらしい。
しかし口ではそう言ってはいるが、ソニンの方も満更ではない。
それにソニン自身も小湊に負けた事がショックだった。
こちらも修行のやり直しだ。
そんなふたりに後藤は優しい笑顔で頷き、和田への伝言を頼んだ。
世界一にはまだまだ全然届かなかった。しかし、守りたい大切なものを見つけた。
それを守る為に強くなりたい、いや、必ず強くなるという事を。
ユウキとソニンが旅立った次の日の事だ。
辻と加護はすでに退院してあさみの家に寝泊まりしていた。
義剛は自分の家か村の唯一の宿を薦めたのだが、
ふたりが石川と一緒にいたいと言うのでそれ以上何も言わなかった。
加護はすでに以前の元気を取り戻していた。
鍋の中に丸ごとのニワトリを入れたり、それを触った手で石川に触れたりと
普段通りのいたずらをして石川を困らせていた。
しかし、どうも辻の様子がおかしい。
いつもなら加護と一緒になって石川をからかうのだが、
ぼんやりと宙を見つめたり、大きく溜息をついたりしている。
加護はなんとか元気付けようと、色々話しかけるのだが完全に上の空だ。
「…きっとまだちゃんとケガが治ってないんだよ。
もうしばらくしたら、いつもの元気なののちゃんに戻るよ。」
「…うん、そやな。今はそっとしといたほーがええみたいやな…。」
石川にそう言われて加護はしばらく辻を見守る事にした。
あの戦いから五日が過ぎた。
後藤と吉澤もすっかり体調を取り戻し、病室からは笑い声が聞こえてくる。
「…んあー。それで、その時のけーちゃんの顔ったらさー、あははは…。」
「あははは、子泣きじじいって。…い〜なぁ〜。」
共通の知り合いがいれば話も盛り上がるというものだ。
それにふたりは同い年。そして互いにその実力を認め合う仲だ。
あっという間に打ち解けて、まるで数年来の親友のように見える。
後藤はいつの間にか眠りについていた。
(…本当によく寝るなー…。)
吉澤はその寝顔を見ながら変な所に感心していた。
するとそこへ辻が見舞いに訪れた。しかし、何やら思いつめた表情をしている。
「どーした〜、のの〜?…お熱、計りましょうか〜?」
吉澤は看護婦のマネをして辻を元気付けようと話しかける。
しかし、辻はうつむいたまま何も答えない。
(…まいったなー。…そうだ。ここはひとつ、世界のジョークで…。)
困り果てた吉澤が得意のジョークを言おうとしたその時だ。
小刻みに体を震わせながら辻が言葉を絞り出した。
「…ののも、つよくなりたいれす…。」
吉澤にはなぜ辻がそんな事を言うのか分からない。
「…別に辻は強くなくてもいいよ、戦うのはあたしとごっちんだけで…。」
「それじゃ、いやなのれす!」
「……!」
吉澤はその剣幕に驚いた。辻は目に涙を溜めて訴える。
「…ののがよわいばっかりに、みんなやむらのひとたちをきけんなめに
あわせてしまったのれす…。」
どうやら辻は自分が稲葉に勝てなかった事に責任を感じているらしい。
だから強くなる為に吉澤に鍛えてもらいたいというのだ。
普段はニブイ吉澤もさすがにそれを理解した。
「別に辻のせいじゃないよ。悪いのは全部あいつらなんだから…。」
「…れも、…れも…!」
辻だってそのくらい分かっている。勝てなかった事自体が問題なのではなかった。
目の前で村人たちが痛めつけられ、仲間たちがボロボロな体で戦っている。
それなのに自分は怖くて動けなかった。自分の力に自信が無かったからだ。
「…ののらって、…みんなを、…みんなのことを…!」
辻はうつむいたまま涙をボロボロと零す。
最後はまるで言葉になっていなかったが、吉澤にははっきりとこう聞こえた。
―――みんなのことをまもりたい―――
吉澤は何も言えなかった。辻の気持ちは良く分かる。
しかしだからといって辻を戦わせるのは本意ではない。
危険な事は自分に任せておけばいいという気持ちがあるからだ。
(…うーん、どうしよう…。)
吉澤がかける言葉を失い、困惑したその時だった。
「…いいじゃん、よっすぃー。鍛えてあげなよ。」
「ごっちん?」
後藤が目を覚ました。
いや、本当は辻が病室に入って来た時から気付いていた。
後藤は体を起こして辻を真っ直ぐに見据える。
「あたしも付き合ってあげる。でも今はお腹空いてるから午後からね。
…覚悟しろよー、手加減なしだからなー。」
「あい!」
辻は笑顔で涙を拭いて、病室から飛ぶように出て行った。
その後ろ姿を見つめるふたり。
「…いいの?ごっちん…。」
「んあー。あいつが強くなりたいって言ってんだから、好きにさせてあげようよ。」
後藤は満面の笑みで応えた。後藤は嬉しくて仕方がなかった。
辻が自分たちの事を守りたいと言ってくれた。
それは辻にとって、自分たちが何物にも代え難い大切な存在だという事だ。
そんな辻の勇気に何とかして応えてやりたいと思った。
「…いい、辻。あたしとごっちんが手本見せるからね。」
「へい!」
後藤と吉澤は病院を抜け出して辻の特訓に付き合っていた。
しかし、どちらかというとふたりは天才肌だ。
人に教えるのはあまり得意ではない。そこでとりあえず見て覚えさせようという訳だ。
吉澤は全身の力を抜いてリラックスした構え。
対する後藤は、さすがにまだ大剣は持てないらしく一本の普通の剣を両手で構える。
先に動いたのは後藤だ。間合いを詰めて上段から剣を振り下ろす!
それを小さくスウェーバックして見切る吉澤。そして素早く右の回し蹴りを繰り出す!
ゴッ!
後藤はその蹴りを剣の柄の尻で受け止めた。と、同時に吉澤は
右足をそのままに、下から後藤の顎めがけて左足を振り上げる!
「……!」
それを右に大きく上体を反らしてかわす後藤。
そしてそのままの体勢で下から吉澤の足を切り付ける!
バシュッ!
後藤の剣は空を切った。吉澤は左足を振り上げた勢いをそのまま利用して
後ろに手を付き、バック転をしてかわしていた。
ふたりは大きく距離をとる。その表情は楽しげに笑っていた。
「…すごいよ、よっすぃー!あの体勢から蹴りがくるなんて思わなかったー!」
「それはこっちのセリフだってー。あの二発目をかわして
しかも反撃されるなんて、けっこーショック…。」
ふたりは互いの強さを再確認した。それが楽しくて仕方がない。
「んあー、まぐれだってー。…もう一回、いくよー!」
「おっす!かかってこーい!」
ふたりが間合いを詰めようとしたその時だった。
「もう!はやすぎてぜんぜんみえないのれす!」
辻が両腕を組んでほっぺたを膨らませていた。
ふたりの攻防は僅か一瞬。まばたきするくらいの間だった。
いくら辻も強くなっているとはいえ、とてもついていけるようなレベルではない。
「「ご、ごめん…。」」
調子に乗っていたふたりは素直に謝る。自分たちが楽しんでいる場合じゃない。
やはりこれでは駄目らしい。後藤と吉澤は交代で辻の相手をする事にした。
あの戦いからちょうど一週間が過ぎた。旅立ちの朝だ。
とくに急ぐ旅ではないが、いつまでもこの島に留まっている訳にもいかない。
それに出来るだけ早く辻にあの戦いを忘れさせてやりたかった。
港には大勢の島の人々が詰め掛けていた。盛大な見送りだ。
辻・後藤・加護・吉澤の四人はすでにトロピカ〜ル号の上。
石川はあさみと義剛のふたりと別れを惜しんでいた。
「本当にいっちゃうの、梨華ちゃん?」
「ウン。だってアタシもみんなの友達だもん。…それにね。やりたい事見つけたんだ。」
「何だべか?やりたい事って。」
「アタシね、キャスターになる♪」
「「……。」」
あさみと義剛は石川のあまりにも突拍子もない言葉に開いた口が塞がらない。
しかし、石川は構わず晴れ晴れとした笑顔で話し続ける。
「きっとののちゃんは海賊王になる。そしてごっちんは世界一になる。
あいぼんも、よっすぃーもきっと凄い事をすると思うの。
だからアタシがそれを見て、ひとりでも多くの人にみんなの活躍を伝えるの♪」
あさみと義剛はやっと理解した。心の底から応援したくなるすばらしい夢だ。
ただアドリブの利かない石川がどこまで出来るか不安ではあるが。
石川は船に飛び乗った。そして集まった人々に小さく手を振り、お馴染みのあの言葉。
「チャオ〜♪ハッピ〜♪」
「「チャオー!ハッピー!」」
人々は船の影が見えなくなるまでその言葉を繰り返していた。