■ テスト その1

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731外伝その2
常に吹き続ける追い風に乗って、二隻の船は並走していた。
矢口が見た辻たちの舟はほんの小さな物だった。
この風さえあれば数日の遅れくらいは取り戻せるはずだ。
しかし、矢口が辻たちと別れてからすでに十日は過ぎている。
とにかく急がなければならない。さもないと、とんでもない事になってしまう。
矢口と安倍は矢口の船、飯田は自分の船に乗っていた。
ふと飯田が何かを思い出したらしく、大きな声で矢口に呼びかける。
「ねぇ、矢口!矢口はカオリの腕、新しいの作れないかなー?」
飯田は辻を助けたときに左腕を失っていた。
そのせいで緑色をした恐竜の子供に苦戦を強いられたという訳だ。
「ゴメン、カオリ!オイラにはまだムリだよ。
 …やっぱりあの人か、もしかしたら裕ちゃんだったら出来るかも…。」
「…そっかー。そしたらさー、後でみんなでさー。
 裕ちゃんの事、探さない?カオリ、ヒサブリに会いたいよ。」
申し訳なさそうにしている矢口に飯田は笑顔で返す。
飯田の体はその大部分が人工的に作られたものだ。
もちろん初めからそうだった訳ではない。ある事故がきっかけで命を落としかけた
飯田を救うために、ある人物が作り上げた半人造人間。それが飯田圭織だ。
その際に飯田は不思議な能力を与えられた。この風もそのひとつ。
そして、その飯田を救った人物に矢口は船の改造や兵器の開発を教わった。
海賊王の船に乗っていた世界一の医師であり、科学者であったその男に。
732外伝その2:02/03/10 23:56 ID:qxIo0UxS
この海の海図、広さや島の位置関係は矢口の頭にすべて入っている。
いちいち島や港に立ち寄ってその位置を確かめる必要などない。
すでに一週間、二隻の船は快走していた。
しかし、それが今回は裏目に出てしまった。
矢口の船と飯田の船、共に水と食糧が尽きてしまった。
しかもここは海のど真ん中。一番近くの島でも三日の航海は必要だろう。
それに加えて、飯田はずっと能力を使い続けていた為に極度の疲労に陥っていた。
「かおり、大丈夫だべか!?」
「…ウン。まだ平気…。…急がなきゃね。」
飯田はそう言ってはいるが目の下の“くま”が真っ黒だ。さすがに限界だろう。
(チクショー…!オイラのミスだ…。)
矢口は唇を噛み締める。航海に関して安倍と飯田の二人は矢口に任せきりだ。
それは矢口の航海術に全幅の信頼を寄せているからこそである。
このまま強引に突き進むか、それとも一旦、近くの島に立ち寄るか。
矢口が判断に迷ったその時だった。
「矢口様!前方に小さな船団が見えます!…なんでしょう?
 真ん中の一番大きな船に“海上レストラン”って看板が…!?」
見張りのスタッフが大声で叫んだ。矢口は首を傾げる。
「…そんなのいつの間に出来たんだろ…?…まあいっか、
 レストランだったら好都合だ。カオリ、あそこに一旦立ち寄るよ!」
733外伝その2:02/03/10 23:59 ID:qxIo0UxS
どうやら店はえらく繁盛しているらしい。
広い店内は満席で予約も一杯らしく、矢口たちはかなり待たされていた。
イライラした矢口はひとりのウェイターにつっかかる。
「オイ、いつまで待たせんだよ!こっちは腹空かせてんだからな!」
「ア゛ー…、そ、そ、そう言われましても…。ア゛ー…。」
そのウェイター、横を大きく刈り上げた金髪のモヒカン頭で
細いタレ目の間抜け顔がどもりながら戸惑う。どうやら新人らしい。
「…ダメだ。お前じゃ話になんない。責任者、出て来ーい!」
大きな声で矢口は叫ぶ。店の迷惑など知ったこっちゃない。
間抜け顔のウェイターは大慌て。厨房の方に振り返る。
すると厨房からひとりの娘。が不機嫌そうに出て来て、厳しい口調で叱り付ける。
「うるさいよ!他のお客さんに迷惑だろ!」
その娘。の姿に矢口・安倍・飯田の三人は目を丸くして驚きの声をあげる。
「「「圭ちゃん!?」」」
「…エッ、みんな!?揃いも揃って一体どーしたの!?」
そう、この海上レストランのオーナー兼、料理長の保田圭。
彼女も伝説の娘。のひとりであり、こうして四人が揃うのはやはり約二年ぶりの事だった。
734外伝その2:02/03/11 00:03 ID:iEIVGxem
再会に喜んだ保田は今いる客を早々に帰し、予約をすべて後日にまわした。
今日のこのレストランは完全に貸し切り状態だ。
矢口の船のスタッフと飯田の船の乗組員が入り乱れて、
数日振りの食事に舌鼓を打ち、酒を飲んで盛り上がっている。
矢口・安倍・飯田・保田の四人は同じテーブルに付いていた。
三人は保田の左足が気になっていた。もちろん、以前の保田は擬足などではない。
保田はあっけらかんとその理由を話した。それはいかにも保田らしい話だった。
そしてその表情には後悔は微塵も感じられない。
三人はそれですべて納得した。特に飯田は自分も同じような理由で左腕を失っていた。
「…そーいえばさ、ついこの間、みっちゃんが来たんだ…。」
保田は平家から聞いたすべてを話した。
平家は仲間を裏切ってはたけの元に走った。
そして安倍を騙すことによって、伝説の娘。を三つに分断させて戦わせた。
海軍に“青組”を襲撃させたのも平家の仕業だ。
しかし最後は保田の命を救う為に自らの命を投げ出した。
「…みっちゃん、最後にこう言ってた。「みんなに謝りたかった。」って…。」
信じられない。三人の思いは共通だった。重い沈黙が訪れた。
735外伝その2:02/03/11 00:04 ID:iEIVGxem
その沈黙を破ったのは他でもない、騙され続けていた安倍だった。
「…みっちゃん、いい子だったのにね…。」
そのひと言によって矢口と飯田もその怒りを露わにする。
「そーだよ!みっちゃんは悪くないよ!悪いのは全部アイツらじゃん!」
「ウン。カオリもそー思う。アイツら絶対に許せない!」
「……!」
保田は三人の言葉に思わず体が震え、胸が熱くなった。
いくら平家のはたけに対する気持ちを知っていたからといって、
簡単に許せるような事ではないはずだ。
それなのに誰一人として平家を責めようとはしない。
それどころか平家を擁護する発言をしている。
(フフフ…、やっぱり最高だよ、みんな…。)
心の底から保田はそう思った。
本当にこのみんなと出会えて良かった。
このみんなの仲間だという事が
自分にとって一番の誇りであり、最高の宝物だ。