常に吹き続ける追い風に乗って、二隻の船は並走していた。
矢口が見た辻たちの舟はほんの小さな物だった。
この風さえあれば数日の遅れくらいは取り戻せるはずだ。
しかし、矢口が辻たちと別れてからすでに十日は過ぎている。
とにかく急がなければならない。さもないと、とんでもない事になってしまう。
矢口と安倍は矢口の船、飯田は自分の船に乗っていた。
ふと飯田が何かを思い出したらしく、大きな声で矢口に呼びかける。
「ねぇ、矢口!矢口はカオリの腕、新しいの作れないかなー?」
飯田は辻を助けたときに左腕を失っていた。
そのせいで緑色をした恐竜の子供に苦戦を強いられたという訳だ。
「ゴメン、カオリ!オイラにはまだムリだよ。
…やっぱりあの人か、もしかしたら裕ちゃんだったら出来るかも…。」
「…そっかー。そしたらさー、後でみんなでさー。
裕ちゃんの事、探さない?カオリ、ヒサブリに会いたいよ。」
申し訳なさそうにしている矢口に飯田は笑顔で返す。
飯田の体はその大部分が人工的に作られたものだ。
もちろん初めからそうだった訳ではない。ある事故がきっかけで命を落としかけた
飯田を救うために、ある人物が作り上げた半人造人間。それが飯田圭織だ。
その際に飯田は不思議な能力を与えられた。この風もそのひとつ。
そして、その飯田を救った人物に矢口は船の改造や兵器の開発を教わった。
海賊王の船に乗っていた世界一の医師であり、科学者であったその男に。
この海の海図、広さや島の位置関係は矢口の頭にすべて入っている。
いちいち島や港に立ち寄ってその位置を確かめる必要などない。
すでに一週間、二隻の船は快走していた。
しかし、それが今回は裏目に出てしまった。
矢口の船と飯田の船、共に水と食糧が尽きてしまった。
しかもここは海のど真ん中。一番近くの島でも三日の航海は必要だろう。
それに加えて、飯田はずっと能力を使い続けていた為に極度の疲労に陥っていた。
「かおり、大丈夫だべか!?」
「…ウン。まだ平気…。…急がなきゃね。」
飯田はそう言ってはいるが目の下の“くま”が真っ黒だ。さすがに限界だろう。
(チクショー…!オイラのミスだ…。)
矢口は唇を噛み締める。航海に関して安倍と飯田の二人は矢口に任せきりだ。
それは矢口の航海術に全幅の信頼を寄せているからこそである。
このまま強引に突き進むか、それとも一旦、近くの島に立ち寄るか。
矢口が判断に迷ったその時だった。
「矢口様!前方に小さな船団が見えます!…なんでしょう?
真ん中の一番大きな船に“海上レストラン”って看板が…!?」
見張りのスタッフが大声で叫んだ。矢口は首を傾げる。
「…そんなのいつの間に出来たんだろ…?…まあいっか、
レストランだったら好都合だ。カオリ、あそこに一旦立ち寄るよ!」
どうやら店はえらく繁盛しているらしい。
広い店内は満席で予約も一杯らしく、矢口たちはかなり待たされていた。
イライラした矢口はひとりのウェイターにつっかかる。
「オイ、いつまで待たせんだよ!こっちは腹空かせてんだからな!」
「ア゛ー…、そ、そ、そう言われましても…。ア゛ー…。」
そのウェイター、横を大きく刈り上げた金髪のモヒカン頭で
細いタレ目の間抜け顔がどもりながら戸惑う。どうやら新人らしい。
「…ダメだ。お前じゃ話になんない。責任者、出て来ーい!」
大きな声で矢口は叫ぶ。店の迷惑など知ったこっちゃない。
間抜け顔のウェイターは大慌て。厨房の方に振り返る。
すると厨房からひとりの娘。が不機嫌そうに出て来て、厳しい口調で叱り付ける。
「うるさいよ!他のお客さんに迷惑だろ!」
その娘。の姿に矢口・安倍・飯田の三人は目を丸くして驚きの声をあげる。
「「「圭ちゃん!?」」」
「…エッ、みんな!?揃いも揃って一体どーしたの!?」
そう、この海上レストランのオーナー兼、料理長の保田圭。
彼女も伝説の娘。のひとりであり、こうして四人が揃うのはやはり約二年ぶりの事だった。
再会に喜んだ保田は今いる客を早々に帰し、予約をすべて後日にまわした。
今日のこのレストランは完全に貸し切り状態だ。
矢口の船のスタッフと飯田の船の乗組員が入り乱れて、
数日振りの食事に舌鼓を打ち、酒を飲んで盛り上がっている。
矢口・安倍・飯田・保田の四人は同じテーブルに付いていた。
三人は保田の左足が気になっていた。もちろん、以前の保田は擬足などではない。
保田はあっけらかんとその理由を話した。それはいかにも保田らしい話だった。
そしてその表情には後悔は微塵も感じられない。
三人はそれですべて納得した。特に飯田は自分も同じような理由で左腕を失っていた。
「…そーいえばさ、ついこの間、みっちゃんが来たんだ…。」
保田は平家から聞いたすべてを話した。
平家は仲間を裏切ってはたけの元に走った。
そして安倍を騙すことによって、伝説の娘。を三つに分断させて戦わせた。
海軍に“青組”を襲撃させたのも平家の仕業だ。
しかし最後は保田の命を救う為に自らの命を投げ出した。
「…みっちゃん、最後にこう言ってた。「みんなに謝りたかった。」って…。」
信じられない。三人の思いは共通だった。重い沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは他でもない、騙され続けていた安倍だった。
「…みっちゃん、いい子だったのにね…。」
そのひと言によって矢口と飯田もその怒りを露わにする。
「そーだよ!みっちゃんは悪くないよ!悪いのは全部アイツらじゃん!」
「ウン。カオリもそー思う。アイツら絶対に許せない!」
「……!」
保田は三人の言葉に思わず体が震え、胸が熱くなった。
いくら平家のはたけに対する気持ちを知っていたからといって、
簡単に許せるような事ではないはずだ。
それなのに誰一人として平家を責めようとはしない。
それどころか平家を擁護する発言をしている。
(フフフ…、やっぱり最高だよ、みんな…。)
心の底から保田はそう思った。
本当にこのみんなと出会えて良かった。
このみんなの仲間だという事が
自分にとって一番の誇りであり、最高の宝物だ。