スタッフたちは困惑していた。
船はどうやらとんでもない辺境まで来てしまったらしい。
指揮を執る娘。を遠巻きに見つめている。
今この船の行き先を決めているのは安倍だった。
矢口は安倍に進路を任せ、新兵器を開発すると言って船底の船室に篭っていた。
安倍は矢口の様に優れた航海術を身に付けてはいない。
その上、情報が何も無いとあってはどうする事も出来ない。
それなら深く考えても意味が無い。安倍は勝手気ままに船を動かしていた。
すると、遥か水平線から一隻の帆船が現す。
「安倍様、海賊です!青い帆を張った海賊船です!」
見張りのスタッフが望遠鏡を覗きながら叫んだ。
安倍はその知らせに目を丸くする。
「青い帆ってもしかして…。スピードを上げるっしょ!あの船に近付くべさ!」
二隻の船は互いの顔が確認できるくらいまで近付いた。
安倍の予想通りだった。
青い帆を張った船の甲板に立つのは背が高く髪の長いあの娘。
伝説の八人の娘。のひとり、飯田圭織だった。
不思議な何かがふたりを引き合わせたらしい。人はそれを“腐れ縁”と呼ぶ。
「かおりー、ヒサブリー!会いたかったべさー!」
安倍は笑顔で飯田に大きく手を振った。
しかし、飯田の表情は硬い。大きな瞳で安倍を睨み付ける。
「ここで会ったが百年目、…ううん、ホントは百年なんて経ってないけど…。
確か、そんなことわざあったよね?
…違うの、カオリが言いたいのはそんな事じゃなくって…。」
「……。」
安倍は飯田とはかなり長い付き合いなのだが、
相変わらずその言いたい事は分かりづらい。
「…とにかくねー、決着を着けようって事なの!ねぇ、撃って!」
飯田は射撃手に指示を出した。射撃手がそれに応える。
ドーン!
「まずいべさ!船を廻すべ!急ぐっしょ!」
安倍の指示にスタッフ総出で船を動かす。帆の向きを変え、舵を一杯にとる。
砲弾は安倍の船の帆を掠めて後ろの海へと沈んでいった。
「いきなり何するべさ!いくらかおりでも許さないっしょ!」
「…ガガガガ…!」
どうやら飯田は半分壊れてしまったらしい。こうなると何を言っても通じない。
しかも今、この船は大砲を取り外してあるし、飯田の船は常に風上にある。
「…しょうがないべ。船を寄せるべさ!実力行使だべ!」
安倍の船は飯田の船に向かって真っ直ぐ突き進む。
ドーン!
飯田の船の大砲が再び火を吹く。しかし…
SALAッ…
船首に立った安倍の能力によって、砲弾はあらぬ方向へと飛んでいく。
「きゃははは!へたれリーダーの船の射撃手は、これもまたへたれって話だべさ!」
安倍は何気に毒舌だ。意識してはいないのだろうが、それが火種となる事がたまにある。
「むっかー!ほな、本気でやったるわ!」
飯田の船の射撃手は怒り心頭。続け様に大砲を放つ!
ドーン!ドーン!
SALAッ…、SALAッ…
「なんでや!?なんで当たらへんねん…!?」
安倍が手に入れたこの力は艦隊戦においてほぼ無敵の威力を発揮する。
飯田の船の乗組員に動揺が広がったその時だった。
ドン!
安倍は船の船首を飯田の船の横っ腹にぶつけた。大きく揺れる二隻の船。
「みんなはそのまま待機して!こっからはなっち一人でやるべさ!」
そう言うと安倍は軽やかな身のこなしで飯田の船に乗り移った。
飯田の船の乗組員が安倍を取り囲む。しかし、安倍は平然としていた。
安倍の本来の実力は白兵戦で発揮される。
その強さは伝説の娘。たちの中でも抜きん出ていた。
しかも今の安倍には投射攻撃が効かない。
大人数相手でも恐れる事は何も無い。いくらでも暴れられる。
しかしカッとした安倍だったが、その目的までは忘れていない。
敵を倒す訳ではない。あくまで戦いを止めさせるだけ。それには…
安倍は素早い動きで囲いを突破し、飯田のそばに駆け寄る。
「…ガガガガ…!」
まだ飯田は故障中だ。
飯田もそれなりの力を持ってはいるが、こんな状態では何も出来ない。
安倍は飯田の頭上を一回転して飛び越え、その背後にまわった。
「かおり、ごめん!」
ゴツッ!
「…ガガガガ…、プシュー…!」
飯田は安倍の金棒、“トウモロコシ”の一撃によって崩れ落ちた。
乗組員は一斉に白旗を挙げる。この腐れ縁勝負、安倍の勝ち。
その時、矢口が船底から出てきた。そして目の前の光景に我が目を疑う。
「…ちょっと、なっち!何やってんの!?カオリじゃん、それ…!」
「…ウーン…。」
「あっ、やぐち!かおり、気がついたべさ!」
ベッドに寝かせていた飯田の様子を見守っていた安倍が船底に声をかけた。
すると、矢口は急いで階段を駆け上って来た。
「もー。なっち、やり過ぎだよー。…カオリ、大丈夫?」
矢口は飯田の顔を覗き込む。飯田はその大きな瞳をパッチリと開いた。
そしてふたりの顔を交互に見たかと思うと、ボロボロと涙を流し始めた。
「…カオリ、負けちゃったの?矢口もなっちに負けちゃったの…?」
「「……!」」
矢口と安倍は互いに顔を見合わせた。そして、同時に腹を抱えて笑い出した。
飯田はそんなふたりの様子を見て膨れっ面だ。
「ふたりして何笑ってんのー?なんかムカツクー。」
どうやら飯田はまだ“三色”の争いが続いていると思い込んでいたらしい。
飯田らしいといえば飯田らしい。やはりどこか大きくズレている。
乗組員や立ち寄った港の人々から何度もその話は耳にしていたはずなのだが、
全く聞く耳を持たなかった。いや、自分の属する“青組”が真っ先に負けた
という事実を認めたくなかったというのが本音だろう。
それに加えて、腐れ縁と呼ばれる安倍に対して持つ剥き出しのライバル心。
それが飯田を戦いに駆り立ててしまったのかもしれない。
「カオリさー、サヤカのこと探しに行ってから今まで何やってたのー?」
矢口は飯田に問い詰める。それが不思議で仕方がなかった。
飯田はのんびりとした口調でゆっくりと答える。
「あのねー、カオリねー、この辺の人たちに頼まれてさー、
この近くに棲んでるさー、緑色をした謎の恐竜の子供と
赤い毛むくじゃらの雪男の事を調べてー、それが一年くらいかかってねー。
それからー、そいつらを退治するのにー、また一年くらいかかっちゃったの。」
「「……。」」
矢口と安倍は開いた口が塞がらない。
あの娘。たちが血で血を洗う戦いを繰り広げている間に、
飯田はひとりで全く別の事をしていたという。
それがまさに飯田らしいといえば飯田らしいのだが。
呆れて物も言えないふたりに対してなぜか飯田が腹を立てる。
「なにー?ふたりともー。めっちゃ大変な冒険だったんだからー。
緑の恐竜の子供なんて、何でも出来ちゃうスポーツマンで
めっちゃ強かったんだからー。」
「「……。」」
「…フーン、ふたりともあの娘。に会ったんだ…。」
飯田は矢口と安倍から旅の目的とふたりが再会したいきさつを聞いた。
そこに出てきた娘。の話に思わず笑顔が零れる。
(ののたんもとうとうデヴューしたんだね…。)
あんなに寂しがりやで泣き虫だった弟子が海に出て来た。
そして、立派な仲間と一緒に旅をしている。それだけでも嬉しい。
しかしそれ以上に、離れ離れになっていた矢口と安倍を引き会わせてくれた。
ふたりと自分を再び巡り会わせてくれた。
そのきっかけが辻だった。そう、辻がこのみんなを導いてくれた。
それが嬉しくて仕方がない。
(…やっぱりカオリの思った通りだ。あの娘。はきっと…。)
その時、飯田の胸に妙な不安がよぎった。
「矢口!確かつじに海図を渡したって言ったよね!?それってまさかアレ!?」
「うん、そーだよー。オイラが持ってた“グランドライン”の海図っつったら
アレしかないじゃん…。」
すると矢口も何かを思い出したらしく、急に真剣な顔つきに変わった。
「…ヤバイ!言うの忘れてた!あそこの入口にはアイツが居るんだった!」
「そーだよ!まずいよ、矢口!間に合うかどうか分かんないけど、急ごう!」
安倍には何のことやらさっぱりだが、ふたりの慌てぶりになんとなくソワソワする。
「そーだべ!急ぐっしょ!かおり、風を頼むべさ!…って、どこ行くべさ?」