あさみの牧場のそばにある集落。その集落の中では比較的大きな、
しかし、あくまで質素な家があった。そこに若い男が息を切らせて駆け込んできた。
「義剛さん!ヤツらが来ました!」
「…そうだべか。もうひと月たったべか…。」
この男がこの集落“花畑村”の村長の義剛だ。この村の村長は選挙によって選ばれる。
そして義剛は村長と言うには決して裕福ではなかった。
なぜなら、義剛は幼くして親を亡くした子供たちを多く引き取り、育てていたからだ。
村人たちはそんな義剛に尊敬の念を抱き、多大なる信頼を寄せていた。
「…皆を集めるべ。今月分を持って来る様に…。」
花畑村の中央広場ではルルが数人の手下を引き連れていた。
続々と村人たちがやって来た。その手にはそれぞれ金を持っている。
「ヨシ、ヨシ。ミンナ今月も素直でよろしいアルね。」
T&Cボンバーは毎月決まった日に、島にあるそれぞれの町や村から
上納金と呼ぶ金を集めていた。
それは来たる戦いに備えると同時に、支配を強化するという側面もあった。
今月のこの村の担当はルルだ。ルルは上機嫌で金を数えていた。
「確かにアイツや!ウチを傷付けたんわ…!」
加護とあさみは建物の影からその様子を見ていた。
上納金を納めに来たあさみに加護はついて来たのだった。
「あたし達は毎月こうやって自分の命を買ってるんです。
そして、一人でも払えなかったら、加護さん、あなたが見た町のように…。」
「……!」
加護は背筋がゾッとした。ルルと出会った町の光景を思い出した。
あさみの話によると、ルルはたった一人であの町を壊滅させたという。
そんな女と同じくらいの力を持つ者があと三人もいる。
(確かにコレは大人しくしといた方が正解やで…。)
その時、義剛が広場に姿を現し、ルルに金を手渡した。ルルが義剛を鋭い目で見据える。
「…遅かったアルね、村長さん。でも、コレじゃ足りないアル。」
「どういう事だべ?いつもと変わらないべ…。」
義剛は普段とは違うルルの様子に身を硬くした。
「とぼけたって無駄アルよ。また新しいガキを拾って来たアルね?ルルは見たアル。」
「…まさか!」
加護はルルの言葉に驚愕した。それは自分の事を言っているらしい。
義剛は身に覚えのない事を言われて驚きを隠せない。
「知らないべ!何かの間違いだべ!」
「それならそれで良いアル。お前の所のガキを一人殺せば済む事アルね。」
「なっ…!貴様!そんな事は絶対にさせないべ!」
義剛は思わずルルの胸倉を掴んだ。しまった。しかし後悔してもすでに遅い。
「…これは立派な反逆アルね!」
ルルが義剛の胸倉を掴み返した。
そしてそのまま片手で義剛を持ち上げ、頭から地面に叩き付けた。
「ぐはっ!」
義剛の頭から血が噴き出した。
「「義剛さん!」」
村の若者たちが義剛を助けようとする。しかし、義剛がそれを制した。
「皆、止めるべ!戦う事で、命を投げ出す事で支配を拒むなら、あの時そうしてたべ。
でもオラ達はあの子に誓ったべ!生きる為に、耐え忍ぶ戦いをしようと…!」
「「……!」」
村人達は全員、その子の姿を思い出した。生きなければ、生きてさえいれば…
「フフッ、最初から大人しくしてれば良かったアル。でも、お前は見せしめアルよ…。」
ルルはもう一度、義剛を高々と持ち上げた。
その時だった。
「くそったれ、このボケ!」
大きな叫び声がした。それと同時にルルの顔面に生卵が命中。
「…うわっ、目が…!」
目に卵とかけらが入ったらしい。ルルは義剛から手を離し、痛む目を懸命にこする。
あさみは突然の出来事に我が目を疑った。
「…加護さん、いつの間にうちの卵を…?」
もっと他に思うことがあるはずだが。とにかく、加護がルルに卵を投げつけたのだった。
「アホか、お前!ウチは関係ないんじゃ、ボケ!」
怖い。足がガクガク震えている。
自分ごときが敵わない相手だという事くらい分かりきっている。
でも、自分のせいで人が一人殺されそうになっている。これをみすみす放っておけるか?
「…貴様…!一度ならず、二度までも…!」
なんとか片目だけは回復したルルが、加護を怒りの形相で睨みつける。
その様子に手下たちが慌て出した。
「…まずい!また上納金の取り口を減らしちまったら、稲葉様に殺されちまうぞ!」
男たちが必死になってルルにしがみ付いて、そのまま村の外へと連れ去ろうとする。
しかし、ルルは収まりがつかない。
「村長!貴様かガキの命を差し出すアル!さもなければ、村中の人間を殺すアルよ!」
加護とあさみは牧場の家に戻っていた。
あさみはなにやら色々バッグに詰め込んでいる加護に声をかけた。
「加護さん、…本当に行くんですか?」
「…ウチが蒔いた種や。ウチが刈り取らんでどないすんねん…。」
加護は心を決めていた。自分が死ぬ事でこの人たちが救われるならそれで良い。
いや、ただで死んでたまるもんか。少しでも傷付けておけば、あとはみんながきっと…
その時、あさみの家のドアがゆっくりと開いた。
「じゃまするべ…。」
義剛だった。義剛は加護の姿を見つけると、近付いて、そして深々と頭を下げた。
「すまないべ。こんな事に巻き込んちまって…。」
「なんでおっちゃんが謝んねん!?悪いのはウチや!悪いのはアイツらやんか!」
加護には義剛がどうして頭を下げるのか理解が出来ない。
しかしそんな加護に、義剛は優しい笑顔を見せる。
「…娘。、両親は?」
「…おかんは死んでもーた。おとんは…、…もうずっと会うてへん…。」
「そうか…。」
そう言うと義剛は加護の頭を優しく撫でた。
何人も両親のいない子供を見てきた義剛だ。
加護からも微妙な何かを感じ取っていたのだろう。
「…おっちゃん…。…うわーん!」
加護は義剛の胸に飛び込んで大声で泣き出した。
義剛はそれを優しく受け止める。
「…義剛さん。ゴメンなさい…。あたしが勝手な事したばっかりに…。」
あさみが今にも泣き出しそうな顔で義剛に謝罪した。
しかし、義剛は首を横に振る。
「オラが、あの子が困っている人を見捨てろって教えたべか?
お前は何も間違ってないべ、あさみ…。」
「義剛さん…。…うぐっ、ひっく…。」
あさみも泣きながら義剛の胸に飛び込んだ。
(あったかい…。)
加護は義剛の胸の中で、何年ぶりかの父親のぬくもりを感じていた。
泣き続ける二人を義剛は黙って、ただただ優しく抱きしめていた。
帰り際に義剛はひと言だけ言い残して行った。
(馬鹿な事は考えるな。まだまだ若いお前たちだ。生きてさえいればきっと…。)
加護とあさみは泣き疲れて床に座り込んでいた。
義剛は加護が命を投げ出すことを絶対に許さない。
しかしこのままではきっと、義剛がアイツらの所に行くだろう。
「…ウチはいったい、どないすればえーんや…?」
その時、ドアをノックする音がした。
あさみが赤い目を擦りながらドアを開ける。そこに立つ四人の姿。
それはまさしく、加護が今一番、会いたかった人達だった。
「のの!ごっちん!それに、よっすぃー!」
「…オレもいるんだけど…。」
そんなの目に入らない。加護は辻に思いっきり抱きついた。辻が照れくさそうに笑う。
「てへてへ、あいぼん、くるしいれすよ…。」
「…会いたかった。ありがとう、ありがとう…。」
加護の目にはまた涙が浮かび上がっていた。そんな加護に後藤が声をかける。
「加護。ソニンさんの姿が見当たらないんだけど。お前、何か知らない?」
「えっ…?」
加護の体にまた新たな衝撃が走る。
まさか、自分のいない間にソニンがヤツらにやられてしまったのか?
その時、三度、ドアが開かれた。全員が振り返る。
「…みんな、やっぱり…。」
そこには汗だくの石川が立っていた。その背中にはソニンをおぶっている。
稲葉たちが外出している間を見計らって、ソニンを連れ出したのだった。
「ソニン!」
ユウキが石川に駆け寄った。ソニンは体中傷だらけだが、気絶しているだけのようだ。
「いったい誰が!?」
石川はソニンをベッドに寝かせた。
「…この刀傷はT&Cボンバーの小湊…。」
「くそっ!アイツか!」
ユウキはすべてを聞かないうちに飛び出していった。
「…そして、あとの傷はアタシよ…。」
(…なっ!)
全員、石川の言葉が信じられない。後藤が石川の胸倉を掴んだ。
「梨華ちゃん、どういう事!?」
石川はその後藤の手を、普段の石川からは考えられない力で叩いた。
そして、鋭い眼差しで後藤を睨みつける。
「そのままよ!アタシがソニンさんを傷付けたの!ここに来られちゃ迷惑なの!
船だったら返すから!とっととみんな、この島から出て行って!」
「梨華ちゃん…。」
後藤は驚いた。明らかにこの石川は様子がおかしい。
辻が悲しそうな目で石川を見つめる。
「…れも、りかちゃんは…。」
その辻の言葉を加護がさえぎる。
「梨華ちゃん、すまん!ウチはやらかしてもーた…。」
加護はさっき村で起こった出来事を石川に話した。石川の顔がみるみる青ざめる。
「…そんな、そんな…!」
「すまん、梨華ちゃん!ホンマにすまん!」
石川は外に向かって駆け出そうとして、一瞬、立ち止まって振り返った。
「もし義剛さんが死んじゃったら、村のみんなに何かあったら、絶対に許さない!」
「……!」
加護は石川の怒りの形相に、何も言えなくなった。吉澤が石川に声をかける。
「どこ行くの、梨華ちゃん?あたしも一緒に行くよ。」
「うるさい!アタシの事なんてほっといて!」
(ガーン!ちょっと、いや、かなりショック…。)
石川は全速力で走り出した。辻がその後を追いかけようとする。
「りかちゃん、まってくらさい…!」
「待って下さい!」
その辻をあさみが呼び止めた。
「みなさんにお話します。この島に起こった出来事のすべてを。
そしたらあの娘。の言う通り、この島から出て行って下さい…。」