■ テスト その1

このエントリーをはてなブックマークに追加
573第二話 家族
あさみの牧場のそばにある集落。その集落の中では比較的大きな、
しかし、あくまで質素な家があった。そこに若い男が息を切らせて駆け込んできた。
「義剛さん!ヤツらが来ました!」
「…そうだべか。もうひと月たったべか…。」
この男がこの集落“花畑村”の村長の義剛だ。この村の村長は選挙によって選ばれる。
そして義剛は村長と言うには決して裕福ではなかった。
なぜなら、義剛は幼くして親を亡くした子供たちを多く引き取り、育てていたからだ。
村人たちはそんな義剛に尊敬の念を抱き、多大なる信頼を寄せていた。
「…皆を集めるべ。今月分を持って来る様に…。」

花畑村の中央広場ではルルが数人の手下を引き連れていた。
続々と村人たちがやって来た。その手にはそれぞれ金を持っている。
「ヨシ、ヨシ。ミンナ今月も素直でよろしいアルね。」
T&Cボンバーは毎月決まった日に、島にあるそれぞれの町や村から
上納金と呼ぶ金を集めていた。
それは来たる戦いに備えると同時に、支配を強化するという側面もあった。
今月のこの村の担当はルルだ。ルルは上機嫌で金を数えていた。
574第二話 家族:02/02/12 21:30 ID:OAlRh3NI
「確かにアイツや!ウチを傷付けたんわ…!」
加護とあさみは建物の影からその様子を見ていた。
上納金を納めに来たあさみに加護はついて来たのだった。
「あたし達は毎月こうやって自分の命を買ってるんです。
 そして、一人でも払えなかったら、加護さん、あなたが見た町のように…。」
「……!」
加護は背筋がゾッとした。ルルと出会った町の光景を思い出した。
あさみの話によると、ルルはたった一人であの町を壊滅させたという。
そんな女と同じくらいの力を持つ者があと三人もいる。
(確かにコレは大人しくしといた方が正解やで…。)

その時、義剛が広場に姿を現し、ルルに金を手渡した。ルルが義剛を鋭い目で見据える。
「…遅かったアルね、村長さん。でも、コレじゃ足りないアル。」
「どういう事だべ?いつもと変わらないべ…。」
義剛は普段とは違うルルの様子に身を硬くした。
「とぼけたって無駄アルよ。また新しいガキを拾って来たアルね?ルルは見たアル。」
575第二話 家族:02/02/12 21:32 ID:OAlRh3NI
「…まさか!」
加護はルルの言葉に驚愕した。それは自分の事を言っているらしい。
義剛は身に覚えのない事を言われて驚きを隠せない。
「知らないべ!何かの間違いだべ!」
「それならそれで良いアル。お前の所のガキを一人殺せば済む事アルね。」
「なっ…!貴様!そんな事は絶対にさせないべ!」
義剛は思わずルルの胸倉を掴んだ。しまった。しかし後悔してもすでに遅い。
「…これは立派な反逆アルね!」
ルルが義剛の胸倉を掴み返した。
そしてそのまま片手で義剛を持ち上げ、頭から地面に叩き付けた。
「ぐはっ!」
義剛の頭から血が噴き出した。
「「義剛さん!」」
村の若者たちが義剛を助けようとする。しかし、義剛がそれを制した。
「皆、止めるべ!戦う事で、命を投げ出す事で支配を拒むなら、あの時そうしてたべ。
 でもオラ達はあの子に誓ったべ!生きる為に、耐え忍ぶ戦いをしようと…!」
「「……!」」
村人達は全員、その子の姿を思い出した。生きなければ、生きてさえいれば…
「フフッ、最初から大人しくしてれば良かったアル。でも、お前は見せしめアルよ…。」
ルルはもう一度、義剛を高々と持ち上げた。
576第二話 家族:02/02/12 21:35 ID:OAlRh3NI
その時だった。
「くそったれ、このボケ!」
大きな叫び声がした。それと同時にルルの顔面に生卵が命中。
「…うわっ、目が…!」
目に卵とかけらが入ったらしい。ルルは義剛から手を離し、痛む目を懸命にこする。
あさみは突然の出来事に我が目を疑った。
「…加護さん、いつの間にうちの卵を…?」
もっと他に思うことがあるはずだが。とにかく、加護がルルに卵を投げつけたのだった。
「アホか、お前!ウチは関係ないんじゃ、ボケ!」
怖い。足がガクガク震えている。
自分ごときが敵わない相手だという事くらい分かりきっている。
でも、自分のせいで人が一人殺されそうになっている。これをみすみす放っておけるか?
「…貴様…!一度ならず、二度までも…!」
なんとか片目だけは回復したルルが、加護を怒りの形相で睨みつける。
その様子に手下たちが慌て出した。
「…まずい!また上納金の取り口を減らしちまったら、稲葉様に殺されちまうぞ!」
男たちが必死になってルルにしがみ付いて、そのまま村の外へと連れ去ろうとする。
しかし、ルルは収まりがつかない。
「村長!貴様かガキの命を差し出すアル!さもなければ、村中の人間を殺すアルよ!」
577第二話 家族:02/02/12 21:37 ID:OAlRh3NI
加護とあさみは牧場の家に戻っていた。
あさみはなにやら色々バッグに詰め込んでいる加護に声をかけた。
「加護さん、…本当に行くんですか?」
「…ウチが蒔いた種や。ウチが刈り取らんでどないすんねん…。」
加護は心を決めていた。自分が死ぬ事でこの人たちが救われるならそれで良い。
いや、ただで死んでたまるもんか。少しでも傷付けておけば、あとはみんながきっと…
その時、あさみの家のドアがゆっくりと開いた。
「じゃまするべ…。」
義剛だった。義剛は加護の姿を見つけると、近付いて、そして深々と頭を下げた。
「すまないべ。こんな事に巻き込んちまって…。」
「なんでおっちゃんが謝んねん!?悪いのはウチや!悪いのはアイツらやんか!」
加護には義剛がどうして頭を下げるのか理解が出来ない。
しかしそんな加護に、義剛は優しい笑顔を見せる。
「…娘。、両親は?」
「…おかんは死んでもーた。おとんは…、…もうずっと会うてへん…。」
578第二話 家族:02/02/12 21:40 ID:OAlRh3NI
「そうか…。」
そう言うと義剛は加護の頭を優しく撫でた。
何人も両親のいない子供を見てきた義剛だ。
加護からも微妙な何かを感じ取っていたのだろう。
「…おっちゃん…。…うわーん!」
加護は義剛の胸に飛び込んで大声で泣き出した。
義剛はそれを優しく受け止める。
「…義剛さん。ゴメンなさい…。あたしが勝手な事したばっかりに…。」
あさみが今にも泣き出しそうな顔で義剛に謝罪した。
しかし、義剛は首を横に振る。
「オラが、あの子が困っている人を見捨てろって教えたべか?
 お前は何も間違ってないべ、あさみ…。」
「義剛さん…。…うぐっ、ひっく…。」
あさみも泣きながら義剛の胸に飛び込んだ。
(あったかい…。)
加護は義剛の胸の中で、何年ぶりかの父親のぬくもりを感じていた。
泣き続ける二人を義剛は黙って、ただただ優しく抱きしめていた。
579第二話 家族:02/02/12 21:43 ID:OAlRh3NI
帰り際に義剛はひと言だけ言い残して行った。
(馬鹿な事は考えるな。まだまだ若いお前たちだ。生きてさえいればきっと…。)
加護とあさみは泣き疲れて床に座り込んでいた。
義剛は加護が命を投げ出すことを絶対に許さない。
しかしこのままではきっと、義剛がアイツらの所に行くだろう。
「…ウチはいったい、どないすればえーんや…?」
その時、ドアをノックする音がした。
あさみが赤い目を擦りながらドアを開ける。そこに立つ四人の姿。
それはまさしく、加護が今一番、会いたかった人達だった。
「のの!ごっちん!それに、よっすぃー!」
「…オレもいるんだけど…。」
そんなの目に入らない。加護は辻に思いっきり抱きついた。辻が照れくさそうに笑う。
「てへてへ、あいぼん、くるしいれすよ…。」
「…会いたかった。ありがとう、ありがとう…。」
加護の目にはまた涙が浮かび上がっていた。そんな加護に後藤が声をかける。
「加護。ソニンさんの姿が見当たらないんだけど。お前、何か知らない?」
「えっ…?」
加護の体にまた新たな衝撃が走る。
まさか、自分のいない間にソニンがヤツらにやられてしまったのか?
580第二話 家族:02/02/12 21:46 ID:OAlRh3NI
その時、三度、ドアが開かれた。全員が振り返る。
「…みんな、やっぱり…。」
そこには汗だくの石川が立っていた。その背中にはソニンをおぶっている。
稲葉たちが外出している間を見計らって、ソニンを連れ出したのだった。
「ソニン!」
ユウキが石川に駆け寄った。ソニンは体中傷だらけだが、気絶しているだけのようだ。
「いったい誰が!?」
石川はソニンをベッドに寝かせた。
「…この刀傷はT&Cボンバーの小湊…。」
「くそっ!アイツか!」
ユウキはすべてを聞かないうちに飛び出していった。
「…そして、あとの傷はアタシよ…。」
(…なっ!)
全員、石川の言葉が信じられない。後藤が石川の胸倉を掴んだ。
「梨華ちゃん、どういう事!?」
石川はその後藤の手を、普段の石川からは考えられない力で叩いた。
そして、鋭い眼差しで後藤を睨みつける。
「そのままよ!アタシがソニンさんを傷付けたの!ここに来られちゃ迷惑なの!
 船だったら返すから!とっととみんな、この島から出て行って!」
581第二話 家族:02/02/12 21:48 ID:OAlRh3NI
「梨華ちゃん…。」
後藤は驚いた。明らかにこの石川は様子がおかしい。
辻が悲しそうな目で石川を見つめる。
「…れも、りかちゃんは…。」
その辻の言葉を加護がさえぎる。
「梨華ちゃん、すまん!ウチはやらかしてもーた…。」
加護はさっき村で起こった出来事を石川に話した。石川の顔がみるみる青ざめる。
「…そんな、そんな…!」
「すまん、梨華ちゃん!ホンマにすまん!」
石川は外に向かって駆け出そうとして、一瞬、立ち止まって振り返った。
「もし義剛さんが死んじゃったら、村のみんなに何かあったら、絶対に許さない!」
「……!」
加護は石川の怒りの形相に、何も言えなくなった。吉澤が石川に声をかける。
「どこ行くの、梨華ちゃん?あたしも一緒に行くよ。」
「うるさい!アタシの事なんてほっといて!」
(ガーン!ちょっと、いや、かなりショック…。)
石川は全速力で走り出した。辻がその後を追いかけようとする。
「りかちゃん、まってくらさい…!」
「待って下さい!」
その辻をあさみが呼び止めた。
「みなさんにお話します。この島に起こった出来事のすべてを。
 そしたらあの娘。の言う通り、この島から出て行って下さい…。」